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悪霊は天使を嗤う  作者: 中村レギス
プロローグ
7/24

第7話 帰還と涙

「そっか、ボク、死んじゃってたんだ」


 涙がポロポロと頬を伝って零れていった。


「酷いよ燐、分かってて、ボクに任せたんだね」


 短刀を握りしめ、涙をポロポロと流しながら、燐に向かって恨みを吐いた。


「最悪だよ……でも、ユウ君を守れて、良かった」


 それだけが唯一の救いだろう。これで、十年前の恩返しが出来たというものだ。


「……帰ろう」


 まだ、中身の入っているタイムカプセルを持って研究所へと戻った。


ーーーー


 次の日、研究所の厨房に少女達が甘い匂いに釣られて集まっていた。その厨房でミトンをはめ、オーブンの前で真剣な表情で待っているのは、明であった。


 やがて明は頷くと、スイッチを切って扉を開き、中からケーキのスポンジを取り出す。


「よしっ、いい感じ! さすがボク!」


 少女達は、明とケーキのスポンジを交互に見ながら口から垂れそうになる唾を飲み込み、待ち切れなさそうにソワソワとし始める。明はそんな少女達を見て微笑むと、早速スポンジに生クリームなどを塗り始めた。


「ふんふんふふ〜ん」


 生クリームを塗り終えた明は、うろ覚えな曲を鼻歌で口ずさみ、ご機嫌な様子でイチゴでデコレーションをする。


「ね、食べていい? 食べていいよね⁉︎」


 明を眺めていた雪が待ちきれなくなり、完成間近のケーキへと手を伸ばす。だが、そんな事を明が許すはずも無く、凍りつく様な笑顔を浮かべ、その手を叩いた。


「ダーンメっ! これはユウ君にあげるの! 今度お姉ちゃんの分も作ってあげるから我慢して!」

「ぶーぶー! 明のケチ〜!」

「ふんだ! ケチでいいもん!」


 言い争いを続けながらも、手を止めずに作業をして行く明は、完成したケーキを八つに切り分け、ケーキの前に焼いたクッキーなどと共に二切れだけ箱へと詰めた。


「ところで明。ユウの場所分かってるの?なんか今日は武器庫から手榴弾とか持ち出してたのを見たけど••••••」


 少女の群れの中から京が姿を現し、明人に心配そうに話しかけた。


「お、京。うん、その辺は大丈夫。あ、皆。余ったやつ食べて良いよ」


 明がそう言うと、少女達は一斉に歓声を上げながら机の上に置いてある沢山のお菓子に群がった。


「じゃあもうボクは行ってくるよ」

「気をつけてねー」


 明は京に見送られながらキッチンを出て、施設の外へと出た。

 外は雪が降っていて、後数時間もすれば積もりそうだ。


「……やっぱりこんな体は嫌だなぁ。普通の体が欲しい……」


 ギュっと自身の体を抱きしめる様に腕を回して力を込める。その体は、寒さと別の何かによって震えていた。


「ボクは一体何なんだろう。明という少女の偽物? 記憶から作られた作り物? そうだとしたらボクは……」


 ポケットに入っている短刀と拳銃を握りしめていると、不思議と震えは収まった。


「早く届けなきゃ」


 多分、優人は遊園地にいるだろう。明は足早に遊園地へと向かって、誰も住んでいない住宅地を走り抜け、誰も行き交う人のない商品だけが置いてある商店街のアーチをくぐり抜ける。そして遊園地の入園場の、改札員のいない改札口を突っ切って広場にある観覧車の乗り場に辿り着いた。

 そこには保護メガネを掛けアンチマテリアルライフルを撃ち放とうとする優人の姿があった。さらにその下には今にも消えてしまいそうな使用済みのロケットランチャーも落ちている。


「おーい! ユーくぅん! オヤツ持って来たよー!」


 明は深呼吸をし、大声で優人に呼びかける。


「んお? おお、明!」


 優人はその声に体をピクリと震わせると保護メガネを外して明を見た。

 明はトテトテと優人に歩み寄ると、魔法瓶に入っている暖かい麦茶をコップに注ぎ、手渡した。それを勢い良く飲み干しオヤジの様に大きく息を吐いて、空になったコップを明に返す。コップを受け取った明は、レジャーシートを屋根のある観覧車の乗り場へ敷いて、そこへお菓子の入った箱を置いた。


「お茶ありがとうな。丁度喉が渇いてたとこだったんだよ」

「クスクス。どういたしまして。ーーそれにしても、またこんな物騒な物持ち出して何してるの?」

「いやな、これまでもいろいろと外に出るためにやってきただろ? だからさ、今度は破壊しようと思ってな」

「ふーん、そうなんだー。でもさぁ、そう言うのやる前は誰かに言おうよ。皆に頭のおかしい人だって思われちゃうよ?」

「そうだなー、けど、お前以外誰も外の世界を信じちゃくれねぇからな〜。つぅか俺達以外誰もいない世界なんだぞ? なんで気付かないのかが分かんねぇよな」

「多分気付きたく無いだけなんだと思うよ」

「気付きたく無い、か。確かにそうかもしれないな。おっ、ショートケーキか。美味そうだな」

「ふふ、どうぞ」


 いつも通りの何気ない日常。それさえも愛おしく感じられる。


「さみー! これだから冬に外へ出るのは嫌なんだ!」

「あー! やっぱりここにいたんだ!」


 聞き覚えのありすぎる声のする方向を見ると、雪と禅がこっちに向かって走って来ていた。


「あれ、キミ達、どうしてここに来たの?」

「なんでって、そりゃあ……うーん、別に理由はねぇな」

「ふーん、別にいいけど……」


 折角の、優人と二人きりの時間だったのに。明は、しょんぼりと項垂れた。


「んー、おいひー!」


 気づくと、雪はタルトに噛り付き、宝石の様に綺麗な真紅の瞳を輝かせた。


「褒めてくれるのは嬉しいんだけど、それ、ボクのだからね?」

「まあ、良いじゃねぇか、皆で食べれば楽しいだろ?」

「ユウ君が良いならいいんだけど……」


ばくばくとタルトを貪る雪を見て、少しだけ変な気分になった。


「お姉ちゃん、タルト零れてるよ」

「ん、あいあお〜」


 イチゴのタレがついた口を拭ってやると、何やら笑顔で言葉を発した。恐らく、ありがとう、と言っているのだろう


「それで、お姉ちゃん、ちゃんとUVケアのクリーム塗ってきた?」

「あぁ、塗っといたぞ。こいつ、逃げ回るから大変だったぜ」


 それならいいや、と頷くと、ケーキを仕方無く4等分にして配る。


「お、悪りぃな」

「キミ達、もしかしてこれを狙ってきたの?」


 どうやら図星だったらしく、禅は黙り込み、黙々とケーキを食べ始めた。


「全く、食べたいなら食べたいで、言ってくれれば作ったのに」


 そうぼやくと、明もケーキに手をつける。プラスチックフォークを使い、食べやすい大きさに切り、口に運んだ。


「甘さが足りなかったかな」


 少しだけ、イチゴの酸味が効きすぎている気がする。でも、まぁ、美味しい。


「さて、食後の運動でもすっかな!」


 いち早く食べ終えた禅が立ち上がり、蹴伸びをした。


「お、ちょっ、」


 足場が悪かったようで、足を踏み外し、乗り場から落っこちそうになっているのを、手を伸ばして助けようとしたが、生憎禅の方が体重が重かったらしい。

 明と禅は抱き合うような形で観覧車に突っ込んだ。


「あ、れ?」

「なんだこれなんだこれなんだこれぇぇ‼︎」


 痛むかと思い、目を瞑ったのだが、何故か浮遊感と共に、禅の絶叫が聞こえて来た。


「のわっ!」

「ヘブゥッ!」


 凄い衝撃と、柔らかい感触に包まれる。ゆっくりと目を開くと、目を回した禅の顔が目の前にあった。

 ペシペシと禅の顔を叩いて、叩き起こし、現状を把握する為に、立ち上がって辺りを見回した。


「ここって、もしかして、遊園地の廃墟?」


 ここは、なんと、先ほどまでいた遊園地の廃墟だったのだ。目の前に立ちはだかる観覧車で、一発で分かった。


「そうらしいな、オレ達はどうやら彼処から落ちて来たらしいぜ」


 禅の指が指す方向を見ると、ここから十メートル程上空に、変な穴が空いていた。

 なんというか、あんな所から落ちて、しかも自分のクッションにもなっていたのに、よく無傷でいられるなと、改めて禅の化け物さを思い知らされる。


「戻れるかな」

「無理だろ」


 あっけらかんと言い放つ禅に、少しだけ怒りが湧いて来た。だが、今のところ、どうする事も出来ないのは事実だ。どうしようかと考えていると、上から雪と優人が落ちて来た。すかさず明は雪を、禅は優人をキャッチした。


「これで本当に戻れなくなっちまったな……」

「うん……」


 頼みの綱であった優人達まで落ちて来てしまったら、もうどうしようもない。取り敢えず、他の出口を探すしかないだろう。


「なんかゴメン」

「気にする事無いよ。入口があるって事は出口も必ずあるはずさ」

「そうだな、じゃあ先ず、あの小屋に行ってみようぜ」


 謝る優人の肩を叩き、元気付ける。優人は、それでどうやら立ち直ったらしく、心機一転、辺りを見回し、いかにも何かありそうなボロ屋を指差した。少しだけ、ボロ屋から目を離し、あちこちを見回すと何かの骨らしき物が転がっていたりして、とても不気味だ。だが、その不気味さは、明にとってはご褒美そのもの。明は廃墟マニアなのだ。


「ああ、いつまでも此処にいたってどうにもなん無ぇしな」


禅も賛成し、前を優人、その裏を明、雪、禅の順に並んで歩き出す。

特に、これといった出来事も無く、小屋の扉の前に辿り着き、優人が深呼吸をした後、思い切り扉を開けた。


「真っ暗だな」

「どうするの?」

「取り敢えずオレが入ってみる」

「えー! 皆で入ろうよー!」


 雪の意見が尊重され、ゆっくりと四人で手を繋いで入って行く。

 ようやく手を繋げた感激に、そんな場合じゃないにも関わらず、ドキドキとしながら、優人の手を握る力を強くした。すると、優人も自分の手をギュッと握り返してくれる。今、自分の顔が赤いのが分かった。少し、深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 まだ壁に辿り着かないようだ。既にもう、歩いた距離は、さっき見た小屋の大きさを超えていると思う。これはビンゴか? と、思いながら、進んで行くと、いきなり目の前が明るくなった。


「うっ……‼︎  此処は?」


 目が、明るさに慣れてくると、今、何処にいるのか、理解できた。


「おおい‼︎  子供達が戻って来たぞ‼︎」

「結界を消せ‼︎」

「佐藤所長を呼んで来い‼︎  今すぐだ‼︎」


 目の前で、職員達が慌ただしく、機械を動かしたりしているようだ。

 どうやら外の世界に出られたらしい。明は、無意識に、涙が頬を伝うのが分かった。


「やったよ、燐。帰って、来れたんだ」

「午前三時五十八分、子供四人の帰還確認」


 誰かのそんな報告を聞きながら、明と優人は抱き合った。

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