第3話 忘れられない呪い
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炎上する施設の中。
周りには数え切れない程の屍が転がっていた。
その炎の中に存在するのは三人のみ。
明は泣き、燐は空を見上げ、優人は虚空を睨みつけた。
「なぁ、お前はどうする? ここでもう楽になっとくか?」
気づくと優人は弾丸を装弾し、泣いている自分に暗い銃口を向けた。火薬と血の匂いが充満し、噎せるような匂いがする。
もし、自分が今、肯定したら、優人は迷い無く引き金を引くだろう。故に明はそれを拒否した。
「……ううん。……まだ、頑張れるよ」
明はゴシゴシと裾で目元を擦って涙を拭くと、よろよろと立ち上がる。
だんだんと治って行く世界に向かって優人は歩き出した。
立ち上がった明は服のポケットにしまっていたナイフを取り出すと、優人の背中へ深々と突き刺した。
ナイフを引き抜き、倒れる優人を涙でぼやけた目で眺める。血が流れる胸を押さえる優人の顔は、後悔と申し訳なさとで一杯のようだった。
「ヒック。……ごめん、なさい。ボクは……もう君が変わって行くのを見るなんて……出来ないよぅ」
「気に、すんな。寧ろ俺が謝る方だろ。お前にこんな事させちまったん、だから……ごめんな」
「ぁ、謝るのはこっちだよ……。……ごめんなさい」
もう一度、謝ろうとした時にはもう優人は死んでいた。
泣き止むと、光の粒になって消えていく優人の亡骸の側に落ちていた拳銃とナイフを拾い上げ立ち上がる。
そのすぐ側に歩いてきた燐が、明の頭を優しく撫でた。
「ねぇ、明、明はここから出たい?」
「それは……うん、出たいよ。皆で、出たい」
燐は明の言葉を聞いて、悲しい表情をすると、明の身体を、ひしと抱きしめた。
「そう……じゃあ、私の力をあげるね。その力でキミはここにいる皆を救うの。これはキミにしか出来ない事なんだ」
「そ、そんなの出来るわけないよぅ。そんなの要らないから一緒にやろうよぅ」
「それは出来ないんだよ……ここを救える可能性があるのはキミだけなんだよ」
燐はそう言うと、明を離した。
「嫌だぁ、ボク一人なんて絶対に嫌だよぅ」
だが、明の大粒の涙を流しながらの必死の説得も意味は無く、燐は勝手に話を進めていってしまった。
「……キミは今から、ここが作られた直前の時間をループする事になる。それを繰り返して行くうちに、過去は少しずつ変わってくるようになってるはず。そこには私はいないけど、きっといつかここを解放してくれる同い年くらいで金髪の天使って呼ばれてる少女に会えるから。だから、約束して、研究所の皆をこの呪縛から助け出して」
「ボクに……そんな事出来ないよぅ」
「大丈夫だって。私は視たんだからね」
燐はウインクをすると、髪を縛っている二本のリボンを外し、明の髪に、ちょこんと可愛らしいツインテールに縛った。
「これはあげるね。大切にしてよ? それじゃ、今までありがとう。キミと過ごした日々、とっても楽しかったよ! バイバイ!」
そう言って燐は明を過去へと送り込んだ。周りの空間が歪んで行く。
最後に見た燐は笑顔だった。
気付くと一人、過去へと戻った明は呆然と座りこんで金属質の冷たい天井を眺めていた。
部屋の外では先ほどまで亡骸だった子供達が、きゃっきゃと騒がしく遊んでいるようだ。
どれだけの時間そうしていたのだろうか。窓から刺す日差しは先ほどより強くなり、暑いくらいになっていた。
コクンと視線を地面に落として血のついたナイフと、まだ暖かいピストルを見つめた。
「何でボク一人だけなのぉ……。こんなの……嫌なのにぃ……」
ナイフを拾い、己の首に突きつける。
ナイフの刃先は冷たく、まるで凍てついた自分の心のようだった。
「ごめんねぇ……燐。約束、守れないよぅ」
ポロポロと涙を流し、力を込めた。
ーーーー
微睡みから覚めると、さっきと同じ場所に倒れている。
おかしい。さっき確かに自分は喉にナイフを突き刺して死んだのに。
「な、なんで⁉︎ なんで生きてるの⁉︎」
もう一度明は近くに落ちているナイフで喉を突き刺す。
再び、微睡みから覚めても、さっきと同じ場所に倒れていた。
「まさか……⁉︎」
明は先程、燐が言っていた言葉を思い出す。
「時間をループする? もしかして……死ねないって事?」
もし、そうだとしたら、なんと恐ろしい事だろうか。明は縋るようにナイフを掴んで喉を突き刺す。突き刺す。突き刺す。
だが、どんなに突き刺して死んだとしても、傷一つ無い身体で生き返ってしまった。
「あ、あぁ、あぁぁぁあぁぁ‼︎」
突き刺す度にとてつもない痛みが身体を巡り、生き返る度に言いようのない恐怖に襲われる。頭がおかしくなりそうだった。
「どうした、明!」
ドアを開けて入って来たのは優人と雪、それと、
「どうしたんだよ、明」
不良っぽい格好をした、明の知らない人だった。
「ひっ、やだ! 来ないで! 来ないでぇ!」
知らない人は、明にとって石を投げつけて来る人達なのだ。故にそんな人が近づいて来ても恐怖しか出てこない。
「来ないでって、本当にどうしたんだ?」
優人は泣きじゃくる明に優しく問いかけ、いつものように、いつ明が飛びついて来ても良いよう両手を広げた。
明は優人の胸に飛びつきそうになるが、思いとどまった。今、飛びつこうとしているのは、さっき自分が殺した相手なのだ。そんな相手の胸になんて飛びつけるわけがなかった。
「うぁぁ! ごめんなさい!」
優人達を押しのけて部屋の外に出た。
すれ違う人達に心配されるが、それを無視して廊下を駆け抜けて涼しい外へと出る。時刻は早朝くらいなのだろう。雑草に朝露がついていて、踏む度に足を濡らした。
全力で一時間近く走っても、息一つ乱さずにいる自分が気味悪い。これも心臓が動かなくなった事と何か関係があるのだろうかと、嫌な現実から目を離して考える。
「いつっ!」
裸足で走っているせいか、時々小石が足の裏に刺さって皮膚を切り、鋭い痛みがはしる。
血が滲む足を動かし、研究所の裏山の頂上に登り切った。
「最悪だ……どうしてこんな事になったの……? ボクは何をしたらいいの? ねぇ……誰か……教えてよ」
裏山の頂上にある御神木に寄りかかり、誰にともなく話しかける。だが、もちろん、誰も答えてくれる人などいない。寂しい小風と、小さい嗚咽だけが虚しくなり響いた。
「やっぱり、もう、やるしか無いのかな。でもボク一人で? ……無理だよ」
「みんなに言ってもどうせ信じてなんかくれない……ううん。また、さっきみたいになるかもしれない……」
「ボクに……どうしろっていうの……」
両手で顔を覆って、嗚咽を漏らした。誰も、自分の苦しみなんて分かってくれない。燐にやれと言われた事も、自分一人でやらなくてはいけない。そんなの、無理だ。だが、
「でも、まずはやってみなくちゃ分からない、かなぁ」
もしかしたら出来るのかも知れない。不思議とそんな気持ちが心の奥から湧いて来た。
「それにしても」
さっき優人達と一緒にいた変な奴は誰なのだろうか。基本的に、この研究所の子供達は知らない人を受け付けない。だが、さっきの人は普通に、優人達と共にいた。
「ってことは少なくともユウ君達は知ってるわけか。あれ?でもあのポジションにはいつも燐が……」
最悪のイメージが脳裏に浮かぶ。明はそれを否定しようとするが、冷静なもう一人の自分はその否定こそ、否定した。
「取り敢えず、今はまだ確証は得られないなぁ……」
ふぅ、と息を吐いて草むらに寝転がり、雲ひとつ無い青空を、木漏れ日が差し込む御神木の下で眺めた。
「うぅ、足が痛いよぅ」
落ち着いてくると、途端に足の痛みに意識がいった。目を向けて見ると、足の裏は見るも無惨な程、ズタズタになっていた。
気分転換に、耳を澄まして鳥たちの歌声を聞いてみる。すると、山の麓辺りから、優人の声がすることに気がついた。恐らく、自分を探しに来てくれたのだろう。
「もう暫くすれば来てくれるかな」
明の予想通り、十分程で優人は明人の元へとやって来た。
「やっぱりここにいたのか。全く、心配させやがって」
頬をグニグニと引っ張られながら、優人に説教をされる。優人は説教をしながらも、笑いを堪えているようだった。
「いふぁいよぅ」
「痛いじゃねぇよ、本当に心配したんだからな?」
「ごめんなふぁい」
よし、許す。と優人は言うと、頬を弄るのをやめて明に腰を向け、しゃがみこんだ。
「ったく。ほら、乗れよ。その足じゃ帰れないだろ」
「うぅ、ありがとう」
遠慮なく甘える事にする。今、相手にしているのは、あの優人では無いのだ。そう自分に強く、強く言い聞かせた。
「うし、ちゃんと掴まってろよ?」
「うん!」
やはり、優人はこうでなくては。あんな皆をなんのためらいもなく殺すような奴は優人じゃない。だから、あんなふうになってしまう前に……。
「――そういえば、どうして泣いてたんだ?」
山を降りている最中に、唐突にそんな事を聞いてきた。明は何と答えるか、思案してから、弱々しく呟いた。
「秘密」
「なんだよ。そんなもったいぶらずに教えろよ。何か力になれるかもしれねぇぞ?」
「じゃあ、燐は?」
「燐?誰だそりゃ。そんな奴しらねぇぞ」
あぁ。あの言葉通り、燐はもういないのだ。彼女を覚えているのは自分だけ。理解したくない真実。無意識の内に、明はその思考を放棄した。
「……そっか」
「なんだ? そいつがどうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ」
「そっか」
「うん」
ああ、この二人だけの心地よい時間が永遠に続けばいいのに。そう、心の中で思ってしまった。
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