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五番目の婚約者  作者: 蜃
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アウロス王国へ


 揺れる馬車のなか、流れる風景を堪能する余裕はリーズにはなかった。


 壮麗な花嫁行列が出発する前に顔を見に来た姉の言葉が忘れられない。


 ――いい、覚悟しておくのよリーズ。結婚が嫌になったならすぐに手紙を頂戴。わたしが何とかしてあげるから、いい、必ず手紙を書くのよ。ああ、それにしても何でお父様はよりによってあの男とどうしても縁を結びたがるのかしら。リーズが可哀想だわ……。アウロス王国の王太子はまともなのに……。


「あの、リーズ様。大丈夫ですか?」


「え?」


 対面に座る妙齢の女性が心配そうに問う。

 彼女はマノン。唯一こちらから連れて行くことになった侍女で、王宮の侍医の娘だ。見知った顔がいた方がいいということと、マノンが強硬に主張したので、リーズも頷いたのだ。もうひとり、護衛の騎士がつくがこちらは結婚するまでだ。


「お顔が青いです。もしお酔いになられたのなら、休憩を……」


 淡い茶色の丸い目を心配そうに歪めて聞いてくるマノンに、リーズは首を横に振った。


「違うの、ただ不安なだけだから」


 そう告げて微笑むと、マノンは大仰にため息をついた。愛らしい顔をしたマノンはリーズよりふたつ年上だが、そうしているととても幼く見える。ふわふわした金髪も相まって、余計にだ。

 マノンは何か言いたそうにしたが黙ってしまった。

 それを見て、リーズは少し微笑む。


「心配してくれてありがとう。でもね、ちょっと不安なだけなの、だって遠くから見たことはあっても、お会いしたことはないんですもの。それに、結婚したら色々とやるべきことがあるし、慣れた場所から離れてうまくやっていけるかしらって」


 なんとかマノンをなぐさめようとリーズは言葉を重ねるが、どうもうまくいかない。しまいには胃がキリキリと痛んできた。どうしてこうなのか。昔から緊張するとこうだ。

 リーズは息をつく。


「そうですね、でもいつもわたしがお側にいますから」


「ええ、わかってる。ありがとう」


 胃のあたりを押さえつつ、リーズは微笑んだ。

 とりあえず、もう少ししたら休憩しよう。そうすれば、少しは気もまぎれようと言うものだ。



  ◆



 やがて一週間をかけて花嫁行列はアウロスの王都に到着した。百花の都と呼ばれるだけあって、建物も素晴らしいし、歩く人も洗練されている。


 が、リーズは馬車のなかで身を縮こまらせていた。

 もはや胃が痛いではなく、吐き気までする。

 通りを行く人々が花束を投げてよこすため、遅々として進まない馬車のなかで、リーズは頭のなかでなんとかなるなんとかなると繰り返していた。

 目が淀んでいる気もする。


 晴れやかな日にする表情ではないが、それどころではないのだ。


 ゆっくりゆっくり進む馬車のなかで、マノンだけが心配そうにリーズ様、と名を呼んでくれているがもはや王女スマイルを浮かべる気力もない。

 というか、時々人々の声が聞こえてくるのがより胃に悪い。


「それにしても気の毒な王女様だな」

「そうね、きっとご存じないのよ」

「というか、よくマラキア王がお許しになったわよね」

「本当だな。姉姫は確かアレと結婚するのを嫌がって別の男に嫁いだろう?」


 ――自国の王子捕まえてアレとか言ってる。


「そうそう、まあ理解できるし国王様もまあしょうがないかーって感じだったわよね」

「そうねえ、まあお顔は素晴らしいんだけどねぇ、とことんバ……ええと、頭のねじが飛、んでるとかじゃなくて」


 ――バカと言いたいのを何とか別の言い方にしようとしてるっ!


 リーズは耳に入る単語ひとつひとつに突っ込みを入れつつ、その時を待った。やがて民衆の声が途切れた頃、馬車が止まる。


「マラキア王女、リーズ様ご到着にございますー!」


 兵の声がして、ラッパが盛大に吹かれる。いよいよだ。ご対面の時だ。リーズは溶けかけていた思考をしゃっきりさせるために両こぶしを握ってよし!と気合を入れる。

 マノンがささっ、と髪や顔の最終調整をしてくれて、リーズは馬車を降りる。


 すっ、とあごを上げて一番顔が良く見える角度で微笑むと馬車から足を踏みだす。視界に広がるのは王子のための離宮で、リーズはしばらくの間そこに滞在し、親睦を深めたのちに両国の国王の予定が合い次第、式を挙げる手はずになっている。

 離宮は壮麗で、白と青のコントラストが美しい。

 空も爽やかに晴れ、この後に待受ける雨季のことなどみじんも感じさせない。


 さあ、ここから新しい人生を始めるのだ、という気合と共に踏み出した足はその場でいきなり停止した。というか、せざるを得なかった。


 なぜなら、目の前の離宮の入口でなにやら金髪の男性と騎士たちがもめていたからだ。


「ええい! この手を離せ、私は恋に生きるのだ。もう地位も財産も長くつづく歴史も関係ない、全て捨てて彼女の元へっ!」


「ちょ、殿下っ……今日だけは静かにしててくださいよ、ほら、王女様が見てますって」


「そんなこと構うものか! 勝手に決められた婚姻など……私の愛はただひとりに捧げられるものなのだ。離せ、ああ、愛しいグラシアーヌっ」


「殿下殿下、終わったら行っていいですから、仕事はしてくださいよ」


 騎士たちが必死こいてなだめているアレはまさか。

 王女の微笑が型崩れをおこして崩落しかかったまさにその瞬間、目の前にきちんと正装して人の良い笑みを浮かべた青年が立ちはだかり、後ろの変な光景を隠す。


 リーズは戸惑いを隠せないまま、青年を見やる。すると、彼は実にうさんくさいほどさわやかな笑みを浮かべて言った。



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