第8話 状況説明
職員達に保護され、所長さんが来るのを、機材だらけのテントの中で待った。
その間、自分達が通って来たらしい壁を見たり、いまいち状況が掴めていない禅と雪を宥めたりしていた。
「えっと、俺たちはどれくらい中にいたんですか?」
「君達は、約二年もの間、中にいたんだ」
二年か、確かに燐と別れてから、中で生活した時間は二年程だ。ということは中と外の時間の流れはほぼ同じという事になる。それに何故か、自分達は歳を取っていない。実験で作られた自分達は、ある程度まで成長したらもう成長しないらしい。まぁ、死んでる自分が成長したら、それはそれで怖いけど。
「お待たせしました。皆さん、よく無事に帰って来てくれましたね」
やって来たのは目尻に涙を貯めた所長さんだった。所長さんは明を見ると目を見開き、固まった。
それはそうだろう。なにせ死んだ筈の人間が目の前にいるだから。
「所長さん、報告したい事があります」
「え、えぇ。そうですね。此方に来てください」
今、此処で自分が死んでいる事を暴露されるのは困る。明は、自分の事も話すという意味も込めて言葉を発した。それには所長さんも賛成のようで、真剣な表情で頷くと天幕を越え、会議室に入って行った。
「さ、行こっか」
明達もそれに続き、会議室に入る。
そこは、二年前とは随分と変わっていて机が三つ程しか無く、その三つ全てに機械が乗っていた。
所長さんはその機械をどかして無理矢理スペースを作ると、人数分の椅子を用意した。
「さ、どうぞお掛けになって下さい」
勧められるままに椅子に腰掛ける。
ギィィと変な音が鳴り、相当年季が入っている事が分かった。
「何か、飲みますか?」
「アイスティー!」
真っ先に手を挙げて言った雪以外、首を横に振った。
「アイスティーですね、分かりました」
所長さんは微笑みながら、いつの間にか側にいた職員に飲み物を持ってくるように伝える。
「さて、それでは、貴方達がどういう状況に陥っていたか、理解していますか?」
明と優人は頷き、禅と雪は首を傾げた。
「お二人は、どうやら分かっていないようですね。だから、というわけではありませんが、此方の情報と、其方の情報の行き違いがある可能性があるので、ご説明致します。何か違う点があれば、遠慮なく指摘してください」
真剣な表情で言う所長さんの気迫に、明達四人は、何度も首を縦に振った。
「それでは。貴方達は今から約二年前、私達の前から、いきなり消えてしまいました。ですから、私達は調査をし、貴方達の通って来た壁から向こうに、別の世界がある事を発見しました。なので私達は調査員を五人程送りましたが、五人共帰って来る事はありませんでした。そして二回目の調査員は命綱を付け、その中に入って行きましたが、途中で綱が切れてこちらも失敗。どうやら、あの場所は入ったら出られない仕組みになっているらしいのです。そういうわけで私達は、あの壁から誰かが出てくるのを待ち続け、たった今貴方達が帰って来た、という感じです。其方はどうですか? 調査員の姿を見たりしていませんか?」
あの廃墟を思い出し、周りに骨が落ちていたのを思い出した。恐らくその調査員達は、明達のいた世界に辿り着けなかったようである。
「あの壁の向こうには二つの世界があります。その……此方に戻る時に通った世界で、幾つかの骨を見ましたよ。多分、それが……」
嘘だ。本当は、あの彼岸花の丘の世界も合わせて三つだが、それを言っても面倒な事になるだけ。ならば言わない方が得策だろう。雪のアイスティーが到着し、嬉しそうに飲み始める雪に、この部屋にいる全員が癒される。
「そう、ですか。あの方達には申し訳ありませんでしたね」
重い空気が漂う。従来、明はこういう雰囲気は大嫌いだ。だから何か明るい話題は無いかと頭の中を模索する。
「あ、そうそう、皆、無事ですよ。あの中で楽しく生きてます」
「ほ、本当ですか⁉︎ それは良かった‼︎」
思いついたのは、皆の無事の報告だった。
その報告に所長さんは身を乗り出して喜んだ。
「なぁ、明。一体全体なんだってんだ?」
隣に座る禅が、まだ状況を掴めていないらしくそう耳打ちしてくる。明は呆れながら雪はどうかと見ると、所長さんの説明を聞いて、疲れて寝てしまったようで、先程持って来てくれた飲みかけのアイスティーが虚しく置いてあった。
「つまり、さっきまでいた世界はボク達が作った世界で、本当の世界はこっちって事」
「あぁ、なるほど」
「ふむ、それであの中に戻って他の子達を連れて来る事は出来ますか?」
「いや、無理だと思います。彼処に行く為には、十メートルくらい上空に浮かぶ穴を通らないと行けませんから」
優人の言葉に、所長さんは顎の髭を触って考えに耽っている。
実際、また彼処に戻るのは遠慮したいところだ。折角出られたのだから、このまま皆を解放するっていう少女を探したい。
「まぁ、私達は不老ですからね。ゆっくり考えればいいでしょう。最悪、貴方達に中に行ってもらい、梯子か何かを使って登ってくれればいいだけですし」
良かった、今すぐ戻って連れて来いだなんて言われないで。
内心安堵した。
その時、会議室の扉が大きな音を立てて、開かれた。
「子供達が帰って来たって聞きましたけど、本当で……す……か?」
入って来たのはお兄ちゃんだった。何処と無く、前より老けた感じがする。
「な、なんでーー」
「後で説明しますので、少し落ち着きなさい」
「お、落ちつくって言ったって」
やはり自分が生きているのを見て驚いているようだ。だが、今は我慢して欲しい。
「取り敢えず、把握は出来ました。貴方達は、今日はもう寝なさい。部屋はキチンとそのままにしてありますから、すぐに使える筈ですよ」
ありがとうございます、とお礼を言い、自分達の寝室へと向かう。途中で優人と離れ、三人になった。
何処かで別れなければいけないな。
明は、適当な理由を言って、雪を背負う禅から離れると、一人、会議室へと戻った。
そこで、待っていた所長さんとお兄ちゃんの向かいの席に座り、だいたいの概要を語る。
「やはり、あの子達は、貴方の蘇生を願ってしまっていたようですね……なんと取り返しのつかない事を。それに、殻に篭って現実逃避ですか……嘆かわしい」
「それで明がいるのか。なるほどな、だいたい分かった」
所長さんは、的を射たと言うふうに頷くと、目を隠すように手で覆った。
「それで、その、もし、あの世界が壊れてしまったらどうなるんですか?」
「それは……言いにくいですが、言った方がいいですね。その方があなたにとってもいいでしょう。ーーもし、彼処が壊れてしまったら、貴方は死んでしまいます」
やはりそうか、と明は肩を落とした。
ある程度予想出来ていた事とはいえ、正直辛い物がある。
「佐藤所長、あんた、もしかして壊すつもりじゃねぇだろうな」
「私はそんなことするつもりはありませんよ。それに、あれは私程度じゃヒビ一つ入らないでしょうしね。ですから落ち着いて下さい」
「それなら、いいけどよ」
所長さんの言葉を聞き、少し気が楽になった。どうやらすぐに壊される、何て事はないようだ。となると燐の言っていた金髪の少女が鍵となるのだろう。
「明さん、貴方達は、また此処に住みますか?」
「それは、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。此処にまた住むか、此処を出て、俺達が紹介した人の家に住むか、だ」
「え、それはちょっと」
「安心しろ、此処の事を全て理解してくれてる人の所だ。悪い事は無い」
「えぇ、此方としては、貴方達には、是非行って貰いたいと思っているんです。いつまでも、此処にいられるわけでは無いですし、その方が色々な体験が出来て良いと思いますよ。それに、貴方が憧れていた学生生活。これも出来ますよ?」
生唾をゴクリと飲み込んで、その言葉をゆっくりと消化した。
「ほ、本当?」
「あぁ、優人と二人で登校したり、弁当食べたり、遊びに行ったり出来るって事だ。夢が広がるだろう?」
それは願っても無いことだ。本当にそんな事が出来るなら、行ってみても良いかもしれない。
極上の餌に釣られる馬鹿な魚のように、明は思い切りその話に食いついた。
「行く‼︎ 行きます‼︎ 行かせて下さい‼︎」
「ははっ、やっぱりお前は変わらないなぁ」
「そうですねぇ、子供はいつまで経っても可愛いものです」
頭を撫でてくる大人二人の大きな手に、揉みくちゃにされながら、近々くるであろう学生生活を想像した。
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