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悪霊は天使を嗤う  作者: 中村レギス
プロローグ
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第9話 料亭へ

 朝、目が覚めると共に歯を磨き、顔を洗って朝食を食べる。だがそこに昨日までいた大勢の子供達はいない。ほんの少し寂しい気分になりながら所長さんに会いに行く。今回は優人達も一緒だ。


「ーーそれで、俺達はここを出て学校に通えって事ですか?」

「ええ、ここにいても何も得にはなりませんし、その方が貴方達にとっても楽しいでしょう」


 会話の内容は昨日自分が話していた物だ。皆の様子を見るに反対意見は出なさそうだし、これで決まりそうだ。


「皆、それでいいか?」


 優人の問いかけに、明達は頷いた。


「それでは決まりですね。貴方達に通って貰う高校は国立鷹塚高校という所です。制服は、主に和服をモチーフにした物との事です。この高校はこの国でトップの学校ですが、貴方達なら主席、とはいかなくとも、入学くらいは出来るでしょう」

 夢の学生生活は、その鷹塚高校とやらで始まるらしい。しっかりと耳に焼き付けて、その制服とやらを妄想する。


「それから、貴方達は、全員違う家に引き取られる事となりました」


 離れ離れ、か。この言葉を聞くと、どうしても体が震えてしまう。こんな歳にもなって情けない、と思うのだが、幼い頃についた傷は、簡単には癒えないのだ。


「それぞれ、引き取られる家は決まっています。それでは発表していきますね。まず、優人さん。貴方は、高校駅近くの神社の神主さんの家に引き取られる事となりました。次に、禅さん。貴方は高名な空手家の家です。続いて雪さん。貴方は病院の院長さんの所です。理由は分かりますね? 最後に明さん。貴方は江戸時代から続く、古い料亭に引き取られる事となりました。皆さん、よろしいですか?」


 料亭……つまり所長さんは、料理を学んで来いと言っているのだろうか。検討もつかないが、そういう事にしておこう。


「ではそろそろ迎えが着く頃です。皆さん、荷物をまとめて外に出て下さい」


 所長さんに急かされて急いで荷物を整える。持って行く物は、短刀、拳銃、写真にリボン、抱き枕くらいだろうか。

 こういう荷物をまとめて何処かに行く、なんて事が無かったせいで、何を持って行けばいいのか分からない。

 取り敢えず、後は適当に箸だとか本だとかを旅行カバンに詰めていく。ある程度詰め終わったところで満足すると、広場に向かった。

 やはりというべきか、自分は一番最後で、皆もう広場に着いたタクシーの前に立っていた。


「全員揃いましたね、それでは私はこれで失礼します。皆さん、くれぐれも粗相の無いように」

『はい!』


 明達はそれぞれのタクシーに乗り込み、所長さんの姿が見えなくなるまで手を振った。


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはどうしてあんなチンケな所に行くんですかい?」


 研究所から離れて十分ばかり。とうとう沈黙に耐えられなかったらしい運転手が話しかけてくる。


「知りません」

「お嬢ちゃん、可愛いねって良く言われるでしょ」

「そうですね」

「お嬢ちゃん今歳幾つ?」

「十六」

「お嬢ちゃんはーー」


 だが、明には見ず知らずの人と話すなんて事は、極力避けたかった。であるから、その返事も、短く、冷たく、端的に、とにかくそっけない言葉で受け答え。

 なのにこの運転手、懲りずにいつまでも質問を続けてきやがるのだ。それも心底楽しそうに。もう、うざったくてしょうがない。そろそろ無視してもいいんじゃないだろうかと、明は考え始める。


「おじさんの娘もお嬢ちゃんと同じくらいなんだよ。だけど、今年の初め頃に病気になっちゃってねー。今はもう、話せないくらい進んじゃってるんだ。だから、お嬢ちゃんくらいの子と話すのは久しぶりでね、ごめんね、迷惑だったかな」


 何故、そんな話を見ず知らずの自分にするんだろう。これでは無視出来ないじゃないか。明の、禅によって養われた外部の人間への僅かばかりの良心がチクリと痛んだ。


「いえ、別に迷惑じゃありませんよ。私で良ければいくらでも話に付き合います」

「本当かい? ありがとうね」


 自分は何を言ってるんだろう。こんな怪しいおじさんに、気を使う必要なんて無いだろうに。

 明は、窓枠に肘をおいてアンニュイな表情をすると、眩しい太陽を遠見した。

 山を一つ、二つ、はたまた三つか。そのくらい山道を通ってやって来たのは、意外にも都会なところであった。車が幾つも道を行き来しており、窓を開けると、排気ガスが入ってきて煙ったい程。


「山を通ったのに、都会に着いてしまった」

「近道だよ、近道。正規ルートで行くとそれこそ一日野宿だから」


 そうらしい。どうにも、外の世界に疎いため、そういうのが分からないのだ。まぁ、野宿も良いかな、なんて思ってしまう程には。

 この十数時間で、このおじさん運転手とも、大分仲良くなったと思う。だからか、もうすぐ別れてしまうのが、辛くなってしまった。


「ここからは小さい道を通って行くよ。そうしたらすぐ着くから」

「そうなんだ。そうなったらおじさんともお別れだね」

「寂しくなるなぁ」

「だねぇ」


 信号待ちで一時停止。明と運転手はクスリと笑った。


「ここら辺の名物って知ってる?」

「ううん、知らない。何?」

「確か、カレーうどんだよ。美味しいって噂だね」

「へぇ〜、カレーうどんかぁ」


 信号が青に変わって発進。明はまだ見ぬカレーうどんの味の想像を膨らませた。

 車が前に揺れる。目的地に着いた様だ。

 外を見ると施設と同じくらいの大きさの屋敷が立っていた。店屋敷に掛けられた看板に書いてある名前は神楽峰本店。名前だけではなんの店なのか分からない。


「さぁ、着いたよ。荷物の忘れ物が無いようにね」


 そんな事、言われるまでも無い。車のドアを開けて、忘れ物が無いかチェックしてからドアを閉める。


「えっと、その……今までありがとうございました!」

「いえいえ、此方こそ、だよ。こんなおじさんの話に付き合ってくれてありがとうね」

「娘さん、良くなると良いですね」

「そうだね、お医者さんも、次期に良くなるって言っていたし、多分大丈夫だよ。それじゃあ、お嬢ちゃんもお元気で」

「さようならー! また会えたら、沢山話をしましょうねー!」


 明と運転手は互いに見えなくなるまで手を振り合い続け、明は見えなくなっても降り続けた。


「さて、じゃあ本題の料亭に訪問しますか」


 荷物を持ち、動くはずの無い心臓が動き始めるんじゃないかと思うくらい緊張し、カチコチになりながら、料亭のインターホンを押した。

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