追憶の苦しみ
王宮へつくと、王族専用の入り口から劇場に入る。観覧席も専用のものがあるので、そこで観ることになる。
席には先客がいた。
当然国王と王太子夫妻である。
彼らも着飾り、笑顔でふたりを迎えてくれた。
リーズは型どおりの挨拶を述べると、オーレリアンが教えてくれた自身の席へと座る。当然隣はオーレリアンだ。
今回の劇は、劇場が創設されて三十年目を記念して行われる。劇を行うのは宮廷劇団だ。
内容については知らされていない。
リーズはどんな劇になるのだろうと思いながら周囲を見回した。集まった王侯貴族たちのざわめきが壁に反響して聞こえてくる。
アウロスの劇場は素晴らしいとうわさで聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
「今夜の劇について、何も言ってなかったね。ほら、有名な『金色の嘆き』という物語だよ」
「ああ、知っています」
リーズは頷いた。確か、裏切られて死ぬ英雄の悲劇だった。リーズも何度か見たことがある。
「もちろん、今回は記念公演だからね、それだけじゃないよ。ちょっとアレンジを加えてあるんだ。きっと驚くと思う、私もすごく楽しみにしているんだ」
目を輝かせながらまだ幕の上がらない舞台を見るオーレリアン。リーズは目を瞠った。どうやらオーレリアンはかなりの芝居好きのようだ。これでひとつ、彼について知ることができたと思っていると、室内の照明が落とされ、幕が上がる。リーズはオーレリアンから意識をそらし、舞台へ目を向けた。
ゆるゆると演奏が始まる。
舞台の前の楽団が動きに合わせて演奏し、場を盛り上げる。そうして「金色の嘆き」の幕が上がった。
◆
まるで、夢の中にいるような感覚がし、耳鳴りがしている。夢は夢でも、それは悪夢だった。遠くで拍手の音がひびいて、ようやく半分だけ目が覚めた。リーズはそれでようやく芝居が終わったことに気づいて、顔を上げた。
途中まで楽しく見ていた芝居は、ある場面から頭に入らなくなっていた。オーレリアンの言っていたアレンジ部分はいくつもあった。動きや人物の配置などがそれだ。物語にも、若干の改変が見られ、より感情移入しやすくなっていた。
だが――。
「リーズ姫? どうでしたか?」
「え、えぇ、とても素晴らしかったです」
リーズは急いで表情をとりつくろった。けれど、顔色まではどうしようもなかった。期待に満ちたオーレリアンの表情が、一瞬にして心配そうなものにかわる。
「もしかして、人の多さに疲れましたか? 劇はそれほど長くはなかったと思うのですが、とにかく戻りましょう」
「……ですが」
大丈夫です、とは言えなかった。けれど、素直にうなずいてしまうこともできなかった。オーレリアンは、その場の面々の顔を見て言った。
「父上、兄上、義姉上、どうやら姫が体調を崩されたみたいなので、私たちは先に離宮に戻ろうと思うのですが」
「そうか、ならそうするといい。姫もまだ来たばかりだからな、体に負担がかかっていたのだろう」
国王は鷹揚にうなずいてくれた。リーズはその言葉に心からほっとした。次いで、王太子妃が心配そうに声を掛けてくれる。
「お大事に、良くなったらわたしのお茶会にも来てね」
「はい、ありがとうございます」
リーズは彼らに感謝の礼をしてから、オーレリアンとともに席を出る。歩きながら、リーズは罪悪感でいっぱいだった。具合が悪いのは体のせいではない。心が揺らされたからだ。
王族として、それだけはしてはならないと思っていたのに。
悔しくてうつむいていると、オーレリアンが声を掛けてくれる。
「もう少し耐えてくださいね、外の空気を吸えばかなり違うと思うので」
「……はい、ありがとうございます」
リーズは心からそう言った。
泣いてしまいそうなほど、彼の言葉は温かかった。すがる腕が頼もしく感じられ、歩幅にも優しさがにじんでいる。
馬車に乗り込むときも手を貸してくれ、リーズは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
それは初めての感覚で、ひどく苦しいのに妙に甘いものだった。思わず空いている手を胸に当てて、唇を引き結ぶ。
どうして、このひとはこんなに優しいのだろう。
リーズが婚約者だからだろうか。
初めて逃げ出さないと公言したから?
それとも、これは彼がもともと持っているものなのだろうか。リーズは色々と考えたが、どれも答えのでるものではない。
馬車はほどなくして離宮についた。
そこから降りると、リーズはオーレリアンに挨拶をして部屋に戻ろうと思って口を開いた。




