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五番目の婚約者  作者: 蜃
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二重人格?

 リーズは視界に広がった光景にまたしても感嘆のため息をついた。

 マラキアの王宮もなかなかに壮麗だが、どちらかというと重厚で重い印象がつきまとうつくりなのだが、ここは光を取り入れる構造になっているのか、明るくきらびやかだ。

 目の覚めるような漆喰の壁に金の飾りが良いコントラストを描いている。


 天井画は有名な絵師によるものだろう。

 天へとのぼる天使の姿は、ここが教会だと言われても納得できるほど素晴らしい。


 ――ここに、住むことになるのね。


「気に入りましたか? ここは私の祖父が王妃のために建てたものなんです。私は小さいころからここが好きで、兄に頼んでここを貰ったのですよ」


 オーレリアンは至極嬉しそうな顔で説明した。

 その屈託のなさにやや面食らいつつも、リーズは正直に感想を伝えた。


「そうなのですか。明るくて、気持ちも晴れやかになるような場所ですね」


「そうでしょう、さあ、こっちですよ。まずは中庭をご案内いたしましょう」


「はい」


 オーレリアンは楽しそうに離宮を案内していく。リーズは特に中庭の温室が気に入り、見事な薔薇や花々について話をした。

 そうして歩いて少し疲れた頃、オーレリアンはリーズを離宮の中にいざなう。そこでマノンとは別れた。彼女は先にリーズに用意された私室へ行き、荷物を整理するという。

 一方のリーズはオーレリアンに促されるまま、お茶を飲むための場所とやらに向かう。おとなしくついていけば、テーブルセットが用意されたテラスについた。そこからはとても良く中庭が見える。


「さあ、どうぞ。今用意させますので」


 オーレリアンはシルヴェールに目配せした。彼は胸に手を当ててすぐに女官を呼ぶと、お茶の準備にかかる。染み一つないテーブルクロスの上に、色とりどりの菓子が並べられていく。

 やがて支度が整うと、女官は去って行った。

 場にはリーズとオーレリアン、シルヴェールだけとなる。

 それを見てから、隣に掛けたオーレリアンは、手ずからひとつひとつ説明してくれた。


「これはこの離宮の料理長に作らせた菓子です。この庭で咲いた薔薇のジャムを練りこんであります。ほら、さながら貴女の髪のようでしょう……これを頂くときはあなたの髪に口づけする気分になれる」


 そう微笑んで言うと、焼き菓子を手にとって口元に持ってこちらを見る。リーズは一瞬、彼の口からなにが飛び出したのかわからなかった。

 何やらすごいことを言われた気がするのだが。

 生まれてこの方、こんなあけすけなことを言われたことはない。


「ああ、お茶が入ったようだ。では、軽く食事しましょう。夜には晩餐会が予定されていますから、軽めにして下さいね」


「は、はい」


 目の前に置かれたお茶を見る。爽やかな花の香りが立ち上る、淡い金色のお茶はリーズが見たことのないものだった。手にとって一口ふくむと、胸のすくような香りと共に甘さが下に広がる。


「美味しい、おいしいです。これは何のお茶でしょう?」


「気にいって下さいましたか? これはミュセアという春に咲く花で、疲れを癒す効果があるんですよ。長旅でお疲れでしょうし、貴女は花が好きだと聞きましたから」


 目元を細めてこちらを見るオーレリアン。リーズは図らずも、心臓がどくんと高鳴るのを感じた。これが先ほど降車場で叫んでいた人物なのだろうか。庭をまわっている間に別の人間と入れ替わったんじゃないだろうかと思うほどの変貌ぶりだ。

 隠された双子でもいるのだろうかと疑いたくもなる。


「ありがとうございます、これで疲れも癒えました」


「それは良かった。……うん、良かった」


 彼は心から安堵したように呟くと、自分もお茶を飲む。どこか虚脱したようにすら見えるほど、彼はほっとしていた。けれど、微かな緊張の糸が張りつめているのはリーズにもわかる。

 それは王族など、衆人環視にさらされる者特有の緊張感だ。いつでもどこでも、気を完全に抜くことが許されない者の宿命ともいえる。


 少しの間、場には小鳥のさえずりだけが響く。やわらかな風が薔薇の茂みをゆらし、穏やかな時間が流れて行く。リーズはどうしてそんなに安堵したのか訊ねてみたい衝動に駆られた。だが、訊ねるのも微妙にはばかられ、口を開けずにいると、オーレリアンが先に口を開いた。


「正直に申し上げれば、来ていただけるとは思っていなかったんです。その、ご存じでしょう? 私が一体どう呼ばれているか」


 うかがうように見られ、リーズは固まった。

 まさかストレートに来るとは思わなかったのだ。これはどう答えたらいいのだろう。はい、そうですねと頷くわけにもいかない。もちろん、彼の異名は知っている。

 何しろ、以前アウロス王国から戻ってきた姉に散々愚痴られたのだ。


「ええと、その……」


「あ、すみません。そうですよね、ご存じないわけがない。以前の婚約者には貴女の姉君もおられましたし。だからこそ、父にこの話を聞いたときは半信半疑で、貴女はとても穏やかで清純な方だと聞いていましたし」


 だからあまりそういうセリフを吐かないで欲しい。

 リーズとて、王女として生まれた以上褒め言葉とは無縁でした、ということはない。だがそれらの言葉は全て「王女」としてのリーズに向けられたものだ。

 それを真に受けるほどリーズもおめでたくない。


「自分でも、どうにかしようとはしたんですが、やっぱりどうにもならない。だから、一生このままだろうなと思っていたんですよ。なのに、こうして貴女が来た」


 不思議そうに首をかしげるオーレリアン。

 ふと、リーズの中に不安が浮かんだ。



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