続・ぎこちない夜
ついでに、目も充血している。
情熱的というより、何だか怖い。思わず顔を引きつらせかけ、何とかいつもの笑みを浮かべたリーズだったが、次は悲鳴をあげそうになった。
やたらと真剣な顔をしたオーレリアンが、強く両肩をつかんできたからだ。いよいよなのだろうか。覚悟はしてきたつもりだったが、やはりその時がくれば怖さが増す。
「リーズ姫、私は決して貴女を裏切るようなことはしません。ですから、……ですか、ら」
身を固くしたリーズを気遣ってくれているのか、オーレリアンがなだめるように言葉を掛けてくれる。
だが、妙に息が荒い。
喉の奥から、ぜーひゅーと音が漏れている気がする。リーズは、ささやかなその音を聞いた瞬間、もしやと思った。
上目づかいに彼の様子を見ると、それまで激しく鳴っていた鼓動が静まる。オーレリアンはそこで言葉を区切り、肩に置いた手を背中へと回してきた。
が、そんなことには構わず、リーズは自分の手を彼の額に当ててみた。
「えっ、あの、姫?」
戸惑うオーレリアン。しかし、リーズはさらに彼の体に触れ、ため息とともにつぶやく。
「熱い」
「……! あ、あのですね、それは」
へどもどしながらオーレリアンは何か言いつくろおうとするが、リーズは嘆息した。良く考えてみれば、ここに来て以来オーレリアンが休んでいるのを見たことがない。
恐らく、休む時間すらリーズとの時間に当てていたのだろう。その上で、蝶たちの面倒も見て……疲れがたまっていないはずがないではないか。いくら何でも、羞恥だけでここまで赤くなることはないだろう。
呆れつつも少しほっ、とした気持ちでリーズは言った。
「殿下、今日はもう休みましょう」
すると、オーレリアンはなぜか衝撃を受けたような顔をし、リーズから手を離した上に寝台から降りてしまった。一体どうしたのだろうと思って、リーズも寝台を降りかける。
だが、それより早くオーレリアンが言った。
「それは、やっぱり……嫌だということですか?」
「オーレリアン様?」
「いや、わかってます。確かに、私たちは情熱的に惹かれあった恋人同士とかではありませんから、ですが……」
リーズは立ったまま床ばかり凝視して喋るオーレリアンを見て、何を言いたいのかすぐに理解した。
自分としてはそういうつもりで言ったのではない。とはいえ、勘違いさせたままにしておくと後が面倒そうだ。ただ、非常に言いにくい。リーズだけでなく、身分の高い女性は慎みを持つべしと徹底的にしつけられる。はしたないことは口にしないのが鉄則なのだ。
――でも、そんなこと気にしてる場合じゃないみたい。
狼狽を通り越して、もはや悲痛な表情になりつつある彼に、リーズはつとめて穏やかに言った。
「嫌ではありません、どうか戻ってきてください」
「ですが……」
なぜかさらに後ずさったオーレリアンを見て、リーズはむしろ彼の方が怯えているようにすら思えた。そのせいか、恐怖も羞恥心も消えた。リーズは寝台を降りて、さらに後ずさったオーレリアンの近くまで行くと、手をつかんだ。
「なぜお逃げになるのです?」
「それは……」
どうしたらわかってもらえるのだろう。
リーズは、顔をあげて彼の顔を見た。整った顔立ちは変わらないが、明らかに熱がある。歪んだ表情には疲れすら覗いている。
休んで欲しい。
それが正直な気持ちだった。
もちろん、彼が不調を押してまで初夜をやり遂げたいなら、それに従うつもりだった。その気持ちの裏にある、どうしようもない、どこかあさましい思いを感じながら、リーズはふ、と息を吐いた。
彼が好きだ。
それはすでにリーズの中で決定事項となっていた。
何より、目の前の弱り切った綺麗な男性が、自分を望んでいる。それだけで十分すぎた。
――無理をして欲しくない。
リーズは無言のまま彼の手を引いた。
「あ、あの、リーズ姫」
「どうぞ、呼び捨てになさってください。わたしは、もう貴方のものなのですから、なさりたいようになさって良いのです」
後ろからうろたえたような気配を感じるが、リーズは気にしなかった。そのまま寝台の近くまで戻ってから、振り返って手を離し、真っすぐに彼の瞳を見た。
オーレリアンは、しばらく黙っていた。
言うべきことは言った。
後は、彼次第だ。




