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五番目の婚約者  作者: 蜃
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気づいたもの



 遅い。


 食堂でオーレリアンを待つリーズは、思わず入り口を眺めた。いつもだったら、リーズより早く訪れているか、場合によっては迎えに来ることすらある彼が来ないのは、いくら何でもおかしい。

 何かあったのだろうか、と思って席を立つ。


「どうかなさいましたか……?」


「オーレリアン様の様子を見てきます」


 すぐにやってきた給仕にそう告げ、リーズは食堂を出た。どこか具合が悪いのだろうか、それとも、仕事が忙しい、急な用事が出来たのだろうか、と考えながら歩く。

 使用人がとても少ない離宮は静かで、あまり人がいない。

 貴族の屋敷ほどしかない離宮なので、回ろうと思えばそれほど時間はかからないはずだ。リーズはそう思ってひとりあちこち見て回った。


 オーレリアンの私室、執務室、中庭、裏庭、次々と彼が行きそうな場所を見てみたが、いない。やはり、王宮へ行っているのだろうかと思って、玄関ホールへ足を向けたリーズは、思わず立ち止まった。誰かの話し声がしたからだ。


 声はホールへ向かう階段からしている。

 そこにいるかもしれない、と思ったリーズは、話の邪魔にならないよう足音を殺して進んだ。そして、そこにいる人が誰か判別できる距離まで来ると、目をこらす。

 そこにいたのは間違いなくオーレリアンだった。


 当然、もうひとりいる。

 リーズは微かに息を飲んだ。

 彼の傍らどころか、かなり近い距離にいた人物が、予想外の人物だったからだ。


 ――フラヴィア嬢? どうして、帰ったんじゃなかったの?


 立ち止まり、リーズは乱れる呼吸を整えようと胸に手を当てる。そうするうちにも、ふたりの交わす声が耳に入ってくる。


「君は罪なひとだ、この誘うような美しい瞳の奥に、一体何を秘めてここに来たんだい?」


「まあ、わかっていらっしゃるくせに」


 楽しそうな笑い声。

 リーズは耳をふさぎたくなった。だというのに、手がしびれて動かない。足も、そこに根が生えたように動かなかった。

 思考も同じようにしびれてしまえばよかったのに、それだけは残って音を拾い続ける。


 意味なんて理解したくないのに、頭は勝手に理解し続ける。オーレリアンは甘い笑顔で、まるでフラヴィアだけが全てであるかのような言葉を彼女の耳にささやいている。

 それは、少し前までリーズに向けられていた控えめな、それでいて切望するような言葉とは違う、熱烈なものだった。


 それは、リーズが欲しくてたまらず、しかし決して手に入らないと思っていたものでもある。オーレリアンはそれを惜しげもなくフラヴィアに与えていた。

 その場に座り込んでしまいそうになる足を、リーズはただ意志の力のみで立たせ続けた。


 ――権力も財力もある男性が、大勢の女性に目移りするなんてよくあることじゃない、それすら覚悟のうえでここに来たのよ、今さらどうしてこんなに苦しいの?


 リーズは自身の感情を持て余していた。強い決意も、今目の前で起こっている事態の前には簡単に吹き飛んでしまいそうだ。

 胸が痛くて苦しくて、何度も震える喉で息を吸い、吐く。それくらいしか、リーズにできることはなかった。


 ――そうよ、どうしてここまで苦しむことがあるの?


 失望はしても、悲嘆するようなことではない。こんなに早いとは思わなかったが、こうなる可能性だってあることは理解していた。

 それなら、なぜこんなにも悲しくて、腹立たしいのだろう?

 そこで、リーズはようやく視線を床に向けた。

 オーレリアンを愛している。

 それはわかっていた。

 ただそれは、こんな心の荒れ狂うような思いではなかった。もっと穏やかなものだと思っていた。


 ここへ来て、リーズは自分が自分に課したことを強く後悔した。そして、どうして今まで彼が四人もの女性に逃げられたか、なぜ国王や周囲の人間たちが結婚を急がせたかを理解した。

 いくら、深く傷ついたとしても、結婚しているリーズはここから簡単には逃げ出せない。婚約なら、まだ破棄することができるが、離婚はそう簡単にはいかないのだ。


 ――きっと、彼女たちも、お姉さまも、オーレリアン様を愛してしまったんだわ。そして、結局耐えられなかった。


 不思議と、涙は出てこなかった。

 強い失望と痛みで、ただただ疲れていた。ここを立ち去り、寝台の柔らかさを味わいたかった。


 だが、そうはいかなかった。


「取り押さえろ!」


 突然、周囲が明るくなり、鋭い命令が飛ぶ。階段の上と下から、軽装備に身を包んだ衛士たちが現れてオーレリアンを囲む。


「な、なんですの?」


 フラヴィアの戸惑った声が聞こえて、リーズは顔を上げた。集まった衛士たちは、ここへ来てすぐにオーレリアンを取り押さえていたあの体格の良いものたちだった。彼らは無言でふたりを囲み、一斉にオーレリアンとフラヴィアを引きはがす。


「貴様たち、何をする! 無礼だぞ、私は」


「知ってますよ、殿下」


 抑揚のない声が告げる。だが、リーズはその中に悲哀に満ちたものが混ざっていることに気付かないわけにはいかなかった。

 衛士の中でも大柄な男がオーレリアンを後ろからがっちりと捕える。すると、階段の上から良く見知った顔が現れた。


「シルヴェール……?」


 掠れた声で、リーズはその名を呼んだ。



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