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Ⅱ 聖地の主ⅰ

 上質な革靴が青天を駆け降りる。

 爽やかな陽気の丘を散歩するように、綿雲の間を軽い足取りで通り抜ける。微笑む青年の眼下に聖堂のバルコニーが現れた。

 ととんっ、と音を立て、靴底がバルコニーの手すりを叩いた。

「何や、おらへんの?」

 石の床の先、開け放しのガラス戸の向こうを見て呟く。そよ風に揺れるカーテンの内側、木製のアンティークテーブルの傍らに、彼女の姿は無かった。

 青年はつまらなさそうに肩をすくめると、手すりに腰を下ろした。

「あー、ええ天気やなぁ」

 ぐーっと伸びをし、空を仰いだ。前を開け放ったフォーマルスーツのジャケットが、風に煽られてパタパタと鳴った。内側の胸ポケットにはチェーンを備えた懐中時計が覗いていた。

「テッド、どこに行っていたの」

 背後から掛かった声に青年は振り向いた。

 美しい少女が、テーブルのそばからこちらを窺っていた。テーブルの上には銀のトレイが置かれ、その上には少女愛用のティーセットが並んでいた。

「ああ、茶ぁ入れとったん。お前もホンマ毎日毎日、律儀に同じ時間に茶ぁ飲むなぁ」

「習慣なの。それに、お茶くらいいいでしょう。ここに来てからはお茶くらいしか楽しみが無くなってしまったんだもの」

「せやな。せやけど毎回楽しんどるようで良かったわ」

 青年はトレイの上を見て言った。最上質のティーセットの傍らには、今日も巨大なケーキがでんと鎮座していた。彼女が毎日、地界のパティスリーから高速転送を使って取り寄せている物だ。おかげで午後のティータイムと夕食後には、日替わりで見目に美しいケーキを見る事ができる。

 ワンホールのケーキを毎日食べて、どうやってその端正のとれた身体を維持できているのかは大いなる謎だったが、少女は今日も美しい姿で聖堂の小部屋に佇んでいた。

 青年は淡い笑みのまま、視線を空へと戻した。

「質問に答えて。朝から一体どこに行っていたの?」

「ええやん。俺がいると自由にできひんていつも言うとるやないか」

 いたずらっぽく後ろを振り向く。

「それともリゼッタ、俺がおらんで淋しかったん?」

 少女の表情が固まり、そしてみるみる怒りに染まる。

「――――っ、馬鹿にしないで!」

 青年は可笑しそうに笑い、再び前を向いた。少女は怒りの冷めない表情のまま、そのおどけた後ろ姿を睨みつけた。

「ちょっとな、見舞いに行っとってん」

 少女はピクリと肩を揺らした。

「……見舞いって、もしかして第五聖地に行っていたの?」

「せや。アレックス、どないしとるかなー思ってな。あれからもう一週間やん。シオンもちっとも帰ってこーへんし、ちょっと気になっとってな」

 手すりに腰かけたまま青年は答えた。

「もちろん、ちゃーんと生きとったで。終末昏睡は本人やない誰かが解除せーへん限り解かれへんからな。棺の中でぐっすり眠っとったわ」

 少女が幾ばくか怪訝な声で「そう」と返す。

「聖地の降下も粗方止まったようやしな。第五聖地に合わせて他の聖地も高度下げとるから、九角構造のバランスも何とか保たれとる。後は……はよシオンが次の御芯体連れて来る事や。何やっとるんやホンマに……」

 両手を肩に首を振る。

「アレックスは妹を指名した、って言っていたわよね」

「せやで。あいつの実の妹や。至高圏に昇った時に別れたんやとか。ただあいつに妹がおった事、シオンも全然知らんかったらしいで」

「五年間も隠していたの?」

「そうなるな。隠しとった、言うより……言えへんかった言う方が正しいんかもしれへんけど」

 青年の目がくっと細まる。

「何で今さら、行き別れた妹に聖地託そうなんて思ったんやろうなぁ」

 空を仰いで呟く青年の背を、少女はじっと見ていた。

 少しの間の後、青年はふっと笑った。

「まぁそれでも、俺らにとっては聖地を守ることが第一や。指名受けたモンが嫌がろうが暴れようが、納得させて連れてこなあかん」

 少女は眉をひそめた。

「そいつの事情なんざ知らへん。俺らが守るんは今の主たる御芯体の遺言や。継がせたいモンがおる言われたら、それに従わなあかん。俺ら預言者はオトンからそう縛られとんねん」

 独り言のように呟く。

「御芯体になりたい言うモンは山ほどおるで。せやから下手すると、そないな奴らに遺言も聖地も奪われかねん。そうなったらロクな事が起きひんわ。どこぞの悪漢が素直に祭壇に座っとるわけがないやろ」

「……」

「せやから、はよ連れて来ぃや、シオン。その妹が継代の儀式知って泣こうが、叫ぼうが、拒もうが、守るべきなんはお前の義務の方なんやから」

「……っ」

 彼の呟きがこぼれるたび、少女の美しい顔は険しく歪んでいった。

「それにいざとなったら〝お前が〟継がせたったらええねん」

「っ!」

 少女の手がドレスのスカートを撫でた。

しかしその内側に潜ませているはずの武器は今、クロゼットの引き出しの中にあった。昨晩点検したままだったと思い出し唇を噛んだ。

 再び少女は、青年の背を睨んだ。

「……」

 両足を飾るドレスシューズをそっと脱いだ。足裏にやわらかな絨毯が触れた。

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