とまどい
だが、オーレリアンの方が早かった。
「リーズ姫、少しは良くなりましたか?」
「あ、はい」
一応そう頷いて見せる。
けれど、オーレリアンはごまかされなかった。珍しく険しく細められた灰青色の瞳に、微かに怒りが浮かんでいる。
「嘘ですね、貴女の顔色はまだ良くなっていませんよ。できることなら侍医に見てもらいたいのですが」
「そこまでして頂くわけには」
「しますよ。貴女は私の妻になるひとです。無理をして欲しくないですし、体調管理はとても大切だ。そういうことで嘘をつかれては困ります」
リーズは面食らった。
見透かされる可能性はあったが、怒られるとは思わなかったのだ。しかし、彼の言うことはもっともだった。
とはいっても、本当のことは言いにくかった。
ほんとうは気持ちの問題なのだ。
そんなことを言ったら、彼はどう思うだろう。
けれど、リーズはふと、言ってしまった方がいいように思えた。それほどまでに、今目の前にいるオーレリアンの表情は真剣だったのだ。
何より、今までに見せてくれた気遣いがリーズの気持ちを揺らがせていた。
「本当はどうなんですか?」
「気分が悪いのは、本当です」
リーズはそう言った。オーレリアンは、やっぱりというような顔をして、今度は怒りから心配そうな様子になる。
「もっと早く言って下さればよかったのに」
「せっかくの公演を台無しにしたくなかったのです」
「そんなこと、貴女の身に何かあったらどうするんです。いいですか? 次からはちゃんと言ってください」
オーレリアンはリーズの両肩をつかんで強く言った。リーズは至近距離に来た彼の目を真っ直ぐのぞきこむことになり、狼狽しながら何度も頷く。
「は、はい、わかりました」
「なら、今夜はもう休んで下さい。明日の朝様子を見に行きますからね」
「は、はあ」
「部屋まで送っていきましょう」
オーレリアンはそう言うと、リーズの腰に手をまわして歩き出した。その親密な行為に、リーズの心臓は早鐘を打ち出す。少し前まで、そういうことをされても何も感じなかったのに。
どうしてその手が触れている部分がこんなにも熱く感じるのだろう。どうして、もっとこうしていたいと思うのだろう。
混乱に放り出されたまま、リーズは部屋へと向かった。
◆
リーズを部屋まで送り届けたオーレリアンは、自身の部屋として使っている場所へ入ると、上着を脱いで近くの椅子に掛けると、すぐ側のソファに腰を下ろした。
「やっぱりと言うかなんというか」
予想はしていた。
悪いうわさが叩けば出るほこりのように出てくるであろう自分のもとへ嫁ぐことを了承した姫君だ。
自分のことは後回しにし、ただ義務や周囲の調和を優先するような、従順でおとなしい女性なのではないかと思っていた。
おそらく、彼女はオーレリアンのうわさについても知っているのだろう。その上でなお、逃げないというのだ。
しかも不思議なことに、オーレリアンに対して特に嫌悪感を抱いたりしている様子もない。
だから、我慢しているのだろうと考えたのだ。
「でも、解放してあげるわけにはいかないしね」
これ以上は、向こうも待ってはくれないだろう。それに、オーレリアンは努力するつもりだった。誰よりも優しくし、少しでも彼女のこちらでの生活が苦痛の少ないものになるようにする。
もとよりそう決めていた。
オーレリアンには、どうしてもリーズが必要だった。それにはふたつの意味がある。ひとつは国のためだ。しかし、もうひとつはオーレリアン自身のためだった。
それに、なんとなく彼女とならうまく行きそうな気がしていた。穏やかで、時間さえかければきっと理解してもらえる。もちろん、こちらも理解したいし、知りたい。
何が好きなのか、音楽は、本は読むのか……。
「ゆっくり行こう、ゆっくり」
焦ることはない。
彼女は公言しているのだから。
逃げない――と。
それがどれほど嬉しかったか、どう伝えよう。頭から否定しないでいてくれただけでも、オーレリアンは嬉しかったのだ。
彼女が必死に作り上げているあの仮面のような笑顔は、彼女が思うほどには感情を完全に隠せていない。
だから、隙間から見えるのだ。
リーズは、オーレリアンをさほど軽蔑してはいない。そこから踏み込めるように思えた。
後は、自身最悪の悪癖が出なければいい。
それだけを祈るように思った。
 




