いざ晩餐会へ
リーズは深呼吸した。
ここでは、リーズがマラキアという国を代表することになるのだ。これからの立ち居振る舞いひとつひとつが、国、つまりマラキアの王族の評判に響いてくる。気は抜けない。だが、気を張り詰め過ぎて胃が痛くなられても困る。
今宵の晩餐会は、リーズのために開かれるようなものだ。
主賓が、胃が痛いのでと言って去るわけにはいかない。
「リーズ様、はい! お薬です、わたしは一緒に行けませんが、ご武運をお祈りしております!」
そう言って、マノンが小さな紙包みに包まれた粉薬と水を差しだしてくる。リーズは「ええ」と頷いてそれを受取ると、苦くてむせる薬を喉の奥に流し込んだ。
その薬はマノンの父親がリーズのために調合してくれたもので、今まで何度もこれに救われている。こっちへ来た後も送ってもらうようにしてあるが、ゆくゆくはマノンも調合できるようになりたいと勉強していることを知っていた。
リーズはすでに着替えていた。
もちろん、オーレリアンが贈ってくれた美しいドレスだ。色は青にした。髪は昼とは違い、ゆるく結い上げて一部を背中に流している。
窓の外はすでにとっぷりと日が暮れ、ろうそくの明かりが風にゆらめいていた。庶民の場合はここまで遅くないが、王族が夕食をとるのは比較的遅い時間だ。
この晩餐会には、貴族たちも臨席するという。
それほどの数ではないらしい。宴の場合はもっと多く集まって食べるのだという。それこそテーブルいっぱいに並べられたとんでもない量の料理が綺麗に消えてしまうほどには集まるのだそうだ。
はっきりいって気が重いがこれも王女の務めだ。
これからオーレリアンと共にあるなら、他国のそういう席にも多々つかねばならないかもしれない。慣れなければ、とリーズは自分を鼓舞し、マノンに水の入ったカップを返す。
「じゃあ、行ってくるわね」
「はい! 行ってらっしゃいませ」
マノンの元気な声に送られ、リーズは待機していた騎士に声をかけると、大食堂に向かった。
◆
行く途中では、さまざまな使用人たちとすれ違う。やがて大食堂にたどり着くと、立っていた衛士たちが扉を開けてくれる。リーズは軽く会釈してから視線をなかへ移す。
とたん、その場でくるり、と回って逃げ出したい衝動に駆られた。なんなんだ、この人数は!
と叫びたいのをこらえて、泳ぎまくる視線できらきら輝く金髪頭を探す。お探しの人物はすぐに見つかった。
向こうも気づいたようで、こちらを見つけるとすぐ立ち上がってやってきた。
「ようこそ、王の晩餐会へ、席はこっちだよ」
「は、はい」
腰に手を当てられ、エスコートされた先は、賓客のために用意されたテーブルだった。隣にはオーレリアンの席があり、後ろにはシルヴェールが控えている。それより国王と王太子夫妻の近くに、王宮に仕える官僚たちがずらりと厳めしい顔を並べていた。
これで内輪だけの晩餐なのか。
では、なにか催しがあったときはどうなるんだろうとリーズは今から戦々恐々とする。
もちろん、一番近日に予定されていそうなのが自分たちの結婚式だからである。
リーズが音もなくテーブルへつくと、国王が杯をもってこちらを見た。
「ようこそアウロスへ、マラキア王国王女、リーズ姫。どうだろう、我が国の王宮は気に入っていただけたかな」
「はい、まだ少ししか拝見しておりませんが、とても明るく美しく、この国を象徴するのにふさわしいと。
居心地もとてもよく、みなさん良くして下さいますので、快適に過ごさせていただいております」
すでに少し飲んでいるのか、頬の赤い国王に向け、リーズは穏やかに答える。すると、国王は満足したのか何度も頷き、言葉を重ねる。
「そうか、それは良かった。わしらとしても、貴女のような方が国の一員となるのはうれしい。何よりオーレリアンにようやく嫁いでくれる方が現れたことがうれしくてな」
国王が少し涙ぐむ。
それを見た官僚のひとりが、声を掛けた。
「陛下、その涙は式の当日までとっておきましょうぞ。我々も好き日のために努力しております、あと少しです」
目の下に隈をつくった壮年の官僚が力を込める。そのかたわらで、国王付きの侍従がすっとハンカチを差し出した。受け取った国王はそれで顔をこする。
「ああ、そうだな。どれほどこの日を待ち望んだことか。リーズ姫、おそらくご存知のことと思うが、オーレリアンは今までに四人もの女性から拒絶され、辛い思いをした。
わしには彼女たちがなぜ逃げたのか理解できぬ」
言いながら、だんだん目つきが鋭くなってきた。リーズはなんだか脅されているような気がしてきたが、そこは生まれてからずっと王女をやってきた自制心で怯えを抑え込む。
そんなリーズをよそに、国王はさらに話をつづけた。