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五番目の婚約者  作者: 蜃
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噛み合わぬ想い



 遅くなった。

 手土産にしようと思っていたことが、思うように進まなかったのである。かなり前から準備していたのに、いざとなるとごねる奴らにはうんざりだ、とオーレリアンは内心悪態をついた。


 マラキアとの約定を果たせない可能性が出てきたとき、何か代わりになるものをと思って進めていたことだった。

 だが、結果リーズと婚姻が成立したことで、約定は果たされた。もう必要ないかと思っていたが、今後のためにと話は継続させていたことが、思わぬ形で役に立った。


 後は、マラキアへ行くだけだ。


「心配しているだろうか?」


 馬車に揺られながら、オーレリアンは誰にともなく呟いた。


「心配なさっていると思いますよ。何しろ、手紙のひとつも送っていないですしね、まあ、ほとんど休みを取らずに来ているので、もうそうかからずに到着するでしょうから、せいぜい怒られて下さいね」


 返事は期待していなかったが、どこか投げやりな返答が返された。返してきたのは、前に座っているシルヴェールだ。


「そうだな」


 オーレリアンは頷いて、怒ったリーズを想像してみた。彼女はまず怒らない。あまり感情を激しく見せないようにしてきたからか、すぐに抑圧してしまうのだろう。

 本当に心を許した相手にしか怒らないのだ。だから、リーズに怒られるなら本望だ。むしろ怒って欲しいとすら思い、自然と口元がほころぶ。


「何にやけているんですか、そういう顔は奥方だけに見せてくださいよ、気持ち悪い」


「気持ち悪いとは失礼だな。まあ、お前も結婚すればわかるさ」


「さあ、わかりませんがそうかもしれませんね」


 いかにも気がなさそうに、否定も肯定もせずに流すシルヴェール。オーレリアンはいつものことなので気にも留めず、馬車から外の風景を見る。アウロス王国とはさほど離れていないが、マラキアは山岳が多いため、景色も気候も異なる。

 リーズはこういう中で育ったのだな、とオーレリアンは興味深く外を眺めた。


 しばらくは、ただ馬車に揺られるだけの時間が流れる。

 異変が起こったのは、昼頃のことだった。軽い休憩をとるために速度を落としたとき、前方が妙な男たちに封鎖されているのが見えたと護衛の兵士が伝えてきたのである。


「封鎖だと? この先で何かがあったのか?」


「いま、兵のひとりが話を聞いているところです。あ、戻ってきたようです」


 馬車から下りないまま問うたオーレリアンに、兵士が答える。戻ってきた護衛の兵士は、今一釈然としない様子で告げる。


「申し上げます。道を封鎖している人物は、殿下と話をするために待っていたとのことで、自分はカステレードだと名乗っています。それで殿下はわかると言っているのですが……」


 オーレリアンは片眉を持ち上げて、訝しげな顔をした。その名前には憶えがあるどころではない。だが、わざわざ道を封鎖してまで待ち構えていたというのはなぜなのだろう。

 ともあれ、ダミアンが呼んでいるというのなら、行かない理由は

なかった。オーレリアンは馬車を降り、一応気を付けてくださいねというシルヴェールに言われつつ、護衛をひとり伴って彼のもとへと向かった。


 ダミアンはオーレリアンの姿を認めると、使用人たちに封鎖を解くように指示したらしく、すぐに道に置かれたさまざまな物の撤去作業が始まる。

 どうやらオーレリアン以外の通行人や馬車は通していたらしく、障害物の少ない場所も見受けられた。


 季節は秋に近く、周辺の山から吹き下ろしてくる風は冷たい。

 そんな街道をしばらく歩くと、すぐにダミアンのいる場所にたどり着く。彼は黒いコート姿で、オーレリアンを見ると一礼した。


「ご足労いただき、ありがとうございます。殿下……」


 仕草は整っていて、礼も失していないにも関わらず、向けられてくる眼光には暗いものがあった。それはオーレリアンも同じで、しばらくふたりの男は無言でにらみ合う。


「……話があるそうだな、急いでいるので手短にして欲しい」


「最初から長話をするつもりなどありません」


 素っ気なく告げたダミアンは、黒いコートの内側から何かを取り出した。オーレリアンは目を瞠り、すぐ横の護衛兵は緊張に身を強ばらせた。


「貴様! 何をするつもりだ!」


 護衛の兵士は、ダミアンが取り出したものとほぼ同じ小銃を抜いて銃口を向けて威嚇する。だが、それにもダミアンは動じる様子もなく、口端と両手を上げて見せた。


「今は何も、ただ、私は殿下に決闘を申し込みたいだけだ」


「何だと! 戯言を、殿下、このようなものの言うことを聞いてはなりません」


「私はお前に言っているんじゃない、殿下に言っているのだ」


 ダミアンは鋭い眼光でオーレリアンを見た。

 彼が手にした小銃は、どこにでもあるようなもので、オーレリアンも護身用に持っているものとさして変わりない。ダミアンは手を挙げたまま、問うような視線をオーレリアンに向けて言う。


「受けていただけるでしょうか?」


 本気の声だった。

 オーレリアンは嘆息した。話があるとは聞いたが、こんな話だとは思っていなかったのだ。

 改めて、オーレリアンは目の前の男を見、そして問う。


「あなたは本当にリーズを愛しているのか?」


「何だと?」


「もし本当に彼女のことを思うなら、こんなことはしないはずだ。あなたは単に、彼女が欲しいだけだの浅ましい男だ」


 突き放すように言えば、ダミアンの顔が紅潮していく。


「リーズが何を願い、何を最も大切にしているか知らないんだ。そうでなければ、こんなことを平然とできるはずがない」


 淡々と、静かに言葉を重ねる。

 傲慢だと言われても、オーレリアンは理解していた。リーズを救えるのは、自分だけなのだと。他の男ではだめなのだ。ダミアンでは、彼女が真に欲しているものを与えてやれない。

 本当に愛しているのなら、何よりも彼女の心を守るために行動すべきなのだ。


「黙れ! 彼女には私が必要なのだ。何を捨てても彼女を守れるのは私だけなのだ。敵の多い宮廷で、幼いころから見守ってきたのは私だ。ずっと、彼女と結婚することを夢見てきた。そして、マラキアと彼女を支える一生を送るのだと……だが、こうなった以上、せめて彼女だけでも守る。

 それこそ、あなたには決してできないだろう!

 あなたは国を捨てられないからな、王子殿下」


 嘲笑うようにダミアンは言う。

 整った怜悧な顔が、憎しみに歪む様は見ていられないほど醜かった。オーレリアンは哀れに感じた。

 これ以上何か言っても無駄に思えた。


「……行こう、もし邪魔するようなら武力行使も構わない。ただし、命だけは取るな」


「はい」


 護衛兵に簡潔に命令すると、オーレリアンは背を向けて馬車へと戻る。すると、後ろから声がした。


「逃げるのか、卑怯者め!」


 その声の後、うめき声がした。護衛兵たちがダミアンを取り押さえたのだろう。彼につき従う使用人たちに向け、護衛兵は手出しすれば同罪とみなすと脅しをかけている。

 オーレリアンは馬車に戻り、座席に腰掛けた。

 真向いのシルヴェールがもの問いたげに見てきたので、肩をすくめてから簡単に説明した。


「まあ、そういう訳だ。マラキア国王が何を一番に考える人物かは知っているから、放置したりはしないだろう」


「そうですね。なんというか、哀れですね……今朝の話じゃないですが、やっぱり結婚は慎重にすべきだと痛感したので、殿下のにやにやの理由がわかるのはずいぶん先になりそうです」


「そうか、それは残念だ」


 苦笑を返し、オーレリアンは沈黙した。

 ふと、胸の内に目を向けてみると、あれほど感じていたダミアンへの嫉妬をほぼ感じなくなっていることに気づいた。彼があまりにも哀れだったからだろうか。

 いや、違う。

 恐らくは、リーズをより深く理解しているのはオーレリアンの方であると確信したがゆえのことだろう。


 リーズ。

 早くその顔を見たいとオーレリアンは思った。もう長いこと、声も聞いていないし触れてもいない。


 やがて、護衛兵たちが戻ってきて馬車が動き出した。

 あと少しだ。

 きっと、明日になれば王都へ着く。オーレリアンはそう自分に言い聞かせて、目を閉じた。



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