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Ⅱ ⅹⅲ

 瞬く間に上昇した青年を見送った後、シオンが向かったのは同じく至高圏の空だった。

 第五聖地が許す限りの速度で空を駆け上げる。地界とは違う風の流れが体の周りを抜けて行く。一週間ぶりの感覚が懐かしさと、それより遥かに大きな焦燥を与えた。

 たった一週間。違う、もう一週間だ。

「なんて呑気だったんだ、僕は」

 遅すぎる自責がシオンの顔を険しくさせた。

 テッドの助けがなければ、本当に取り返しのつかない事になる所だった。

 一体誰が。

 誰が……

 シオンは奥歯を軋ませた。疑う事そのものが罪に思えた。

 聖地を守り、この世界の終焉を退け続けると言う父からの使命。それを共有する仲間を猜疑の目で見ている自分が、酷い罪人のように感じた。

「……でも、何で?」

 遅れて疑問がよぎる。

 頭に浮かんだ八人のきょうだいの顔を、もう一度なぞり直した。彼ら彼女らは自分と同じ、ノアの血を継いだ者。既に自分の聖地を持っているし、そこを守る事で精一杯だ。そんな彼らがわざわざ別の聖地を欲しがるとは天地が数回ひっくり返っても考えられない。シオン自身もそうだ。もう一つあげると言われても欲しくは無い。

 それなら、企てたのは御芯体の方?

 シオンは唾を呑んだ。そうだ、預言者たるきょうだい達がこんな風な〝人間みたいな〟行動を取るとは思えない。反対に御芯体は皆人間だ。至高圏に来て一番長い者で十数年、短い者で確か五カ月足らず。いまだ地界の感覚が抜けない誰かが起こした犯行なのかもしれない。

 彼らがどんな人間だったか思い出そうとしたが、途中で無理だと気付いた。会う機会がほとんど無いから、顔と名前しか把握できていない方が多い。しまったなと今更ながら後悔した。

 ただ、最たる疑問は残ったままだ。

 聖地の御芯体に何を求めるのか。

 ――――既に真相を掴んでいる青年は知っているのだろうか。

 虚空を仰ぐ目を細めた。

 知る必要は無いと言われたけれど、やっぱり問い詰めてでも聞いておけばよかった。そして「君はこれから何をどうするつもりなのか」とも。

 彼は確実に解決へと導くだろう。飄々とした笑みの下に用意している術がどんなに強引な方法であっても、どれだけ残虐な手段であっても、多大な価値のある結末へと繋げてみせるに違いない。そういう存在だ、テッドと言う預言者は。

『本気で俺の二の舞になるで』

 ふっと息をついた。

 過去を映しかけた両目に陸の影がよぎる。

 シオンは一気に上昇した。

 宵の暗闇を纏い、全ての色を澄んだ黒の濃淡に変えた浮島。

 小さな陸の上に浮かぶ輪郭は、大きな半円形のドーム。

 第五聖地だ。

 五百年間守ってきた己の居場所を、シオンは上空からじっと眺めた。懐かしいような、申し訳ないような、そんな感情が心をジワリと締めつけた。

 聖堂である丸屋根のドームは、完全に明かりを落とされている。御芯体の命の連動している聖堂は、アレックスが終末昏睡に入った瞬間から全ての明かりが消え、死んだように静まりかえってしまった。

「終わりなんだね……本当に」

 終幕を訴える聖堂の光景。あらためて眺めるとそれは、死という現象を如実に反映していた。音も光も失い、絶対的な静寂に身を落とした景色。瞳を閉じ鼓動を止めた死体と何の違いがあるだろう。

 まだ完全に終わってはいない。そう強く自覚しなければ、寂寞が心を押し潰してしまいそうだった。

 ベストの内側から懐中時計を取り出した。箱舟のエンブレムを記した蓋を開くと、文字盤の上では四本の針が歪な十字架を描いていた。

 針先が示す数字は、以前見た時よりも格段に小さくなっていた。

 ぎり、と奥歯を軋ませる。そして、自責してもどうしようもないと気づいてため息を吐いた。

 時計をしまうと、陸に向かって下降を開始した。局所重力の階段を大股で駆け降りる。通り過ぎる空気がベストの背をはためかせた。

 とんっ、と音を立てて靴底が地を踏んだ。

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