お茶の席にて
「あの、殿下はご迷惑だったのでしょうか?」
彼の言い方だと、そう聞こえる。四人もの婚約者に去られた彼は、このまま独身でいたかったのかもしれないと思ったからだ。リーズは手に持ったカップを皿に戻して、顔を伏せる。
もしそうだったのなら、と思うと恥ずかしい。
しかし、オーレリアンはリーズの問いに驚いたような声をあげた。
「え? なんでそうなるんです?」
「だって、お一人でいられる覚悟をなさったところへ、またしても婚約者が来るだなんて、お気持ちの切り替えも大変でしょうし、何より、もう誰か心に決めた方がおられたりするのでは」
「いえ、それはないです」
おどおどと告げたリーズの言葉をさえぎるように、あっさりとオーレリアンは言った。リーズはそこでようやく顔を上げる。すると、オーレリアンは少し困ったような顔をしてこちらを見ていた。
「誤解されたくないですから、ちゃんと言っておきます。私に恋人はいません、というか誰もなってくれないんですよ。ですから、貴女に聞きたかった。本当に、私とこのまま結婚してしまって良いんですか、後悔しませんか?」
オーレリアンは、ようやく聞きたいことを切り出せた、といった風に問うた。リーズは、彼の真剣な様子にこれはきちんと答えなければ、ちゃんと正直に自分の声を伝えなければと思ったのだが、気持ちに反して口からは建前が飛び出した。
「はい、そのつもりでここへ来ましたから」
すると、オーレリアンは一瞬目を見張り、それから嬉しそうにはにかんだ。口元がだらしなく笑み崩れそうになり、それを必死で押しとどめている様が面白い。
「ああ、良かった。実は嫌だとか後悔しそうとか、不安だった、今からでもやめていいかって言われるかもしれないと思っていたんですよ。もう、途中で泣いて怒られて帰られるのは嫌だったので、先に確認しておかないとと思って、あぁ、良かった~」
「……殿下、ぶっちゃけすぎですよ」
「だってシル、お前が言ったんじゃないか。実は嫌がられているのかもしれませんよって」
「それはそうです。こういうことは早めに確認しておきませんと、結婚式も急ピッチで進められておりますし、手遅れになる可能性がございますので」
リーズはきびきびと答えたシルヴェールのセリフに、菓子にのばしかけていた手を止めた。それから女官のすることを鋭い目で見張っているシルヴェールを見やる。
その視線に気づいた彼は、頷いた。
「ご存じないのも無理はありませんが、現在この王宮内にある祈りの場では、国王様の命の元、式の準備が凄まじい速さで進められております。
今度こそは逃がしてなるものかという国王様の執念によるものでしょう、それはそれは恐るべき速さで、職人も大量に雇って、官吏たちの尻を叩きまくり、激務を日々こなし、必死になって日程を調整なさっておられます。
出席しない貴族は後が怖いぜと脅しておられ、貴族たちも日程の調整に追われております」
「そ、そう、です、か」
リーズは表情が強張るのを感じた。
まあ、今までのことを思えばそうしたくなるのをやむをえない、気がする。逃げられる前に婚姻し、逃げられなくする作戦なのだろう。
逃げる気のないリーズだったが、そこまでされるとまたしても不安になる。
せっかく、おかしくなっていないときのオーレリアンなら、何とか夫婦になれるかもしれない、うまくやっていけるかもしれないと思い始めていたのに。
「父上には脱帽だよ。何としてでも私に妻をめとらせたいんだね……まあ、気持ちはわかるよ。こうしてリーズ姫の気持ちも確認したことだし、私も早く式を挙げたいよ。今度こそ逃がしたくないのは私だって同じだしね」
にこやかにほほ笑みかけられ、どう答えたものか曖昧な笑みを返したリーズは、ふと思った。彼がリーズを逃がしたくないのはどうしてなのか。早く式を挙げたいと望むのはどうしてなのだろう。
頭に浮かんだのはやや下世話なことだったが、すぐに違うと思い至る。
オーレリアンが女性に不足しているとは考えにくい。
それに、こうしてリーズを見る目に、下心のようなものは感じられない。
野心のようなものも見あたらない。
それとも、リーズがわからないだけで彼には王女との婚姻が必要な理由があるのだろうか。問えば答えてくれそうだが、リーズは聞けなかった。
まだ、彼の心に踏みいることができるほど、親しくなってはいない。そういうことができるほど、彼を知らないのだ。
「さてと、そろそろ次の場所に行きましょうか?」
「次、ですか?」
この顔合わせが終われば部屋に案内され、晩餐会までは休めるかなと思っていたリーズは立ち上がったオーレリアンに目を丸くした。そんなリーズを笑顔で見た彼は、はい、とひとつ頷くととても嬉しそうに言った。
「実は、貴女のためにドレスを用意したので、見ていただきたいんですよ」
リーズは目を丸くしたまま、オーレリアンに立ち上がらされる。
どこかうきうきした様子の彼に、何も言えないまま、リーズは思った。
――なんだか、餌付けされてる動物の気分になってきたわ。そんなに徹底的にもてなさなくても逃げたりしないんだけど……。
と思ってみても、それを口に出すわけにもいかず、リーズは嬉しいですと言ってオーレリアンに従うのだった。