招かれざる客
マノンの顔から一瞬にして笑みが消える。リーズは侍女が仕事をするのを待たず、どうぞと答えた。すぐにオーレリアンが入ってきて、リーズを見つけると嬉しそうに笑った。
彼はマノンのことは気にせず、リーズの側へやってくる。立ち上がろうとしたリーズだったが、その前に両肩に手を置かれて押しとどめられる。やや困惑していると、首に飾られたネックレスが外された。
「え、あの」
「いいから、じっとして」
良く分からないまま言われた通りにしていると、彼は上着のポケットから清かな金属音のするものを取り出し、リーズの首に巻いた。視線を落として胸元を見ると、そこには大粒の緑色の宝石が輝いているのが見える。驚いて顔を上げると、彼は言った。
「母のものだ……恐らく君に似合うだろうと思ってね」
「良いのですか?」
「当然だよ、君以外の誰も身に着けられないものだよ」
リーズはそっと宝石を手で押さえる。自然と口元がほころんだ。
「ありがとうございます」
「礼はいらないよ、さあ、行こうか」
「はい」
リーズは頷いて、ようやく立ち上がる。
今晩は、陛下が貴族たちや各国の大使を招いて大きな食事会を開くことになっていた。当然、オーレリアンとリーズには席が用意されている。
「じゃあマノン、後はよろしくね」
「はい、お帰りをお待ちしております」
平坦な声でマノンは答えた。リーズは困ったように嘆息し、オーレリアンと共に部屋を出る。
ゆっくりと歩くオーレリアンに、少し前まであったぎこちなさはない。むしろ、くつろいでいるようにすら感じる。リーズは、その変化がただ嬉しかった。
彼は政務で忙しいが、夜は側にいてくれる。
何より、今まで他国へ行く場合はリーズを連れて行かなかったのだが、今度からは一緒に行こうと言ってくれた。
リーズの方も、肩の荷が下りたことで、具合が悪くなることもあまりなくなった。
順調だった。
ただひとつ、先ほどマノンから聞かされたことを除いて。
「こうやって、貴女と色々な集まりに参加できるのは嬉しいです。今まではもしかしたらお辛いのではないか、お嫌なのではないかと思って、誘いにくかったんですよ」
「それは、申し訳ありませんでした。でも、お尋ねくだされば良かったのに」
「それが大変だったんですよ、でも今は、そんなことをしなくても、貴女の体調なら夜のうちに把握していますからね」
どこか熱を含んだ目で見られ、リーズは恥ずかしさに頬を染めてうつむいた。このところこうやってからかわれてばかりだ。本当はやめて欲しいのだが、オーレリアンがあまりにも楽しそうなので正面切ってやめてとは頼みづらい。
だからこうやってうつむくしかない。
すると、オーレリアンは楽しげに笑い出した。
「冗談です。つい嬉しくて……」
声につられて顔を上げれば、優しい眼差しと目があう。リーズは毒気を抜かれた気分になった。と同時に、逆にからかいたくなって口を開く。
「私も嬉しいですよ。それと、オーレリアン様だけではなく、私も貴方の体調を把握しているってこと、お忘れになりませんように」
今度はオーレリアンが言葉に詰まる番だった。
少しすっとした気分で、リーズは微笑んだ。オーレリアンはバツが悪そうだったが、それよりリーズとこうして気の置けないやり取りができるのが楽しいらしく、笑顔が消えることはなかった。
ふたりはそんなやり取りをしつつゆっくりと王宮へ向かった。
◇
マティルダは予定通りの日に訪れた。
ただ、オーレリアンの予定が合わず、まずはリーズがひとりで先に会うことになった。それは仕方がないし、異存はない。
しかし、マティルダはダミアンを連れてきていた。
彼は今、マラキア王国の外交官を務めているから、おかしくはないのだが、オーレリアンがどう思うか心配だったし、リーズ自身もあまり会いたくない顔だった。
強さを増した日差しの差し込む応接室。
リーズは扉から入ってくる姉の姿を見て、以前に抱いていた気持ちがよみがえるのを感じた。
「リーズ! ようやく会えたわ。元気だった」
「はい、お姉さまもお元気そうで何よりです」
「もう、相変わらず堅苦しいわね。内輪だけなのだから、そんなにかしこまらなくてもいいでしょうに」
苦笑しながら、外套を脱いで勧める前にソファに腰掛ける。
あちこちを見回し、品定めするように目を見開いたり細めたりしているだけなのに、なぜか様になっている。王女というより、女王のようですらある。
リーズとはほとんど変わらない背丈、髪と瞳の色。
だというのに、鮮やかに色づいた葉のようなつややかな髪に、宝石が埋まっているかのように輝く瞳。
細い肢体なのに、決して肉感を失っておらず、その魅惑的な体を、瞳とよく似た色合いのドレスに包んでいる。
本当の美人、とは姉のことを言うのだとリーズは改めて思って、それまで全く感じなかった不安が、心の中で頭をもたげた。リーズの予測だと、恐らく姉はオーレリアンを一度は愛したのだ。彼のほうも少しは気持ちがあったかもしれない。
そのふたりが再会する。
胸の中が勝手にざわめいた。
「これは私の癖です、こういう風にしか話せないだけですから、気になさらないで、お姉さま。それより、マラキアの方はどうですか?」
「何も、平和よ、お父様もとても喜んでらしてたし、アウロスとの繋がりが出来たことでマラキアは安泰だって仰ってたわ。
それで、貴女と殿下を是非にも招待したいのだそうよ。わたしはその役目を買って出たの、どうしても貴女と話したかったから」
つまらなそうに話しはじめたマティルダだったが、立ったままのリーズとダミアンを見ると話をやめた。それから、開いたままの扉を見て顔をしかめる。どうやらマティルダに見とれていたらしい従僕が、視線に気づいて慌てて扉を閉めた。
「全く、行き届いてないわ。リーズ、貴女ちゃんと使用人を教育しているの?」
「使用人は全てオーレリアン様と補佐官のシルヴェールが統括していますから」
口出しするなと暗に告げたリーズだったが、返って来たのは予想外のセリフだった。
 




