不穏な会話
翌日。
前日の疲れも響いてか、リーズは少し寝過ごした。オーレリアンにわびなければと思いつつ、急いで支度して部屋を出ようと扉を開く。
と、いきなりオーレリアンと鉢合わせた。
いや、鉢合わせるというより、これは起きるのを待っていたとしか思えない。
後ろのほうで、マノンが「うっわ~」と気持ち悪そうな声をあげた。リーズは、今まさに床に座り込みかけていた貴公子がこちらを見てぱっと笑顔になるのを見て固まった。
「あ、おはようございます! 朝食を一緒に、と思っていたのですが、なかなか起きていらっしゃらなくて、声をおかけして良いものか迷っていたのですが、やはりお疲れだったのですか?」
心配そうに訊ねてきたオーレリアンだったが、リーズは内心それどころではなかった。
だからか、つい質問に質問で返してしまう。
「オーレリアン様、その、まさか、ずっと……」
「いえ、待っていません。待っていませんとも。ちょっと前に来たばかりで、とにかく、どうでしょう?」
どうでしょうと言われても、お腹はとくに空いていない。なにしろ、昨日の夜が重たかったのだ。そんな日の翌日は、朝食をお茶だけにして抜いてしまう。
そうしないと、パーティや夜開かれる催しがあった場合に困るからだ。
ちなみに、朝食会の場合は夜を軽くすることにしていた。
「えっと」
しかし、リーズは素直にそれを言えないでいた。目の前で尻尾を振る子犬のような顔をした貴公子が、期待に満ちたまなざしでこっちを見てくるという構図は、実に断りにくい。
どうしたものか、軽食くらい努力しようかと案じていると、後ろからあっけらかんとした声が言う。
「殿下、リーズ様はあまりご朝食はお召し上がりにならないんですよ~」
「えっ! そうなのですか?」
至極残念そうに肩を落としたオーレリアンを見て、リーズは慌てた。
「ええと、あの、軽いものくらいなら、ご一緒いたします」
急いでそう言うと、しおれかけていたオーレリアンが瞬時にして回復した。そのあまりの変わりように、リーズは戸惑った。一体なぜ、どうしてそこまでして食事をともにしたいんだろうと心底不思議に思う。
実は寂しがり屋なのだろうか。
わけがわからないまま、彼は「では、ぜひ」と笑顔で言うと、リーズの腰のあたりに手を添えて食堂へと誘導しはじめる。
振り返ると、マノンが心配そうに見ていた。リーズは苦笑いを浮かべると、何度か頷いて見せる。
どうにか切り抜けるからという合図だ。
マノンは不満そうだったが、そこは侍女としての分別からかただ頭をさげて見送ってくれた。
そのまま朝食室に連行されたリーズは、菓子とお茶で場をにごし、嬉しそうなオーレリアンの話し相手に努めた。
正直、彼の行動の意味がわからないので、対応に困る。彼がリーズに求めているものがなんなのかがわかれば、対処のしようもあるのだがと思いながら、食後は別行動になった。
心ならずもそのことにほっとする。
まだよくわからない人物であるというのに、なんというか、距離が近すぎる気がする。
こんなに寄り付いてくる男性は生まれて初めてだ。
「囁かれている噂といい、この人懐っこさといい、ホント、どういう方なのかしら」
珍しくマノンが側にいないので、リーズはそうぼやく。そのまましばらく腹ごなしに離宮を散歩することにした。
ここは周囲を木々に囲まれた場所で、官僚たちもあまり足を向けない。いるのは少ない使用人と、馬ばかりだ。
「……王宮に暮せって言われなかったことだけは、本当に感謝しないと、あれはさすがに息がつまるわ。
王太子妃様はきっと大変よね」
昨日見たたおやかな女性を思い返し、息をつく。
しばらく歩くと、花や緑の香りで気も落ち着いてきた。そろそろ部屋へ戻ろうと思ったとき、近くから話し声がし、思わず足を止めた。
「…度も……いして……ますのに、どうしてもまた……増やすおつもりですか?」
――この声は、シルヴェール?
リーズはそのまま考えなしに足をそちらへ向けた。できる限り足音を立てず、声が聞こえる場所まで移動する。
「ああ、だってかわいそうじゃないか。あんなに美しいひとを、私は捨て置けないよ」
話の相手は予想通りというかなんというか、オーレリアンだった。彼はどこか感極まったような怒りの声をあげている。
「だからって……リーズ様にはどう説明なさるおつもりです。理解してくださるかどうか、まだわからないですよ?」
――私に説明しなくちゃならないことって、なに。
どこか険のあるシルヴェールの声に、リーズの胸の中がもやつく。そのまま木の陰に隠れ、耳をそばだてる。すると、オーレリアンの口からとんでもない単語が飛び出してきた。
 




