揺れる気持ち
リーズは疲れを感じていた。
理由は単純で、オーレリアンに近づかれるたびに起こる、謎の心臓発作が原因だった。彼は日に一度は話をする時間をつくっているらしく、必ず一緒の時間がある。
それは嬉しくもあり、苦痛でもあった。
「そういえば、もうすぐ結婚式だわ」
いつの間にか進みまくっていた式の準備は、リーズが思うよりもかなり早く整っていくようだった。実際、国王がやる気に満ち満ちすぎていたのでそんな気もしていたが、当のリーズはもう少し時間が欲しいと感じていた。
結婚して正式に第二王子妃となれば、現在この離宮で過ごしているような日々は送れない。
彼の伴侶として、外国に行く際にも同行し、仕事がうまくいくよう王女として計らう必要も出てくる。
それだけではない。
アウロス王国とマラキア王国をつなぐ絆の確たる証、つまりは子どもをもうけることも望まれているのだろう。
正直、リーズにとっては政務より実感がわかなかった。
話には聞いているし、どんなことをするかも知ってはいる。
リーズは嘆息して、物思いにふけるのをやめて立ち上がった。
今夜は夜会があるのだという。だとしたら、ドレスを選んだり体を休めたりしなくては。
気が進まなかったが、リーズはマノンを呼んで衣裳部屋へと足を向けた。
◆
王宮には、他の宮殿にはないほどの大きなホールがある。そこに集まった紳士淑女はみな着飾り、音楽に合わせて踊ったり、話を楽しんだりする。
軽食が用意され、飾られた花と人びとの香水の香りがむせかえるようだ。
――やっぱり、食事を控えめにしてきて良かったわ。
すでに気が遠くなりながら、リーズはオーレリアンとともにホールへと姿を現した。――途端、次々と声を掛けられる。大抵は他愛のない祝福の言葉だった。
中には他国の外交官も混ざっており、ささやかな交渉も繰り広げられる。美辞麗句に混ざったさまざまな意図や思惑。そういったものには慣れている。
むしろ、どのように相手の思惑に乗らずに相手の情報を引き出すか、気は抜けないが腕の見せどころではある。
そんな会話を何度が繰り返し、やや疲れを感じたところへ、今度はこの国の上流階級出身らしき女性が近づいてくる。
「殿下、この度は本当におめでとうございます。心よりお祝い申し上げますわ」
「ありがとう。あなたは確かダルモン侯爵のご息女でしたね」
「まあ! 覚えていていただけたんですの? 嬉しいですわ」
目の前に現れた令嬢は、口に手を当てて大げさに喜ぶ。リーズより年下のその令嬢は、どこか熱い視線をオーレリアンに送りつつ、こちらへも目を向ける。
「リーズ殿下、初めまして。わたくし、教務官を父に持つフラヴィアと申します。以後よろしくお願いしますわね」
「ええ、もちろん」
そう答えてすぐ、令嬢フラヴィアはすぐにオーレリアンに視線を戻す。彼女の様子から、リーズはすぐに目的を察した。
おそらく、オーレリアンがリーズに飽きたらお待ちしていますとそういう意味だ。
リーズはこっそり嘆息した。
仕方がないことだ、この国に限らず、王家は血筋の断絶を恐れている。そのために王家の男性が愛妾を持つことを罪としていない。どころか、愛妾となることを望む女性は多かった。
こうなることも予想済み。
それでも、リーズは胸に痛みを覚えていた。オーレリアンはいつもの隙のない笑みで令嬢と何かを話している。それが、耳に入らない。聞きたくないのだ。
フラヴィアはそれからしばらくオーレリアンとリーズの近くにいたが、他の女性も話しかけてくるようになると姿を消した。
そういったやりとりがつづくと、リーズは強い疲れを感じ始めた。早く解放されたい。
しかし、まだ最大のイベントであるダンスを踊っていなかった。それさえ済めば、離宮に戻れる。
ふと、このことを彼に告げるべきだろうかと思った。
少し前にひどく怒られたことが頭をよぎる。
――言うべき、よね。
リーズは少し迷った。前回も今回も、自分の心のせいなのに心配を掛けてしまっている。もっと心が強ければ、彼にあんな心配をかけることはなかったのだ。
けれど、どうやったら強くなれるのだろう。
リーズは我知らずため息をついてしまった。すると、それを耳ざとく聞きつけたらしい声が言った。
 




