第2話 第一異能研究所 II
短いです。
その日の夜。
いつものように、明は双子の姉である雪の体を洗っていた。
「あ、お姉ちゃん! まだ泡落とせて無いよ!」
本で見た学校のプールと同じくらいの大きさの風呂場で、雪は長いアルビノのせいで白くなってしまった髪を振りながら、腕を掴む明から逃げようとしていた。
「むぅー! 早く泳ぎたいのー!」
「そんな泡だらけの身体でお風呂に入ったら皆の迷惑だよ……」
恨みの篭った真紅の瞳でキッと睨む。だが、そんなもの、明はとっくの昔に慣れていた。
「ほら、座って」
椅子をトントンと叩き、雪をそこに座らせて身体と髪についた泡を流し、手櫛で梳いてやると雪は気持ち良さげに目を細めた。
「よし、行っていいよ」
「やた! うわーい!」
手を叩いて合図を出すと、雪は勢い良く浴槽に飛び込んだ。それにならい、明も風呂に浸かる。
「ふぁ〜、気持ちいいなぁ」
やっぱりお風呂はいいなぁ、と呟きながら、四肢をだらけさせて、ふよふよと浮かぶ。
「本当、キミ達ってこういうところ似てないよね」
いつの間にか横にいた燐が、明と雪を交互に見やり、呟いた。
「そうだねぇ、お姉ちゃんの元気を分けて欲しいくらいだよ」
突然の乱入者にも驚かず、明は優雅に人を避けながら泳ぐ姉の姿を眺めた。
「足して二で割ったら良い感じかもしれないわね」
いきなり横に現れた少女二人の内、おっとりとした雰囲気が特徴的な撫子のような栞が口に手を当てて笑い、それに釣られて八重歯がチャーミングな京が快活に笑う。
「あはは、言えてるね」
周りでそんな事を言われて、思わず明は吹き出してしまった。
「それにしても……あの日から何にも変わらないわよね、あの子」
栞は頬に手を当て、元気よく他の少女達と水の掛け合いをしているのを眺めた。
「普通は体力が落ちたりとかするはずなのにな。ま、そこがあいつらしいんだけど」
京は頷いて笑い、ふと目に入った明の左胸にある穴が空いたかのような傷に、顔をしかめた。
「ったく……外の奴らは……」
ギリッと奥歯を鳴らし、水面を強く睨んだ。
「こら、そんな怖い顔しないの。もう……昔の事なんだから」
「そうだよ。もうボクは気にしてないし、優人もそんなに気に留めてないと思うよ」
「だけど! あいつらはあたし達をバケモノみたいに扱ったんだ! それにもし、また同じ事が起きないだなんて保証はどこにもない!」
怒りに身を任せ、京は勢い良く水面を叩く。その叩いた手は赤く染まっていた。
「だから、皆で外には出ないって決めたんでしょ?」
「でも、一生この研究所で生きる事なんて出来ないだろ。もし、ここを出て行かなきゃいけなくなった時、あたし達に手を貸してくれる外部の人間なんていないんだ」
「ここを出て行く、かぁ」
「今はあの所長さんだから良かったけれど、グレイスが今もここで所長をしていたら、ここさえも安全な居場所ではなくなっていたのよ。それに比べれば、今の状況はとても良いものだと言えるわ。それに、まだ私達は14歳よ。まだ時間はたっぷりあるわ。この事は後々ゆっくり皆で相談しましょ」
京は小さく舌打ちをして風呂に鼻まで浸かると、ブクブクと泡を吹いた。
「さて、私はもう出るわね」
「あ、あたしも出る」
「そっか、じゃ、また後でね」
風呂場から去る栞と京に手を振って別れを告げる。
「――明、体調は大丈夫なの?」
「うん、大分良くなったよ」
「そう、良かった。ーーねぇ、明って優人の事好きでしょ?」
「え、な、何? 突然どうしたの?」
明は思いもよらない言葉にどもりながら、動揺を隠そうと、そっぽを向いた。
「ぬふふ、その反応がそうだって言ってるようなものだよ」
「あぅ、そうだよ! 何がいけないの⁉︎ あの時ボクを瀕死になってまで助けてくれたんだよ⁉︎ 好きにならない方がおかしいよ!」
明は叫んだ。それはもう顔を真っ赤にして。その声に、他の少女達は生暖かい目を送った。
「そっか、そっか」
「うん、そうだよ⁉︎ なんなの、もう!」
「えっと、じゃあさ、もし、もしだよ? 優人が同じような状況に陥ってたらどうする?」
「助けるよ、それこそ死んででもね。彼を助ける為に死ねるんだもの。嬉しさはあっても悲しさは無いかな。って何言ってるのボク⁉︎ うわぁぁ」
だから、何をしてもこの子は死ぬのだ。燐はふぅ、とため息を吐き、顔を抑えて悶える明に抱きついた。
「ごめん、ごめんねぇ、明ぃ」
これから自分がしようとしていることが、本当に正しいのかという疑問と、明に対する申し訳無さがこみ上げて、どうしようもなく哀しくなった。
誤字脱字、感想などありましたら、コメントよろしくお願いします。