王子の決断
比較的質素な晩餐が済んだ。
思っていてた通り、オーレリアンはリーズを部屋へ送ると言った。リーズはいつものように礼を述べて、たいしたことのない距離を彼と並んで歩く。
リーズの心臓は早鐘を打っていた。
「今日は会えなくて寂しかったですよ、貴女も同じ気持ちでいてくれたらどんなにいいのにと思いながら過ごしました」
「そんな、でもわたしも寂しかったです。ですから、王太子妃様に会いに行きました。とても気さくな方ですね」
「そうですね、義姉上はお優しい方ですよ。正直、厳格で神経質なところのある兄に良く嫁いでくれたなあと思っているんですよ。何しろ、結婚相手には事欠かなかったそうですしね」
確かに。
彼女は穏やかな美人で、しかも大国の王女だ。欲しがる者は大勢いただろう。だが、仲睦まじいふたりを見ていると、リーズには彼女が望んで嫁いできたように思えた。
「そうでしょうね、そうしてお話ししていたら太子様もお見えになって、楽しかったです。この国の方は皆お優しいんですね。わたしは安心しました。だって、ずっとここで暮らすんですもの」
「そうですね」
オーレリアンの表情が曇る。リーズは彼も不安なのだろうかと思ったものの、話をつづけた。
流れを切ったら、言えなくなってしまう。
彼の様子は気になるが、とにかく言ってしまおうとリーズは口を開いた。
「そのあと、まだ時間があったものですから、庭園を散策してきました。そのときになんですが、庭師に声を掛けられて、殿下に言伝を預かって来たのです。何でも『殿下の宝石がこちらに迷い込んだ』とかなんとか……」
意を決し、庭師の言葉を伝えると、オーレリアンの表情が一変した。杞憂に満ちたものになり、視線が窓の外へ向く。
リーズの胸が小さくきしんだ。
「殿下、殿下の宝石って何なんですか?」
なるべく無邪気を装って尋ねる。
オーレリアンは、立ち止まって黙り込んだ。しばらくうつむいて、ぼそり、と尋ねてくる。
「姫は、その……生き物は平気な方ですか?」
「生き物? それはもちろん、犬や猫や馬は大好きですし、小鳥も好きですけれど……?」
「えーと、そういうんじゃなくてですね……もっと小さい」
小鳥より小さい生き物。
例えば何だろうと考えたものの、すぐに浮かんだのはひとつだけだった。もちろん、種類にもよるが、気持ち悪いものでさえなければむしろ好きだ。
「なんとなくわかりました。きっと大丈夫ですから、教えてください、殿下」
リーズは、どうしても知りたい一心で答えた。オーレリアンはそれに一瞬怯み、しばらく逡巡したあとでぐっ、と眉間に皺を寄せてこちらを見た。
「わかりました。いずれは紹介しなければと思っていたのです。でも、もう少し姫のことを知って、姫にも私のことを知ってもらってからにしようと思っていたのですが……」
「そうでしたか、でも、わたしは大丈夫ですから」
あまり自信はなかったが、このまま胸にもやもやしたものを抱えて結婚などできない。いくら義務とはいえ、覚悟もなく受け入れられる訳がなかった。
「では、行きましょう。もう暗いので、今日のところは離宮のみで、庭園へは明日行くことにします」
「はい」
リーズは何やら壮絶な顔をしたオーレリアンにやや腰が引けつつ頷いた。紹介するだけで彼にそこまでの顔をさせる「宝石」とは何なのだろうか。
不安が増大していく。
ただし、ひとつだけ安心できたことは、どうやら彼の宝石は人間の女性ではないらしいということだった。
もしも、愛人との間にできた妾腹の子どもとかだったらどうしようと思っていたところだ。そんな考えにとりつかれていて、午後は休むどころではなかったし、先ほどの食事もマノンの父特製胃薬の助けを借りて乗り切れたのだ。
本当にアレには感謝している。
いい薬だ。
などと考えつつ、オーレリアンに連れられて離宮の温室へ向かう。ほどなくしてそこに辿りつくと、手にしていた燭台から壁の燭台へ火を移す。
それを何度かくり返すと、室内が見渡せるようになった。
オーレリアンは、その奥の方へとリーズを誘う。
それは第二の温室で、手前にある南国の植物とはまた違った木々が植えられていた。
それらはこのアウロスにしか見られない木で、夏に美しい花を咲かせるのだ。それだけでなく、葉の柔らかそうな低木が大量に植えられていた。
オーレリアンは、それらの中央で立ち止まった。




