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五番目の婚約者  作者: 蜃
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出立と理解


 オーレリアンは突然問われて不思議な顔から疑問だらけの顔になったシルヴェールに、先ほどのことを説明した。

 すると、シルヴェールは呆れたようなため息をついて、さも当然のように言い放った。


「そんなもの、正々堂々と迎えに行けば良いだけのことじゃありませんか。殿下とリーズ様はれっきとした夫婦なのですし、マラキアの国王陛下にも許可を頂いているんですよ?」


「しかし……」


 それでは何かが足りない気がする。オーレリアンは返事を淀ませ、眉根を寄せる。


「面倒な……、それならマティルダ様や陛下の御前で愛でも告白したらいいんじゃないですか?」


 チッ、という舌打ちが聞こえたような気がするが、いつものことなので耳を素通りさせたオーレリアンは、そう言われてふと気が付いた。


「そういえば、私は今までリーズにちゃんと言っていなかったような気がする」


 睦言や、何かのはずみでちょこちょこと愛しているとか好きだと言ったことはあるのだが、きちんと言ってはいない。あの夜、リーズが部屋に飛び込んできたときに、伝わったと思っていた。だからこそ、形であらわす必要は感じなかったのだ。


 そう呟くと、シルヴェールはやはり面倒そうではあるが、この件はそれで解決したとばかりに頷いて言った。


「じゃあ丁度いいじゃありませんか、貴方の好きな劇の俳優のようにマラキアの王宮で、愛を告白したらきっと納得してくださいますよ。さて、それじゃあ準備をしましょう。リーズ様は一足早く出かけられたようですし、殿下も遅れてはいられませんよ」


「ああ、そうだな!」


 ほとんど投げやりに答えられたのではあるが、オーレリアンはシルヴェールの示した策に希望を見出していた。もちろん、それをするのはとても恥ずかしいが、それ以上に、リーズにきちんと伝えたい気持ちもあったのだ。


 それならば、とオーレリアンはまず衣裳部屋に向かった。シルヴェールもついて来る。当初は失礼のないようにすれば良いと思っていたが、それではだめだ。最も良く見栄えのする衣裳で、挨拶をするのだ。


 他にも、マラキアの建国を祝うために準備するものがたくさんある。なるべく早く終わらせ、リーズの元へ行こう。オーレリアンはそう決めると、きびきびと動きはじめた。



  ◇



 遅い。


 リーズはじれていた。オーレリアンより先に出発し、祖国のマラキア王国に帰ってきて早や五日が経とうとしていた。いくらなんでも遅すぎる。


 すぐに後を追ってくるものだとばかり思っていたリーズは、不安と心配で胃が縮みそうな思いをしていた。オーレリアンを信じていない訳ではないが、やはり顔を見て言葉を交わせないのはつらい。

 何より、余計な想像ばかりしてしまう。


 道中何かがあったのではないか、もしくはアウロスで何かがあり、すぐには来られなくなったのだろうか。病気になったのでは、もしかして、あの発作が起きてしまったりしていないだろうか、などなど。考えればきりがない。

 リーズはもう何度目になるのかもわからないため息をついた。


「お疲れですか、リーズ様」


「ええ、見ての通りよ」


 王女としての威厳を保つ気力もあまり残っていない。

 ここ五日というもの、マティルダにあちこち連れまわされ、精神的に消耗していたのだ。

 また、マティルダは付き添いとしてどういう訳かダミアンを必ず伴ってくる。ちゃんとした侍女もいるのにである。マティルダがダミアンをリーズに宛がおうとしていることは察していたから、直接の案内役にされるのなら断ろうと思っていた。だが、こういう形で連れてこられればそう邪険にもできない。

 流石はお姉さまだとリーズは素直に負けを認めたが、だからといって、気疲れしない訳もなかった。


 その上、オーレリアンが心配でたまらないのだ。

 精神がすり減るのは仕方ないことと言えた。


「それなら、本日の予定は取りやめにしてお休みされたらいかがですか?」


 マノンは心から心配しているらしい。リーズはその声に頼りたい気持ちで、そうねと呟いた。実際、行きたい場所など別にないし、不足しているものもない。

 それに、王宮にいた方がオーレリアンとすれ違わなくて済む。


 リーズは朝の光に包まれた外の風景を見た。

 今、リーズがいるのは来客用の部屋だった。中でも最も上等な部屋で、建国式典に訪れる王族にのみ供される。室内の調度はリーズの父であるマラキア国王が好む、明るい色彩で統一されていた。


 それらを見ているうちに、リーズは戻ってきてすぐに会った父王のことを思い出した。

 非常に上機嫌で迎えてくれた彼は、まずオーレリアンとの仲についてまず聞いてきた。やはり気になってはいたのだろう。面倒な部分は除いて、とてもうまく行っていると伝えると、相好を崩して喜んでくれた。


 この国は小さい。

 

 その上、周囲にはアウロスをはじめとした大国が隣接し、かつては戦乱の舞台となって多くの犠牲を出したこともある。それを回避するために、代々の国王たちはそれぞれが最良と思う手を考え、戦乱を切り抜けてきたのだ。

 彼らの尽力の結果が、この王都だろう。


 リーズは窓から見える懐かしい景色に、そんなことを思った。この景色を守るために、自分はいるのだ、ずっとそう思ってきた。けれど今、リーズにとって大切なのはこの国だけではなくなった。


 ――会いたい。


 マノンの質問にも答えられず、リーズはぼんやりとそう思った。


「……リーズ様?」


「ごめんなさい、そうね、そうした方がいいかもしれないわ」


 オーレリアンがやって来たときに、疲れ切っていれば心配を掛けてしまう。彼にあまり負担をかけたくはない。リーズは自嘲気味に言って、椅子から立ち上がった。そのまま寝室に行きかけるが、視線は自然と窓へ向かう。

 この部屋から見えるはずもないのに。

 いるはずのない面影を追うリーズの足取りは鈍い。それを目の当たりにしたマノンが、微かに息を吐いた。


「申し訳ありませんでした、リーズ様」


 突然の謝罪に、リーズは驚いて視線をマノンに向けた。彼女は何も謝らなければならないようなことはしていない。真意を測りかねて首を傾げていると、マノンはさらに言葉をつづけた。


「私が間違っていました。リーズ様に、そんな顔をさせるつもりなんかなかったんです。努力の方向を間違えたんです」


「ちょっと待って、何の話?」


「ご存じでしょう? 私がマティルダ様と共謀していたことを。わたし、殿下はリーズ様にはふさわしくないと思っていました。真実を知っても、ダミアン様のリーズ様への想いの方が強いし、きっと幸せにして下さるだろうって、でも……ここ数日のリーズ様を見ていて、わかったんです」


 悄然とうなだれて、マノンは話し続ける。リーズは口をはさまず、ただ耳を傾けた。


「リーズ様が、どれほど殿下をお慕いしているか、わたしはわかっていなかったって。それを無視することは、私にはできません。ですから、もう何も言いませんし、しません。

 するのなら、殿下のあのご病気を何とかする方法を考えようと思います、薬でも何でも使って……最初から、そうするべきだったんです」


 何やら少々物騒な言葉が混ざったように思えたが、リーズは聞かなかったことにして、マノンを見た。小さな肩が震えている。きっと、勇気を振り絞って言ってくれたのだろう。リーズはそっとマノンに歩み寄って、震える手をとった。


「ありがとう、あなたにようやく認めてもらえて嬉しいわ。今までのことは、全く気にしていないから、あなたも忘れて、ね」


 マノンは首を横に振る。

 リーズは困ったなというように笑う。責任感の強さは認めるが、あまりに気負いすぎると良くないのに。けれど、今言っても無駄だろう。後でゆっくり、オーレリアンと一緒に説得しよう。

 リーズはマノンの手を握ったまま、再び窓を見た。


 早く、顔を見たいと願いながら。



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