国王の想い
「オーレリアンはできた息子だ。わずか前の内乱のおりも、わしやジュスタンの支えとなってくれた。素晴らしい息子なのだ……まだ知り合ったばかりだからわからないこともあるだろう。しかし、決して貴女を不幸にはしまい」
「ち、父上……」
さすがに恥ずかしくなってきたのか、オーレリアンが困惑した様子でもうやめてほしいと目で訴えるが、国王はそれは無視してつづけた。
「わしは、もう息子にはあんな思いはしてほしくない。どうか、ちゃんと見てやってほしい。
大体、こんなに顔もいいし声もいいし、話術にも優れ、仕事もできるというのになぜ振る。今までの女は見る目がなさすぎるっ」
「あー、陛下陛下、素が出ております」
侍従が表情を変えずに小声で告げる。小声だったが、それはリーズの耳にもしっかりと届いていた。
「おお、しまった、またやってしまった。まあとにかく、来てくださってうれしい、今夜は存分に飲み、食べて一日も早くこの国に慣れるための英気を養ってほしい。それでは、祈りをささげよう」
やっちゃった、みたいな顔をした国王は、気を取り直して手を組み、神に祈る。それから、ようやく晩餐がはじまった。
リーズは目の前のごちそうを見て、薬を飲んできてよかったと思った。でなければ、あまり食べられなかったかもしれない。せっかくのご馳走を食べられなければ、相手の気分を害することだってあるのだ。
食事はなごやかに進んだ。隣のオーレリアンと目が合うと、何か言いたげに口を開きかける。おおよそ、さきほどの国王の発言について言いたいことがあるのだろうとリーズは察したが、それを聞くのは後でもいいと思った。
住む場所は一緒なのだから、いくらでも話す機会はある。
やがて晩餐会も終わると、何か催しがあるでもなく、それぞれの居場所へと向かう。
リーズは今日の戦いはなんとか終わったなと肩を落とした。とにかく休みたかったのだが、離宮へ帰り着くなり、すぐにオーレリアンにつかまってしまった。
「あの、さきほどは父が変なことを言ってすみませんでした。単に私のことを心配しているだけなのですが……」
「いいえ、気にしていません。それに、私はちゃんとあなたと添い遂げる覚悟でここに来ましたから、何を言われても受け止めるつもりです」
「そう、ですか?」
「ええ、それでは、おやすみなさい」
リーズは戸惑ったようなオーレリアンに笑顔を向けた。彼は少し目を見開いたものの、それ以上引き留めようとはしなかった。リーズはそのことに少なからぬ安堵をおぼえて与えられた私室へ向かう。
隣を歩くマノンがつぶやいた。
「なんか、いい人そうで少しだけ安心しました。でも、油断は禁物ですよ、何しろ相手は変人とかバカとか呼ばれているんですからね」
「そうね、でも私は逃げないわよ」
夜の廊下の先をにらむようにしてリーズは言った。そう、逃げ出す気はない。ここで一生を終える覚悟はしてきた。いつか、自分に課せられるであろう責務のことを忘れたことはない。
リーズにとっての責務、それこそ、アウロス王国とマラキア王国をつなぐ絆だ。投げ捨てるつもりはなかった。
たとえ相手がどんな人物であっても。
変態だろうが変人だろうが、頭に花が咲いていようが、これから彼に関するどんな事実が出ても構わない。
そう決意を固めていると、マノンが立ち止まった。
「リーズ様……、もう、良いのでは?」
マノンが労わるような、悲しげな顔をする。彼女がなにを言いたいのか、リーズはすぐにわかったが、首を横に振る。
「良いも悪いもないの、だって、私が決めたんだもの」
リーズはマノンに笑んでみせると、それ以上は言うなと目で伝える。マノンは唇を噛むと、意を汲んでくれたのかなにもいわないでくれた。
こうして、アウロスにやって来てすぐの一日は終わった。到着後の変な行動以外、とりたてて変人なところも、バカなところも見られなかったものの、リーズにとってそれはどうでも良かった。
これだけはどうしてもと思うのは、ただひとつ。
オーレリアンに嫌われないことだけだった。
それについては及第点をあげられたかな、とリーズはこの日の自分を批評し、寝台に横になったのだった。