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Ⅱ ⅴ

 シオンはしばらく、少女の顔に浮かぶ形容し難い表情を見つめていた。醒めきった質の憎悪、愛情を諦めさせた兄への侮蔑、孤独に落とされた己の擁護。様々な彼女の理由が、薄闇を眺める瞳に平たい表情を張り付けていた。

 こんな彼女を、どう説得しろって言うんだ。

 シオンは奥歯を軋ませた。アレックス、君の最後の願いは誰がどう見ても無茶苦茶だ。こんな風に行き別れた……いや君自ら置き去りにした妹を連れて来いなんて、願う方がどうかしてる。いくら預言者でも、人の心を自在に動かせるわけじゃないんだから。

 無理やり引っ張りでもしない限り、アベルは絶対に――――

『それが預言者言うモンやろ?』

 頭に響いた〝あの男〟の言葉にはっとした。

『俺らの守るモンは聖地や。たかが地界の私情一つに振り回されとってどうすんねん』

 あの時――――血にまみれたその男は、呆然と立ち尽くす少女を抱きしめながら言った。

『これが俺らの摂理なんや。覚えとき、シオン』

「シオン?」

 少女の怪訝な声で我に返る。見ると、アベルはすっかり乾いてしまった髪を一つに結い上げていた。昼間と同じ髪型だ。

 ふいっと首を振り、ポニーテールが揺れる。淡い色のウェービーヘアは、棺の中で眠る青年と同じ色をしていた。

「とにかく、私にその気は無いって分かったでしょ? 説得してる時間があるなら別の人を当たってよ。聖地が落ちちゃうのは困るから、ちゃんと代わりを見つけてよね」

 人差し指でシオンを指すと、さっさと行けと言うようにその手をひらひら振った。

 シオンは困った顔で問うた。

「でも、君はこれからどうする気なの? この公陸にはもう……住めないんじゃないかな」

 う、とアベルがうろたえた。あんな騒動を起こしてしまった後だ。

「おまけに僕、君の住所は至高圏の第五聖地だって公言しちゃったよ。それで役所が引いたのなら、守らないと今度こそ法律違反に……」

「ああ! 何でもっとましな言い訳しなかったのよ!」

 まとめたばかりの髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

 シオンは「揺さぶれるかもしれない!」と更に続けた。

「ポッドもこの状況だし、この中に住み続けるのは難しいんじゃないかな。でも街には出られないよね。別の陸に渡ろうにも、結構お金がいるみたいだし……」

 がっ、と頬が掴まれた。

「! あ、あへる!?」

「うるさい! ぺらぺらぺらぺら何よ。分かってるわよそのくらい! おまけにこのポッド、盗品だからバレたらしょっぴかれるわよ!」

 まずい状況がもう一つプラスされた。

「あーもう、どうすればいいのよ! ポッドが墜落しなきゃこんな馬鹿みたいな事にはならなかったのに」

 アベルはシオンを放り出すと、頭を抱えて呻り始めた。

 ポッドの墜落の原因は十中八九、第五聖地の異常だったが、いわれない叱責を受ける気がしたのでシオンは口をつぐんでいた。

「こんな人生歩みたいだなんて誰も願ってないわよ。あぁ、世界をこんな風にした神様と賢者に文句言ってやりたい!」

 と、何かに気づいたように、彼女がこちらを向いた。

「そうだ、あんたノアの息子なのよね」

 座った目がシオンを見回す。嫌な予感にシオンは後ずさった。

「親父の代わりに一発殴らせなさいよ」

「そ、そんな、無茶苦茶な」

「あんただっていきなり現れて無茶苦茶言ってんだから、これでおあいこよ!」

 アベルが地を蹴った。慌ててシオンは逃げ出した。

「おあいこって、僕にこんな無茶苦茶させてるのはアレックスだよ! 殴るならアレックスの方なんじゃないの!?」

「言い包めて兄貴の所に連れて行くつもり? その手には乗らないわよ!」

 ハタ迷惑な敵意を振りかざして追いかけてくるアベル。シオンは「落ち着いて!」と叫びながら逃げ回った。

 そんな時だった。

 カンカンカン、と音が聞こえた。

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