否定を否定
「わたしの方は、いつでも構わなかったのですが……その、今夜からしばらくはだめそうなのです。食事も、そんなには頂けないかもしれません」
「それって」
「はい、しばらく不浄の時期ですから。一応、お伝えしておかなければと思って……またご心配をおかけしたくありませんし」
どっと気が抜けた。
オーレリアンは笑い出したい気分だったものの、それは流石におかしいと思って自重した。
同時に、自分がまだリーズに受けいれられていることもわかった。暗に、夜に来てもいいと言ってくれたのだ。女性の身でそれを言うのがどれほどのことか、察して余りある。
この国でもそうだが、マラキアでも女性は貞淑であることが求められる。だから、そういう明け透けな発言をすると白い目で見られるのだ。特に、上流階級では。
「そうでしたか、実は先ほどからあまり食が進んでおられないようなので気になっていたのですが。なら、仕方ありませんね」
「ええ、申し訳ありません」
「いいえ、私の方こそ謝るべきです。早く体を治して、貴女と一緒の時間を作りたいと思っているんですよ」
明るい気分で言うと、リーズは目を見開いてますます赤くなった。それを目にして、何て愛らしいのだろうとオーレリアンは思った。胸に、ちくりと罪悪感が芽生えるが、それよりももっと見ていたい衝動に駆られる。
「あの夜の貴女はすごく大胆で、魅力的で、自分は何て惜しいことをしたんだろうとずっと思っていたんです」
「……っ」
思い切り動揺したリーズの反応に味をしめ、オーレリアンはさらに言葉を重ねる。
「貴女は良く否定しますが、その目も、髪も、肌もとても綺麗だと改めてあの夜思ったのです」
実際、そう思ったのは本当だ。
今まで出会った、華やかで鮮やかな美貌を誇る女性たち。彼女たちは確かに素晴らしく美しかったが、見ているだけで事足りた。それは、名画や彫刻を鑑賞するのと変わらない。
美しいが、所有欲の湧かない美。
が、今目の前にある美にだけは、どうしても欲しかった。
「そ、そんなこと、ありません」
否定しようとする姿にすら、こみ上げるものがある。
それは、初めての感覚だった。勝手にほころぶ口元に手を触れさせながら、頭の隅にくすぶる不安を振り払うように微かに頭を振った。
「例え、貴女がどう思おうと、私の意見は変わりませんよ」
きっぱり告げれば、リーズは視線を横に反らしてしまった。少し言い過ぎただろうかと思ったものの、嘘を言ったわけではないので放っておく。
今はただ、リーズに否定されなかったことだけで十分だった。
だが、本当を言えば、マティルダの手紙の内容が知りたかったし、あの青年についてももっと問いただしたかった。しかし、そんなことをしてリーズに不審がられたくなかった。
今夜は、このままで終わらせたい。
臆病な自分に呆れながら、オーレリアンはリーズとの静かな夕食を楽しんだ。
◇
「まあ、誑しなのは確かだわ」
あの晩餐から、三日経った。あれからオーレリアンはといえば、昼間はリーズにべったり張りついては、無駄に甘い言葉を垂れ流し、夜には少し残念そうに私室へと消えるようになった。
――どうも、わたしは変な方向に自信をつけさせちゃったみたい。
そんなオーレリアンに、つい先ほどまで隣で嬉しそうに甘い言葉を吐かれていたため、まだ頬が火照っているような気がする。
元々言葉たくみなひとだと思ってはいたが、ここまで褒め殺されると遣り切れない。別に、自分のことをとことん不細工とまでは思ってはいない。かといって、そこまで褒められるほどではない。心の中だけでなく、口に出して否定しても追いつかないくらい褒められれば疲れもする。
否定疲れだ。
そんな疲れ方があるとは思わなかったが、あるものはあるんだからどうしようもない。
けれど、あの夜のことについてはっきり言及してくれたのは嬉しかった。その後全く来なくなってしまったのはひとえに体調が関係していたらしいと知ったリーズは、心から安堵したものだ。
実際、幻滅されたのではと思って軽く落ち込んでいたのだから。勘違いだとわかってどれほどほっとしたことか。
「それにしても、お姉さまは結局愚痴りたいだけなのかしら」
一度読んだだけでもう十分だと思った姉の手紙には、案の定オーレリアンに対する怒りが漲りまくっていた。
ただ、リーズが欲したようなオーレリアンの秘密については特に言及されておらず、自分以外の女を目の前で口説くなんて、なんて失礼で無礼な~うんぬん、が繰り返し書かれているばかりだったのだ。
あれを読んだ限りでは、オーレリアンが告げたあの言葉とどう結びつけたら良いかわからない。
リーズは嘆息して、窓の外を見た。




