Ⅱ ⅶ
「!」
爆風がアベルの頭上に襲いかかる。直前の忠告は聞こえていたらしい、爆風の猛威は彼女の髪を掠めただけで四散した。
シオンは息をついた。
「あぁ、失敗」
隣で落胆のため息がこぼれる。はっ、とシオンは自分の腕に抱きつく少女を見た。
視線に気づいたのか、少女は顔を上げた。彼女はまるで恋人に甘えるような仕草で、両腕をシオンの腕に絡ませた。
「もぉ。邪魔しないでくださいね」
上目遣いの少女の瞳は明らかに質を変えていた。
「か……カルミン!?」
ふらついた足を踏みしめ、アベルが叫んだ。
「あ、あんた……さっきの……っ」
カルミンはアベルを見ると、残念そうに言った。
「ちょうどいい大きさのバゲットを選んだんだけど、干渉されたせいで上手くいかなかったの。ゴメンね」
アベルは虚を突かれた顔をした。
「……ちょうどいいって……どういう意味よ」
「爆風圧がキレイに頭を飛ばすくらい、かな」
軽く肩をすくめて答えた少女。まるで友達と冗談を交わしているような仕草だった。
しかし、彼女は本気だった。
擡げられた細い腕に、しゃらりと腕輪が光った。
「っ!」
シオンはカルミンを突き飛ばした。
「きゃ」
少女が大きくよろめく。
しかし彼女が放った意思は正確だった。腕輪型の変換機を介した意思が、見る間にアベルの周囲に散った粒子を支配する。
過密粒子運動。いや、違う。直線軌道の拡散軸が多重するこれは別の現象だ。
――――反引力誘起!
弾け散る空気を追い越しながら、シオンはその結論に行きついた。
超速思考の膜の向こうで凄まじい爆音が響く。
意識が通常速度に戻った時、シオンそしてアベルは雑木林の広場の端にいた。
シオンに抱きかかえられながら、アベルは後方の光景を唖然と眺めていた。
近音速で脱したポッドは、見る影もないほど無残に破壊されていた。屋根の部分は跡形も無く吹っ飛び、僅かに残った外壁が廃墟のように佇んでいる。周りの地面には、爆風で破られた壁の残骸が棘のように突き刺さっていた。
反引力による爆発的粒子拡散。粒子間に働く引力の運動方向を反転させ、発散させる物理現象だ。個々の発散で生じるエネルギーは弱いが、目視できる大きさの物体に施せば、爆弾にも劣らない破壊力を誘起できる。
破壊的な勢いで弾けたのはレーズンバゲットの粒子。爆発と同時に粒子の擦過熱がポッドの有機燃料に引火したのだろう。外壁の向こうで火が上がっていた。
宵闇の雑木林の中、ゆらめく橙色の灯りは酷く怪しく異質だった。
「そっちにいたら危ないですよ、預言者さん」
燃え上がる廃墟の炎に、少女の姿が浮かび上がった。
「まぁ、いいか。預言者は不死身なんですよね」
揺らぐ炎の陰影が、少女の低い微笑みを飾っていた。
僕もろとも殺す気だ。
シオンは即断し身を返した。
「ちょっ、シオンっ」
アベルが身をすくめる。しかしシオンは構わずに走り続けた。身一つでの高速走行が怖いのか、アベルの手がベストをぎゅっと掴んだ。
「っ……どういう事なのよ、あれ!」
腕の中でアベルが叫んだ。
シオンは前を向いたまま答えた。
「彼女は君を殺すつもりなんだ」
「は? 私を?」
「君を殺して、第五聖地の御芯体になろうとしているんだよ」
戸惑う瞳が仰いで来る。
「御芯体に宿る力は、死と言う現象を介して次の人に受け継がれる。カルミンはその法則に則って、君から御芯体の座を奪い取ろうとしているんだ」
背後で爆音が響く。アベルがビクっと身をすくめた。
「……ばっ、馬鹿じゃないの?」
縮めていた身を起こす。
「私は御芯体じゃない。襲うなら兄貴の方じゃないの?」
言いながら背後を見、目を見開く。追ってくるカルミンを認めたのだろう。
シオンはちらりと後ろを見た。雑木林の樹々の狭間を、エプロン姿の少女が跳ねるように突き進んでくる。着地の瞬間に地面の砂に対して引力制御を行っているのだろう。小爆発と同時に体が前へと押し出される。まるで靴底にバネを仕込んだ反則的な幅跳びだ。
過密粒子運動に比べ遥かに高レベルの現象だと言うのに、彼女はまるで自分の手足のように反引力を操っている。手足に纏った輪状の変換機も、昼間の二人に比べかなり小さい。
「単一機能の変換機だし、反引力に関しては相当自信があるんだな」
シオンは呟くと、後ろに向かって片腕を薙いだ。
バチン!
破裂音が立ち、数本の樹幹に亀裂が入る。強烈な電圧に打たれた幹はメリメリと割れ、周りの木を巻き込みながら地面に倒れた。
向こう側でカルミンがやむなく足を止めた。
これでしばらく大丈夫だろう。シオンは再び前を向いた。
「うわ……すご」
肩越しの光景に、アベルが畏怖の混じった声をこぼした。
シオンは遅ればせながら、先のアベルの疑問に肯定を返した。
「第五聖地の御芯体は今もあくまでアレックス。だから今の時点でアベルを狙うのは間違ってる。彼女は僕とアベルが仮契約を交わしたと思ってるんじゃないかな。……いや、地界の人が聖地のシステムを詳しく知ってるわけがない。単純に、次の御芯体である君を亡き者にすれば、自分にチャンスが巡って来ると思ってるんじゃないかな」
アベルの両目がこちらを見た。
「……つまり、とにかく私を殺せばいいって?」
シオンは首肯した。
突然、爆風が背を煽った。がくりと姿勢が崩れ、舌を噛みかける。
倒木を爆発させたのか!?
それに答えるように、頬を無数の木片が掠っていく。後ろを振り返るまでも無かった。
「――――とにかく、彼女はアレックスの遺言を奪い取ろうとしてる!」
再び強烈な爆風が迫る。
「君が〝それ〟を拒んでいようと、周りの世界はもう〝それ〟を前提に動き始めてるんだよ!」
シオンは地面を大きく蹴り上げた。
あり得ない揚力に、アベルが驚いて身をすくめた。
「えっ!」
不可視の階段を走るように、一気に空中へと駆け上がった。




