唐突な告白
「それはどういう意味ですか?」
無理矢理もぎ離したいのをこらえて尋ねれば、上目遣いに強い目線で射抜かれる。リーズは思わず眉根を寄せた。
「貴女と、結婚するのは私なのだと思ってきました。オーレリアン殿下との話が持ち上がらなければ、そうなっていたはずです」
それは、間違いないだろうとリーズも思った。
ダミアンはリーズにとって、遠い親戚であり、幼いころから良く踊りの相手を務めてくれたり、相談に乗ってくれる兄のような人物だ。そう仕向けられていたふしすらある。いずれは、彼に嫁ぐのだろうかとリーズも思っていたのだ。
だが、リーズは王女である。国の情勢によって結婚相手はくるくると変わる。
だから、特定の婚約者はいなかった。
「仕方がないことは理解しています。貴女は王女ですから、でも、良くないうわさを耳にしてしまって、どうしても一度お会いしたいと思っていたのです」
「うわさ、ですか?」
「はい。貴女と殿下はあまりうまく行っていない、夜も、別々に眠っているようだ、と」
やや言いにくそうに、ダミアンは口にした。
リーズは内心苦笑したい気持ちになった。うわさの出どころは不明だが、それは事実だったからだ。だが、どうしてそれがすぐに不仲説になるのかはわからなかった。
リーズとオーレリアンは、確かにまだ何もしていない。
初夜に彼が具合を悪くしたからだ。
だったら、別の日にと思っているのだが、どういうわけか昼間は一緒にいたがるのに、夜となるとさっさと寝てしまう。
だからといって、直接問いただすことも出来ず、ずるずると日を重ねて今に至っている。
まあ、急ぐこともないかと放っておいたら、この始末だ。
さて、どう言い訳しようかと考えていると、深刻な表情をしたダミアンが先に口を開いた。
「王女殿下、お辛いのではないですか?」
「え?」
どこか思いつめたような様子のダミアンを見て、リーズは首を傾げた。辛いとは何がだろう。この話の流れからして、オーレリアンとうまく行っていないことがだろうか。
だが、彼はリーズに対してとても優しいし、穏やかでちゃんと話も聞いてくれる。夜のことだって、何か理由があるのだろう。だから、特に辛いことはないと伝えようとしたリーズは、握られたままの手に、強い力がこもったのを感じて眉根を寄せた。
「やはり、そうなのですね」
「え、いいえ! そんなことは」
「良いのです、私にはわかります。長いこと貴女と過ごしてきたのです、貴女の思っていることくらいはわかる。
ああ、もっと早く私が求婚していれば……あんなうわさのある男のもとへなんてやらなかったのに」
「ま、待ってください、誤解です」
流石のリーズも、ダミアンが妙な勘違いをしたことに気づいて焦った。だが、もう彼の方は聞く気がないようだ。
「いいんです、貴女が本音を言う方でないことは存じ上げている。大丈夫です、私が貴女をお救いしますから……。そして、生涯お守りする所存」
――どうしよう、そういえばそうだったっ!
ここ最近関わることが少なかったのですっかり失念していたが、ダミアンはこういう人物だった。今までは兄が言い聞かせてくれていたので直接相対する必要はなかったが、今回は自分でどうにかしなくてはならない。
が、どうしたらいいかわからない。
青ざめて笑顔すら凍り付いたリーズを、ダミアンは何か愛おしいものでも見るようにうっとりと眺める。
「心配は要りません、私が貴女をあの悪魔のような男から解放しますから、もちろん、貴女の名誉は守ります。そして、その暁には再び私の妻となってほしい、ずっと、お慕い申し上げておりました」
――えええ~? 知らなかった! というか、今は知りたくなかったっ!
リーズはここへ来て兄の偉大さを思い知った。
小国のマラキアが、大国と渡り合い続けていられるのは、ひとえに優秀な人材がいるからである。もちろん、リーズのように他国に嫁いだ王家の人間の尽力もあるが、それだけではだめだ。
ただし、それらの人材は優秀であるがゆえに、くせの強い人間が多い。彼らをまとめる王や王太子は大変だろう。
時々疲れ切って真っ白になって燃え尽きていた兄を思い出し、リーズは感謝しつつも、姉のマティルダを呪った。
なんという男を寄越してくれたのか。
ちゃんと釘を刺さないと後々大変なことになる。そう直感したリーズは、胃がきりきり痛むのを感じつつ大きめの声を出した。
「ダミアン・カステレード」
「はい」
嬉しそうな笑顔を返され、リーズはぐっ、と詰まった。だが、ここで怯んでなるものかと口を開く。
 




