Ⅲ ⅵ
二人はピタリと足を止めた。ポッドの外壁を石か何かで叩いた音だった。
二人は顔を見合わせた。取れてしまったハッチは、元の場所にはめ込んだら何とか扉の格好になった。ただどう見ても急ごしらえのつい立なので、開けようと思えば誰でも開けられる。
ノック音と思しき音が再び響く。
「……こっちから出て来いって事なのかな」
「役人たちがまた来たのかしら」
殴る殴らないの問答から一転、ひそひそ声で話し合う。
「シオン、あんた行って来てよ」
「えっ、何で僕が」
「しょうがないでしょ。誰だか分かんないんだから。技師だったら私じゃ相手できないわ」
アベル自身は本当に技師の才が無いらしい。おまけに銃などのアナログな武器も持っていないようだ。確かに相手が実力行使に出たらひとたまりも無い。
シオンは仕方なしに頷くと、アベルを残してハッチへと歩んだ。
「どちら様ですか?」
傷らだけの扉越しに問いかける。少しの間の後、ためらいがちな声が返事を返した。
「……あの、〝カルミン〟です」
扉の向こうに聞こえたのは少女の声だった。
「カルミン?」
名前だろうか。シオンは振り返ってアベルに伝えた。
「アベル、カルミンさんだけど」
「え? あのカルミン?」
ポッドの瓦礫を集めて防御壁を作ろうとしていたアベルは、その名を聞いてぱっと顔を変えた。
「いいよ、入って!」
と身を乗り出して言った拍子、瓦礫のコードに足を引っ掛けてつんのめってしまった。「わぷっ」と悲鳴を上げて地面に突っ伏し、頭の上にひらりとタオルが舞い降りた。
「……えっと」
シオンは少しだけ呆れた後、彼女の言葉のままにハッチを開けた。徐々に大きくなる金属扉のすき間から、宵闇を帯びた空気と、なぜか芳しい香り流れ込んで来た。
日はいつの間にか完全に落ちていた。
灰色のトーンを増した景色を背景に、一人の少女が佇んでいた。半袖のシャツにスカート。清潔感のある服の上にエプロンをつけている。頭にはバブーシュカ。お下げの髪を覆ったそれには〝カルミン〟のスクリプトが刺繍してあった。
少女は自分を見回したシオンを見て、にこりと微笑んだ。大人しそうな雰囲気に浮かんだ人懐こい笑みにドキリと胸が鳴る。
「あの……カルミンさん?」
「はい。それから私の名前もカルミンです。店名は私の名前から取ったんですよ」
よく分からない答えを、少女は笑顔のまま返した。
「ベーカリーよ。カルミンベーカリー。私のお気に入りのお店」
ポッドの中からアベルが説明する。ああ、例の。と思いながらシオンは再び少女・カルミンを見回した。アベルと同じ年頃の少女だ。
少女は腕に、同じく店名の入った紙袋を抱えていた。
「お店が終わってすぐに駆けつけたから、エプロンのまま来ちゃいました」
苦笑じみた笑みを交えると、カルミンはシオンの向こうへ声をかけた。
「アベルー、レーズンバゲット持って来たよー」
「えっ、ホント? すっごく嬉しい!」
アベルの声が今までにないくらい明るくなる。そう言えば、レーズンたっぷりのパンがおいしいって言っていたっけ。いい香りの正体はそれか。
「ちょっと待って、すぐ行くから」
そう言いながらもアベルはなかなか出てこない。見ると、散らばった配線の罠から脱出しようともがいていた。
くすりとカルミンは笑った。
そしてポッドの中を向いたまま、呟くように問いを発した。
「アベルを迎えに来た預言者って、あなたですね?」
シオンは耳を疑った。眉を寄せ、彼女の横顔に視線を向けた。
笑んだ瞳がこちらを向いた。
「殺せばいいんですよね」
屈託のない声音でそう言った。
はっ、とシオンは気づいた。
「アベル!」
叫んだ先。
ようやく立ち上がったアベルの頭上に紙袋が躍った。
「は?」
紙袋からレーズンバゲットがこぼれ出る。
カルミンがシオンの腕をぐっと引っ張った。アベルの下へと走りかけた体ががくんと停止する。
「っ! アベル伏せて!」
シオンはその場からもう片方の腕を上げた。
隣の少女も同じ体勢だった。
次の瞬間、爆音を立ててレーズンバゲットが破裂した。




