ふたつの顔
「げっ、なんて間の悪い」
マノンが呻いたような声をあげる。リーズも似たような気持だった。だが、相手が相手だけに無視するわけにもいかない。
オーレリアンは相変わらず、うさんくさいほど爽やかでキラキラした笑みを浮かべている。
「リーズ姫、今まで放っておいてすみませんでした。雑事をこなしていたもので」
「いえ、お気になさらず」
目の前までやってきて顔を曇らせるオーレリアンに、リーズは愛想よくそう答えた。横では、マノンが敵を見つけた小型犬のような表情をしている。今にも唸りだしそうだ。
マノンは一体何を知ったのだろう。早く聞きたかったが、オーレリアンはおもむろにリーズの手を取った。
「では、少しおつきあいいただけますか? 貴女にぜひ見せたいものがあるんですよ」
「見せたいもの?」
リーズはもしや、もう愛人たちと合わせる気なのだろうかと思って戦慄した。取られた手のあたりに鳥肌が立つ。何しろ、ちょっと前に知ったばかりだ。まだそこまでの覚悟はできていない。
「はい。王宮のギャラリーにあります。ですが、あそこは人も多いですから、お疲れでしたら無理にとは」
オーレリアンの言葉を聞き、リーズは気が抜けた。ということは、絵を見せたいということなのだろう。それならばさほど気負うことでもない。
「いいえ、平気ですわ。きちんと休みましたから」
「そうですか、それじゃあ歩きながら行きましょうか」
「はい」
頷くと、背後から強い怒りの気を感じた。リーズは微笑んだまま振り向いて、マノンを見た。非常に悔しそうだ。
だが、ここは諦めて待っていてもらうしかない。
「マノンはここにいて、仕事もあるでしょう?」
「でも……」
「少しは休んで、後でお話ししましょう。一緒に行ったら、後で感想を言えるひとがいなくなるわ」
ね、と念押しするように言うと、マノンはしおしおとうなだれて「はい、お気をつけて」と力なく言った。少し可哀そうにも思えたが、彼女についてこられては背後が気になって仕方ない。ここは諦めてもらおう。
それから、リーズはオーレリアンに向き直った。
「それでは、参りましょうか」
「はい」
とても嬉しそうな顔で、オーレリアンはリーズに腕を差し出す。鳥肌が立たないか心配したが、なんとかなった。
このまま乗り切れればきっと慣れる。
リーズはそう言い聞かせて、王宮へと足を向けた。
◆
王宮に姿を現したふたりを見つけた面々は、口々に祝いの言葉を述べてきた。王宮には王族や官僚以外にも雑多なものたちがいる。他国からの賓客もいた。
下っ端のもの以外、片端から声を掛けてくるため、ギャラリーにつくには時間がかかってしまった。
しかし、リーズにはかえってありがたかった。
オーレリアンだけに気を取られる方が苦痛だったからだ。彼の整った甘い顔立ちをうっかり見てしまうと、余計なことを考えてしまう。
やがて、人の姿もまばらなギャラリーにたどり着くと、オーレリアンは真っ直ぐある絵画に向かって歩き出す。
立ち止まった彼の前に掛けられていたのは、アウロス王家の家族画だった。
あの晩餐会で見たより遥かに若い国王と、その美しい妃、子どもたちが描かれている。子どもは五人おり、一番年上の少年が王太子のジュスタンで、その隣でムスッとしている金髪の子どもがオーレリアンだろう。
しかし、今現在、五人の子どものうち、ここにはジュスタンとオーレリアンしかいない。
描かれているのは三人の少年と二人の少女。ひとりは他国に嫁いでいるが、もうひとりは……。
「貴女を、私の家族に会わせたかったんです。父と兄には会っていただけましたし、姉にはいつか会うこともできます。
ですが、母や妹、弟にはこういう形でしか会わせられない」
「オーレリアン様」
いつも無駄に爽やかに輝いている顔が、悲しい笑みへと変わる。その表情の意味にはすぐに思い至った。
このアウロス王国は、ほんの数年前に内乱を経験している。新体制を取り入れることを決定した国王に、古くからの貴族が反発し、王弟を頭に立てて反旗を翻したのだ。
その際、王族たちは一度王宮を追われた。王国軍に占拠されたためである。逃げる途中、幼い王女は病に倒れてそのまま命を散らした。
王子はさらわれて、助けようとした王妃もろとも殺された。
話に聞いて知ってはいたが、こうしてその爪痕を確認すると、心が痛む。
最愛の妻と家族を失った国王は、その後協力してくれた新興貴族たちと、王女が嫁いでいる隣国、さらに同盟を結んでいるマラキア王国軍の助けを借りて王宮を奪回した。
王弟は首をはねられ、反旗を翻した貴族たちはすべて地位をはく奪したうえ、当主は処刑されて幕を下ろした。
王宮にはその時についた傷などがいまだに残されている。
リーズは絵から視線を移し、オーレリアンを見た。
 




