揺らぐ心
なぜ、フラヴィアとダミアンが一緒に来るのだろう。良く分からないが、会わないわけにもいかない。今一番会いたくない顔ぶれだが、体調が優れないわけでもないのに会わないとなると、変な勘繰りをされる恐れもある。
リーズは嘆息しつつ、立ち上がった。
「わかりました、行きましょう」
「リーズ様、今は……私が代わりに要件を伺って参りますから」
流石のマノンも、ダミアンに会えとは言わない。
本当は心底そうして欲しかったのだが、リーズは自分に逃げ道を用意したくなかった。責務を放棄することに対して、異常なまでの罪悪感がリーズにはあった。
だから、今回も微笑んで言った。
「大丈夫、でもいつもの薬を用意していて。あと、もうひとつ、眠れる薬も……お願いね」
マノンは悔しそうに顔を歪め、はいと頷いた。
それから、リーズは扉を開けたまま待っていた従僕とともに応接室へと向かう。ほどなくして、従僕が応接室の扉を開くと、ふたりはすでにソファに掛けて待っていた。
リーズが室内に足を踏み入れると、立ち上がって迎えてくれたものの、その後の話が愉快なものになるとはどうしても思えず、リーズは内心ため息をついた。
そして思った通り、彼らとの話は実に苦痛を催すものとなった。
オーレリアンがフラヴィアを口説いていたという話は、ひっそりとだが王宮のサロンで広まっており、リーズはとても同情されているのだとダミアンは憤りもあらわに語った。
「すぐに帰らずに良かった……本当はあれからすぐに帰国しようと思っていたのですが、どうしても貴女のことが気になってしまい、帰れずにいたのです。手紙は信頼する部下にあずけ、もう少し様子を見てから帰ろうと……ですが、やはりあの時お連れするべきでした。
リーズ、今からでも構いません、私の名誉が地に落ちてもいい、ともに新天地へ向かいましょう」
熱っぽく言うと、リーズの側へやってきて、ダミアンは懇願するように跪いて、手を取る。リーズは疲れを感じながらも言った。
「ダミアン、何度言われても答えは同じです。わたしはオーレリアン様の妻ですし、どこへ行く気もありません。もうお帰りになって、わたしはいなかったものとして扱ってください」
「しかし……」
「これ以上何か言うのなら衛兵を呼びます」
強く言い放てば、ようやくダミアンは悔しげにリーズの側を離れてくれた。けれど、その様子を見るに、まだ諦めていないことは明白だった。
一方のフラヴィアはといえば、あの後衛士たちにあのときの殿下は酔っていたから、全てをなかったことにするべきだと言われたが、信じられないという。
「あの時の殿下は本気でわたしを好きだと言ってくださいました。どうしたら嘘だと思えるというのです。
しかも、もう殿下には会うなと言われました……もし会ったのならお前の父がどうなっても知らないとまで、リーズ様、お願いです!
どうか、殿下にもう一度会わせて下さいませんか。わたし、どうしてもお話ししたいのです」
「そう、わかりました。聞いては見ましょう、でも期待しないで、殿下はとてもお忙しいですから」
「ああ、ありがとうございます!」
フラヴィアは目に涙をためて礼を言った。
男性ならば、それも経験の浅いものならばそれだけで恋に落ちそうなほど、フラヴィアはか弱く美しく見えた。
媚びを含んだ声、潤んだ目、震える唇はつやつやして、顔は青ざめている。誰が見てもなぐさめたくなる、か弱い女性。
――うらやましい。
ふと、そう思った。
リーズには決して真似ができない芸当だ。王女としての威厳や、美しい立ち居振る舞いには長けていても、ああした女性ならではの武器がリーズにはないし、似合わないのだ。
ないものをどうこう言っても仕方ないが、マノンくらいにしか弱みを見せられないのは、とてもつらかった。
いい加減、終わりにしたい。頭痛がするし、胃も痛む。
早く切り上げたかったものの、そんなことをしては不仲説を補強するだけになるから、我慢して聞いたのだ。もういいだろう。
「ご用件はお済みですか? では、わたしは失礼します」
「あ……」
何かを言いかけたダミアンは無視し、リーズはさっと立ち上がるとすぐに退室してしまった。
早く、私室へ戻ってマノンの薬の厄介になりたい。
ここしばらくは食欲もなくて、また少し痩せてきてしまっている。それくらいならまだ良いが、眠れないのが一番困った。
眠ろうとすると、あの夜の光景が浮かび上がってくるのだ。夢に見ることすらある。
「何て厄介なの」
リーズは自身の感情に向けて、思わず忌々しげに呟いた。
◇
医師との対話を終えたオーレリアンは、離宮に戻るなり従僕から来客があったとの報せを受け、しかもそれがフラヴィアとダミアンだと聞くと急いでリーズの私室へ向かった。
あと少しで食事の時間だったが、ここしばらくは食欲がないと言って出てこないことが時折あったので、心配だった。
やがて部屋までたどり着き、ノックするとリーズの侍女が顔を出した。オーレリアンの顔を見ると、眉間に皺が寄る。といっても、この侍女はいつもこんな風なので、オーレリアンは諦めて聞いた。
「リーズ姫に会いに来た。中に入れてくれ」
「リーズ様は、あまり体調が良くありませんので、手短に」
とことん不承不承といった風情で、渋々オーレリアンを招き入れる侍女。そんな彼女には構わず、寝室と続き部屋になっている居室を見ると、リーズはソファにもたれていた。
あまり顔色は良くない。
部屋には微かだが薬草臭が漂っており、何かの薬湯を飲んだらしいことがわかったオーレリアンは顔を曇らせた。
「殿下、どうかなさったのですか?」
急な来訪にも関わらず、リーズは驚いていない。
あまりにも頻繁に訪れるため、慣れてしまっているようだ。オーレリアンはリーズの声にこたえず、彼女の横へ行って腰を下ろした。
 




