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五番目の婚約者  作者: 蜃
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それぞれの思惑

 リーズは、オーレリアンに案内されて重厚な木の大扉の前に立つ。それを見てから、彼はもったいぶったようにしてそこを開けた。 扉の向こうに広がるのは、オーレリアン自身の服と、色とりどりのドレスだった。


「ここは衣裳部屋です。今までは私とこのシルヴェールが使っていましたが、今日からは貴女にも使って頂きたいと思っています。どうですか?」


「凄い、いいのですか?」


 それまでオーレリアンの腕をとっていたリーズは、驚いた声をあげてゆっくりとドレスに歩み寄った。リーズが歩み寄ったのは鮮やかな緑色のドレスで、たくさんのひだ飾りや、布で作られた薔薇などが飾られたものだった。

 他にも、鮮やかな赤や青のドレス、淡い色のものなどがある。


 ぼうっと見とれていると、部屋に控えていた女官が笑みを浮かべて言った。


「それは皆、オーレリアン様がお針子に作らせたものなんですよ。流行などはわかりませんからね、この離宮の筆頭女官や王太子妃様と相談してお決めになられて、実に楽しそうでした」


「そうなのですか?」


 驚いてオーレリアンを見やると、彼はどこかバツが悪そうな様子でリーズを見て訊ねて来た。


「あの、気に入っていただけましたか?」


「ええ、もちろん。むしろ、わたしなどにはもったいないくらい素敵なものばかりで……」


 触れるのすらためらうほど、それは色鮮やかで美しかった。リーズとて、立場上こういう華やかな最新流行のものを着ることはあるが、いつもはもっと大人しいデザインのものを選ぶ。

 もちろん、それはリーズがマラキア王族の中ではとりわけぱっとしない容姿だからだ。同じドレスを着た姉が隣に立とうものなら、いたたまれなくてたまらない。


「もちろん、貴女のために作らせたのですから、貴女が着てくれなければただの布のかたまりでしかありません。どうですか、気に入っていただけましたか?」


「それは、すごく……色々していただいて、何だかもったいないくらい」


 熱に浮かされたような気分で呟くと、オーレリアンは嬉しそうにはにかんだ。


「私がしたくてしているだけです。今まで、やりたくてもできなかったので」


「それは……」


 それはそうだろう。

 何かしてもてなし、仲を深めようとする前に逃げられつづけているのだから。

 リーズは並んだドレスを眺めた。

 なんだか、着てあげなくては並んだドレスたちがかわいそうに思えてきた。


 ――それに、ここには比べられるお姉さまも妹もいない。少しくらい素敵なものを身に着けても、首を傾げられなくて済むわ。


 そう、せっかくの気遣いを台無しにする方が良くない。

 リーズはそう言い聞かせて、綺麗なドレスたちを眺めた。すると、それをまとえるのが楽しみになってきた。 

 

「そうだ、貴女の侍女を呼びましょう。さっそく今夜から着てみて欲しいので」


 振り返れば、シルヴェールが頷いて立ち去っていく。リーズの侍女を呼びに行くのだろう。室内にはドレスの調整をしていた女官が残っていた。

 オーレリアンは特に何もせず、リーズを眺めて侍女を待つ。やがて小柄な侍女がやってくると、オーレリアンはこの中から晩餐会用のドレスを選んで着せて欲しいと告げて部屋を出て行く。


 リーズはその背を見送ると、入り代わりに入ってきたマノンに今夜どのドレスを着ていこうかと早速相談したのだった。



 ◆



 部屋の中から上がった歓声を聞き、オーレリアンは口元を微かにゆるめた。


「幸せそうですね、殿下。まあ、私もこれで少しは肩の荷が下りますよ。長いこと結びたくて結べなかったマラキア王国との縁ができたわけですし、何より最初の貴方がしでかしたことを見ても動じない姫なんて貴重ですよ。

 あの方以外いないんじゃないですかね」


 廊下で待っていたシルヴェールは、オーレリアンの顔を見るなり皮肉っぽく言う。

 それを聞いたオーレリアンは肩をすくめた。


「その通りだと思うよ、自分でもどうして来てくれる気になったのかわからないくらいだ。もう諦めて、マラキアとの約定は従兄弟の誰かにでも頼もうかと思っていたんだけど、会うだけ会えと国王命令されちゃ、会わない訳には行かなかったしね」


「ですが、これで希望が見えましたよ。心からこの結婚がうまくいくことを祈っています。いい加減あなたの奇行に悩まされるのはごめんですよ、せっかく治療薬になりえるかもしれない方が向こうから来てくれたんですから、逃がしてはいけませんよ」


「わかってるよ」


 ちくちくと言葉にとげを混ぜてくるシルヴェールを苛立たしげに一瞥し、オーレリアンは歩き出した。特に今日はやらなければならないことはないが、いつまでもリーズにつきまとうのも変だろう。

 本音を言えば、ずっとつきまとって自分のことを知って欲しいと思っていたのだが、休憩もとらせず引きずりまわす訳にはいかない。


 オーレリアンは、シルヴェールに向かって言った。


「僕は少し裏へ行く。ついてくるなよ、お前がいると気が休まらん」


「それはこっちのセリフなんですが、まあいいでしょう。私も少し休みますから、それでは」


 胸に手を当てて礼をし、さっさと立ち去るシルヴェールを見ると、オーレリアンはすぐに彼と反対方向に向かった。裏には犬舎や厩舎があり、ちょっとした小屋もある。近くには馬を走らせられる森があるので王族用の厩舎は充実していた。

 オーレリアンは、疲れるといつもそこに行った。


「ようやくグラシアーヌに会えるな」


 名を呼ぶだけで口元がほころぶ。

 愛らしい姿に、何度癒されてきたことか。いつかリーズにも紹介しよう。きっと嫌がらないはずだ。

 彼女に、リーズのことを教えよう。


 先ほど衣裳部屋で見た姿が忘れられない。嬉しそうに上気した頬、常緑の木の葉ような、艶めいた緑の目が自分を戸惑ったように見つめる。


 本人はあまりわかっていないようだが、リーズは綺麗な女性だった。だというのに、なぜああも控えめなのか。

 おそらく、姉王女のマティルダや妹王女の存在が関係しているのだろうことは想像に難くない。

 笑うととても可愛らしいし、肌などとてもなめらかで陶器のようですらある。


 本当に、このひとが妻になってくれるのかと思うと、信じられない気がしたものだ。今でも冗談のような気がしている。

 だからこそ、今までのような失敗はしたくない。

 好きになって欲しいとまでは言わない。


 しかし、結婚して不幸だったと思わせることだけはしたくなかった。そのためなら、できることは何でもしよう。

 オーレリアンは希望を感じながら、足取りも軽く離宮の裏へ急いだ。


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