ぎこちない夜
「いいに決まってるでしょう。リーズ姫は殿下の変なご趣味を見ても動じなかったんでしょう?
その上、貴方が不吉なことを言ったのに、やっぱり考えさせてとも、どういう意味なのかも問わなかった。つまり、リーズ姫はあなたと添う覚悟が御有りになる訳です。という訳ですから、いつまでも執務室にしがみついてないでとっとと行って下さい。
いつまで姫をお待たせするおつもりですか」
シルヴェールは心の底から面倒くさそうに言った。だがオーレリアンはやはり信じられなかった。確かに、彼女は覚悟している。それは国のため、王族のためだろう。
彼女が責任感にあふれた人物であることは良くわかっている。
私情では動かないことも。
オーレリアンを受け入れたのも、義務だからだ。
だからこそ、触れるのがためらわれた。
「だめだ、無理だ、だめだ」
絶対に、傷つけるように思えた。
本当なら、明かしておくべきであることを何一つ伝えていない。それは、知ったら彼女にも逃げられると思ったからだ。
それでも、オーレリアンは彼女を婚姻という鎖でつないでおきたかった。まだ、はっきりとした気持ではないが、離宮の庭で話をしたときに、そう強く思ったのだ。
本当は、きちんと明かそうと思っていた。
それなのに、あれ以来口が重くなり、ずるずると先にのばしているうちに結婚式の日が来てしまったのである。
「殿下、行かないと姫が傷つきます。やっぱり別に愛人がいたんだー、とか思われないうちに行っておいた方がいいんじゃないですかね。別に、どうしてもできなければしなくてもいいんです、一晩中お話しててもいいんです。
聞いてますか、殿下?」
「聞こえてる」
オーレリアンは呻くような声を返し、ようやく立ち上がった。このまま行かなければ、リーズに恥をかかせることになる。そんな事態だけは避けたい。
「おや、ようやく気持ちが決まりましたか?」
「ああ、行ってくる」
幽鬼のような顔色でオーレリアンは言った。シルヴェールは、その様子に若干不安を覚えたものの、従者らしく、かつ部下らしく主を送り出した。
送り出されたオーレリアンは、ややふらつく足取りで妻となった女性の寝室へと向かった。
◇
遅い。
いくら何でも遅すぎる。
リーズは寝台の上に膝を抱えて座り込み、気を揉んでいた。オーレリアンが来ないということは全く考えていなかった。
彼のこれまでの様子からして、他の女性に現を抜かしているふうもなかったし、誠実な印象を受けていたからだ。
何かあったのだろうか、いっそのこと聞きに行くべきかと思って腰を浮かせかけたとき、扉がゆっくりと開いた。まるで、中に化け物か強盗犯、敵の兵でも潜んでいるんじゃないかと警戒しているような慎重さでだ。
やがて、扉を開けた人物が顔を出す。――しかも、なぜか半分だけ。片目でこちらを捕えたオーレリアンは、すぐに一旦顔をひっこめてしまった。
さすがのリーズもどうしたら良いかわからず、固まる。
しばらく初夜らしからぬ緊迫感が場を包んだが、観念したらしいオーレリアンが入ってきた。ゆったりした夜着姿ではあるが、そのせいで妙な色香を感じる。リーズはさらに顔を強張らせた。
が、オーレリアンはもっと顔を強張らせていた。
「すみません、遅くなりました」
「いえ、あの、もの凄く顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
初夜なんかより、彼を休ませた方がいいのでは、と思ってリーズが訊ねると、オーレリアンはぎこちなく笑う。
「平気です、ええ、私は元気です」
何だか言い聞かせているみたいだな、とリーズが思っていると、彼はぎくしゃくした歩き方で寝台へ歩み寄り、横に腰を下ろした。そのはずみで無駄にふかふかしすぎている寝具から衝撃が伝わり、リーズはうっかり彼の肩によりかかる形となってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「……」
慌てて離れようとして、それもおかしなものかと笑おうとしたリーズだったものの、その笑顔を浮かべることはかなわなかった。なぜなら、オーレリアンがこっちを凝視していたからだ。
だが、情熱的なものではなく、あまりの衝撃で口もきけないという表情だったからだ。
リーズはそっと離れた。
すると、オーレリアンは名残惜しそうな、心底ほっとしたような思いがないまぜになったような顔をした。それが何を意味するのか良くわからず、はしたなかったのだろうか、と思って彼の顔を見ると、リーズは思わず目を見開いた。
「殿下、本当に大丈夫なのですか?」
彼は、真っ赤だった。




