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捨てた女は最強でした。今さら後悔しても、私の魔法で滅ぼす

作者: おでこ
掲載日:2026/04/29

数ある作品の中から開いていただきありがとうございます(^^♪


一気に読んでいただいても、お気に入りの場面で一度閉じて続きを楽しんでいただいても、どちらも大歓迎です。どうか、ご自分のペースでゆっくりお付き合いください。(*‘ω‘ *)/


━━━━━━━━━

第一章 十年分の静寂

━━━━━━━━━


「裏切り者!」

「国賊め、とっとと出ていけ!」


声が四方から降ってくる。


泥が、頬に当たった。


冷たい。重い。――ひどい匂いがした。


私は歩みを止めなかった。


止めたら、負けだ。

誰に? わからない。

ただ、足だけを前に動かし続けた。


王都の大通りは、今日に限って人で溢れていた。

わざとだ、と気づくのに時間はかからなかった。


クラウス殿下の命令で、国外追放の者はこの道を通る。

見せしめのために。

恥辱を、存分に与えるために。


腐った果物が肩を打った。

泥が足元へ投げつけられた。

誰かが、唾を吐いた。


子どもの声が聞こえた。

「お母さん、あの人が裏切り者?」

「そうよ。見ていてはいけません」


(私が、守ってきた国だ)


喉の奥が、きつく締まった。


泣くものか、と思った。

この人たちの前では、絶対に。


十年間。


この国の戦場で、私は支援魔法を使い続けた。

騎士団が前へ出られるよう、敵の術式を崩し続けた。

味方が倒れないよう、強化魔法を限界まで積み続けた。


感謝されたことは、ない。


一度も。


「女に武功は不要」


そう告げられた日のことを、まだ覚えている。


十二歳だった。


王立魔法学院で受けた鑑定書を、誇らしげにクラウス殿下へ見せた日のことを。



『攻撃特化型・破壊魔力指数S――百年に一人の逸材』


鑑定師の手が、わずかに震えていた。


「エルンスト令嬢……これは、前例がありません。この魔力量で攻撃特化型というのは……」


嬉しかった。


父が早くに亡くなって、エルンスト家を支えなければならないとわかっていた。でも、これなら戦場に立てる。この国のために、戦える。


胸を張って、殿下に見せに行った。


殿下は鑑定書を受け取り、一秒だけ目を細めた。


一秒だけ。


それからすぐに、元の涼しい表情に戻って、こう言った。


「令嬢に武功など必要ない。貴族の娘が戦場で暴れれば、品格が疑われる。支援に徹しなさい」


品格、という言葉が頭の中で乾いた音を立てた。


(品格? この鑑定書を見ておいて、品格の話をするの?)


でも私は、頷いた。


この国を守りたかったから。

それだけが、理由だった。


後になってわかった。


殿下が一秒だけ目を細めたのは、驚きではなかった。


恐れ、だったのだ。


自分を脅かすほどの才能を前にした、純粋な恐れ。


だから封じた。


私に気づかせないまま、十年間、封じ続けた。


   ◆


最初の戦場は、十二歳だった。


支援魔法は、苦しかった。


胸の奥が、いつもきしむような感覚があった。


使うたびに、何かが逆流するような不快感。

まるで利き手ではない手で文字を書かされるような、歪んだ感触。


それでも耐えた。耐え続けた。


戦場で倒れる味方を見るたびに、もっと強化魔法を積んだ。

騎士団が敵陣に突っ込む時、私は後方から全力で支えた。


「エルンスト、もっと強化を厚くしろ」

「エルンスト、左翼の術式を崩せ」

「エルンスト、なぜもたついている」


名前を呼ばれるのは、命令の時だけだった。


勝利の報告書に、私の名前は載らなかった。


一度も。


それでも構わないと思っていた。


民が安全であれば。

国境が守られれば。

それで十分だと。



三年前、一度だけ体を壊して戦場を離れたことがある。


高熱が三日続いた。


起き上がれなかった。


その間の損害を、私はあとから報告書で知った。


死者三十二名。負傷者百名以上。


エーリヒ団長の報告書にはこう書いてあった。


『エルンスト令嬢の不在により、支援体制が崩壊したことが主因』


私のせいにした。


倒れたのは私なのに、私の不在のせいにした。


報告書を読んだ時、しばらく言葉が出なかった。


怒りよりも先に、呆れが来た。


(そうか。私がいなければこうなるのに、私がいると邪魔者扱いをするのか)


エーリヒ団長に直接確認しようとしたことがある。


廊下で呼び止めた。


「団長。先の報告書についてなのですが、私の不在が主因という記述は――」


「ああ、そうだ。お前が寝込んでいたから負けた。それだけだ」


「ですが私が倒れたのは前日の魔力酷使が原因で――」


「言い訳か? 令嬢」


冷たい目だった。


「体調管理も仕事のうちだ。文句があるなら次の戦いで挽回しろ。それだけだ」


そのまま、歩いていった。


私はしばらく廊下に立ち尽くした。


(文句があるなら次の戦いで挽回しろ、か)


――わかった。


そうした。


次の戦いでも、全力を尽くした。


馬鹿だと思うなら、そう思えばいい。


私には、守りたいものがあったから。


   ◆


そして、先月の大敗だ。


エーリヒ団長の判断ミスで騎士団が敵の包囲に嵌まった。


私は支援魔法を全力で展開した。


死に物狂いで。


胸が裂けるような感覚の中で。


それでも、六十名が死んだ。


翌朝。


クラウス殿下が私を呼んだ。


部屋に入った瞬間、嫌な予感がした。


殿下の隣に、エーリヒ団長が立っていた。


私と目が合った瞬間、エーリヒは視線を逸らした。


(……ああ、そういうことか)


「ルシア・エルンスト。貴様が支援魔法で味方の術式を妨害したことは、証言により明らかだ」


(……何を言っているの)


「国外追放を命じる。今日中に王都を出よ」


声が、遠くなった。


怒りが来るよりも先に、静かな納得が来た。


――そうか。生贄にするのか。


(わかった。でも、覚えておいて)


私は一言も弁明しなかった。


する気が、なかった。


この国の人間に、何かを証明したいとは、もう思えなかった。


   ◆


城門が、目の前にある。


最後の罵声が背中に当たった。


私は振り返らなかった。


一度も、振り返らなかった。


門を抜けた瞬間、風が頬を撫でた。


泥の匂いが、少しだけ薄れた。


胸元の荷物を、そっと確かめる。


十二歳の時に受けた、魔力鑑定書。


『攻撃特化型・破壊魔力指数S――百年に一人の逸材』


いつか、使う日が来る。


その日が、近づいている気がした。



━━━━━━━━━

第二章 国境の向こう側

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三日、歩いた。


水は川で飲んだ。食べ物はほとんどなかった。

持ち出せた荷物は小さな鞄ひとつで、中身の大半は魔力回復薬だった。


体が限界に来た頃、国境の石柱が見えた。


エストラート王国との境界線。


越えたら、もう戻れない。


(もとから、戻る気はない)


一歩踏み出した瞬間、四方から気配が膨らんだ。


「止まれ」


低い声が、降ってきた。


気づけば、五人の兵士に囲まれていた。エストラートの軍服だ。


逃げる体力はなかった。戦う気力も、今は、ない。


「ライゼンベルク王国の者か」


「……元、ですが」


「元?」


答える前に、別の足音が近づいてきた。


兵士たちが一斉に姿勢を正す。


現れた男を見た瞬間、空気が変わったのがわかった。


黒い軍服。銀の徽章。感情を感じさせない、静かな目。


その男が私を見た。


一秒。


二秒。


「……面白い魔力残滓だ」


誰に言うでもなく、呟いた。


そっと部下の耳に何かを告げる声が聞こえた。


「予測通りの経路です」と、部下が小声で答えるのも。


「この人は私が預かる。下がれ」


「し、しかし団長、この者はライゼンベルクの――」


「下がれ、と言った」


兵士たちが後退した。


男が私の前に立った。


「アルデリック・シュタルク。エストラート魔導師団、団長だ」


名乗りながら、私を見る目は変わらない。


値踏みでも、哀れみでもなく――純粋な、観察の目だった。


「あなたの魔力構造を少し感じさせてもらった。支援魔法を使ってきたようだが」


「……はい」


「嘘だ」


(……え)


「支援魔法を使う人間の魔力残滓ではない。あなたの魔力は、攻撃特化型だ。しかも――」


彼は少し間を置いた。


「私が今まで見た中で、最も規格外の」


声が出なかった。


十年間、誰にも言われたことがない言葉だった。


「なぜ攻撃魔法を使わなかったのですか」


その問いに、私は初めて、答えに詰まった。


「……使うなと、言われていたので」


「誰に」


「王太子に」


アルデリックは少しの間、黙っていた。


それから、静かに言った。


「あなたの力が惜しい。我が団に来てください」


命令ではなかった。


懇願でも、なかった。


ただまっすぐな、事実の提示だった。


私は――初めて、人として扱われた気がした。


目が、熱くなった。


泣かない、と決めていた。


だから、ただ頷いた。


「……よろしく、お願いします」



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第三章 鎖が解ける音

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魔導師団の訓練場は、広かった。


石造りの壁に囲まれた、巨大な空間。


アルデリックが私の向かいに立ち、団員たちが周囲に控えている。


全員が、訝しそうな顔をしていた。


新入りの女。しかもライゼンベルクの追放者。


当然の反応だと思った。


「ルシア・エルンスト」


アルデリックが言った。


「今日は一つだけやってもらう。攻撃魔法を使え。制限なしで」


「……制限なし、ですか」


「あなたが今まで封じてきたものを、全部出せ」


全部。


その言葉が、胸の中に落ちた。


(全部、出していいの)


十年間、一度も使わなかった。

使うなと命じられて、使えなかった。


支援魔法を使うたびに感じていたあの「きしむ感覚」は、本来の私の魔力が逆流しようとしていたからだと、今ならわかる。


周囲の団員がざわつく声が聞こえた。


「団長、本当にやらせるんですか。こいつ、ライゼンベルクの追放者ですよ」

「しかも支援魔法専門とかいう……大したことないんじゃ」

「なんで団長がわざわざ国境まで迎えに……」


アルデリックが一度だけ、そちらを見た。


全員が、黙った。


「やれ」


私に向き直って、静かに言った。


ゆっくりと、目を閉じた。


魔力を、解放する。


ずっと蓋をしていた、胸の奥の部分。


熱い。


こんなに熱かったのか、と思った。


これが、本来の呼吸だ。


炎が、手の中に生まれた。


気づいた時には、前方の石壁に亀裂が走っていた。


一瞬の後、壁の半分が崩れた。


砂煙が舞い上がる。


誰も、声を上げなかった。


静寂が、落ちた。


(…………これが、私の魔法)


十年間、ずっと封じていたもの。


崩れた壁を見ながら、私は呆然と立っていた。


体が震えている。


怒りではなかった。悲しみでも、なかった。


解放、だった。


十年分の何かが、今やっと息を吸った。


「な……」


誰かが、声を上げた。


「なんだ、今の……」

「壁が……壁が半分……」

「一撃で……?」


ざわめきが広がる。


「団長! これ、本当に支援魔法専門だったんですか!?」

「ありえない……こんな魔力量、見たことがない……」


アルデリックが振り返った。


「団員諸君」


静かな声が、ざわめきを切った。


「これが、ルシア・エルンストの本来の魔法だ。破壊魔力指数S。百年に一人の逸材、と鑑定書には書いてあった」


誰かが、息を飲む音がした。


「ライゼンベルクは、これを十年間封じ続けた。支援魔法専門として使い、手柄を奪い、最後には冤罪で追放した」


今度は、静寂の質が変わった。


驚きではなく、怒りに近い何かが、空気の中に漂い始めた。


「……ふざけんな」


誰かが、低く言った。


「これだけの力を持ってて、十年間封じ続けた? 手柄まで奪って?」


「最低だ」

「信じられない」

「こんな魔法使いを追放するとか、頭おかしいだろ」


声が、次々と上がる。


私は、その声を聞きながら、何も言えなかった。


非難されることには慣れていた。


でも、同情されることには、慣れていなかった。


「あなたは今日から、この団の一員だ」


アルデリックが私の方を向いた。


「あなたの魔法を、正当に使っていい」


正当に、という言葉が、鋭く胸を刺した。


正当に。


その言葉が、こんなに重く響くとは思っていなかった。


「……ありがとう、ございます」


声が、少し震えた。


アルデリックは何も言わなかった。


ただ、静かに頷いた。


それだけで、十分だった。



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第四章 英雄のいない戦場

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――ここだけは、私の視点ではない。


エーリヒ・グラウの話をしなければならない。



俺の名前は、エーリヒ・グラウ。


ライゼンベルク王国騎士団長。


「英雄」と呼ばれてきた男だ。


少なくとも、三ヶ月前までは。


   ◆


最初の敗戦の夜、俺は報告書を書きながら手が止まった。


敵の術式配置は、以前と変わっていない。

こちらの戦力も、数の上では上回っていた。

指揮の判断も、特に誤りはなかったはずだ。


なのに、なぜ負けた。


答えは、わかっていた。


わかっていたから、報告書に書けなかった。


エルンスト令嬢がいないから、だ。


(馬鹿な)


俺は書きかけた文字を消した。


あの女は支援魔法専門の令嬢だ。確かに腕は立ったが、彼女一人がいないだけで戦局がここまで変わるはずがない。


そう思った。


「敵の新戦術への対応不足」という理由を書いて、報告書を提出した。


その夜は、よく眠れた。


   ◆


二度目の敗戦の夜は、眠れなかった。


死者四十一名。負傷者百五十名以上。


前回より、ずっと悪い数字だった。


「団長、どういうことですか」


副団長のカールが、血相を変えて俺の執務室に飛び込んできた。


「同じ敵相手に二連敗です。騎士団始まって以来の記録ですよ。何かおかしい」


「わかっている」


「何がおかしいんですか。術式の精度は落ちていない。兵の練度も変わっていない。なのになぜ」


「……わかっている、と言った」


「団長」


カールが、俺を真っ直ぐに見た。


「俺は十年、団長の下で戦ってきました。だから言いますが――エルンスト令嬢が追放されてから、明らかに何かが変わっています。現場の兵士たちも、そう言っている」


「関係ない」


「本当に、そう思いますか」


俺は答えなかった。


カールは、それ以上何も言わずに部屋を出た。


俺は一人で、窓の外を見ていた。


(関係ない)


(あの女が一人いなくなっただけで、これほど変わるはずがない)


そう思いながら、自分でも信じ切れていなかった。


   ◆


三度目の敗戦の翌朝、俺は過去の戦績を全部引っ張り出した。


十年分の報告書。


ルシア・エルンストが参戦していた戦いの勝率。

彼女がいなかった戦いの勝率。


一つ一つ、数えた。


数えながら、手が震え始めた。


参戦時の勝率:九割二分。


不参加時の勝率:三割一分。


俺が「英雄」として称えられた勝利のほぼ全てに、あの女の支援が入っていた。


俺の手柄として記録されていた勝利が、全て。


「……っ」


書類を机に叩きつけた。


手が震えていた。


俺が十年積み上げてきた「英雄」の称号が、今この瞬間、音を立てて崩れていく感覚がした。


(俺は……何をしていたんだ)


あの女が前日の魔力消耗で倒れた時、体調管理が悪いと怒鳴った。


あの女が「不在が主因」と書かれた報告書を確認しに来た時、言い訳するなと追い返した。


あの女が毎回の戦場で、胸を押さえながら魔法を使い続けていたのを、俺は見ていた。


見ていた。


それが「支援魔法専門の令嬢が頑張っているな」程度にしか見えていなかった。


(俺は、ずっと見ていたのに、何も見えていなかった)


そこに、部下が飛び込んできた。


「団長! 大変です! エルンスト令嬢が――エストラートの魔導師団に入ったという噂が……!」


「……何?」


「そ、それだけではありません。エストラートの訓練で、単独で訓練場の壁を半壊させたと……! 破壊魔力指数S、百年に一人の最強魔法使いだと……! 大陸中に噂が広まっています……!」


頭の中が、白くなった。


支援魔法専門の令嬢が。


十年間、後方で地味に魔法を使っていたあの女が。


最強の攻撃魔法使いだった?


「……俺たちは」


声が、掠れた。


「俺たちは、何を追放したんだ」


部下は答えなかった。


俺は、その日の夜、もう一度書類を広げた。


ルシア・エルンストの魔力鑑定書の写し。


クラウス殿下が「保管」と称して取り上げた原本ではなく、魔法学院に残っていた控えを、俺はこっそり取り寄せていた。


理由は、うまく言えない。


ただ、気になっていた。


鑑定書を開いた。


『攻撃特化型・破壊魔力指数S――百年に一人の逸材』


十年前に見た時は、この意味がわからなかった。


今は、わかる。


支援魔法は、あの女にとって「逆走」だったのだ。


本来攻撃に使うべき膨大な魔力を、無理やり支援魔法に変換していた。


毎回の戦場で胸を押さえていたのは、気合でも体調管理の悪さでもなく、魔力構造に逆らって魔法を使い続けていたからだ。


常人の三倍。いや、それ以上の消耗をしながら。


それでも戦い続けていた。


この国を守るために。


「……ルシア・エルンスト」


声に出して、名前を呼んだ。


初めて、下の名前で呼んだ気がした。


返事はない。


当然だ。あの女はもう、この国にいない。


俺が追い出した。


正確には、クラウス殿下が主導したが、俺は共犯だった。


冤罪だとわかっていた。


あの大敗は、俺の判断ミスだった。


包囲されると気づいた時、引くべきだった。それでも突撃を命じたのは俺だ。


でも、俺は報告書に「エルンスト令嬢の妨害」と書いた。


書けた。


あの女が弁明しなかったから、書けた。


(あの女は、なぜ弁明しなかったんだ)


考えて、すぐにわかった。


もう、この国に何かを証明したいとは思っていなかったからだ。


俺たちがそこまで追い詰めていたから、だ。


書類を、閉じた。


窓の外を見た。


王都の夜景が、いつもと変わらず広がっていた。


何も変わっていないのに、何もかもが変わって見えた。


「英雄」と呼ばれてきた俺の十年が、今夜、全部崩れた。


崩れて、その下から出てきたのは――ただの、臆病者の顔だった。


   ◆


翌日、クラウス殿下のもとへ呼ばれた。


殿下の顔色が、白かった。


「エーリヒ」


絞り出すような声だった。


「エルンスト令嬢が、エストラートにいる。魔導師団に入ったと、各国から報告が来ている」


「……存じております」


「噂では、訓練場の壁を一撃で半壊させたとか」


「……はい」


殿下の指が、書類の端を握った。


「あれは、支援魔法専門のはずだったろう」


「……鑑定書を、覚えていらっしゃいますか。殿下」


「……」


「破壊魔力指数S、でした」


殿下が、黙った。


長い沈黙だった。


「……呼び戻せ」


絞り出すような声だった。


「使者を出せ。エルンスト令嬢を呼び戻せ」


俺は頷いた。


でも、心の中で別のことを思っていた。


あの女が、素直に帰ってくると思うか。


謝罪もなく、命令口調で呼び戻そうとして。


十年間、名前すら報告書に載せてやらなかった俺たちが。


(……帰ってくるわけがない)


でも、俺は言わなかった。


言えなかった。


「承知しました、殿下」


ただ頷いて、部屋を出た。


廊下に出た瞬間、足が止まった。


カールが、廊下の端に立っていた。


「……聞いていたか」


「全部」


「そうか」


「団長」


カールが、静かに言った。


「俺は一つだけ聞いていいですか」


「……何だ」


「エルンスト令嬢が冤罪だったこと、最初からわかっていましたよね」


俺は、答えなかった。


答えの代わりに、廊下を歩き去った。


カールが後ろで、小さく息を吐く音がした。


その音が、ずっと耳の奥に残った。


使者として向かった文官が戻ってきたのは、十日後だった。


青い顔をしていた。


「……それで、何と言っていた」


「令嬢は……書類から目を上げずに、一言だけおっしゃいました」


「何と」


「『十年間待って、返ってきた言葉が命令でしたと。それが答えです』と」


俺は、目を閉じた。


そうだ。


そうだろう。


「次の使者は不要とも。答えは変わらないと」


「……そうか」


「団長」


文官が、おずおずと言った。


「令嬢の執務室を出る時に、廊下で魔導師団長のシュタルク閣下とすれ違いました。閣下は……令嬢の執務室に入っていかれました」


「……そうか」


「あの……令嬢は、向こうで、大切にされているようでした」


俺は何も言わなかった。


大切に、か。


十年間、一度もしてやれなかったことを、別の国の男がやっている。


(自業自得だ)


そう思いながら、それが慰めにならないことも、わかっていた。


英雄と呼ばれた男が、今、廊下で壁に背をつけて、天井を見上げていた。


取り返しのつかない十年分が、ただ、静かに重かった。



━━━━━━━━━

第五章 使者と、決意

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アルデリックの執務室に呼ばれたのは、エストラートに来て三ヶ月が経った頃だった。


「ライゼンベルクの使者が来ている」


静かな声だった。


私は少しの間、黙っていた。


「……そうですか」


「通すか、断るか。あなたに決める権利がある」


アルデリックはそう言って、私を見た。


押しつけがましくない。ただ、私に選ばせる。


この男はいつもそうだ。


「……通してください」


使者は、若い文官だった。


紺色の制服。ライゼンベルクの紋章。


私を見て、一瞬だけたじろいだ。


三ヶ月前と、私の雰囲気が変わっていたからかもしれない。


当然だ。


三ヶ月前の私は、泥を浴びながら城門を出た追放者だった。


今の私は、エストラート魔導師団の一員として、毎日攻撃魔法を磨いている。


「ルシア・エルンスト令嬢。クラウス・ライゼンベルク王太子殿下より言付けを預かってまいりました」


「どうぞ」


「殿下は、令嬢の無実を認め、名誉を回復することを約束される。つきましては――速やかにライゼンベルクへ帰還し、魔導師団への復帰を命じる、と」


命じる。


その二文字を聞いた瞬間、私の中で何かが、静かに固まった。


「命じる、とおっしゃいましたか」


「は、はい。殿下は、令嬢のお力が今の我が国には必要であると――」


「謝罪は?」


「……は?」


「十年間、攻撃魔法を封じ続けたことへの謝罪は? 冤罪で追放したことへの謝罪は? 民衆の前を引き回したことへの謝罪は?」


使者の顔が、引きつった。


「そ、それは……殿下は、名誉の回復という形で――」


「形で。なるほど」


私は少し笑った。


笑えた、ということが、自分でも少し意外だった。


「クラウス殿下に伝えてください」


「は、はい」


「十年間待って、返ってきた言葉が『命令』でしたと。それが答えです、と」


使者は、何も言えなかった。


「もうひとつ。次に使者を寄越す必要はありません。私の答えは変わらない。変える気も、ない」


「……っ、し、しかし令嬢! このままでは我が国は――」


「それは、私には関係のないことです」


声は、穏やかだった。


怒鳴らなかった。叫ばなかった。


ただ、はっきりと、告げた。


使者が退出した後、私は椅子の背もたれに身を預けた。


胸の中が、凪いでいた。


迷いが、完全に消えていた。


(謝罪ではなく、命令で呼び戻そうとする)


(この国は、何も変わっていない)


(ならば私がやることも、変わらない)


夜になって、アルデリックが執務室に来た。


何も言わずに、私の隣の椅子に座った。


しばらく、二人とも黙っていた。


「……使者の話を、聞いていましたか」


「聞いていなかった。でも、あなたの顔を見ればわかる」


「そうですか」


また、沈黙。


「決めたのか」


一言だった。


私は、頷いた。


「決めました。あの国は――滅ぼさなければ、何も終わらない」


アルデリックは何も言わなかった。


ただ、私の隣に、いた。


その温度が、じわりと胸に滲んだ。


目が、熱くなった。


泣かない、とずっと決めていたのに。


一粒だけ、こぼれた。


すぐに袖で拭いた。


「……みっともないですね」


「みっともなくない」


アルデリックが言った。


「十年分だ。一粒で足りないくらいだ」


私は、また少しだけ泣いた。


そして、笑った。


泣きながら、笑った。


奇妙な気分だった。


でも、悪くなかった。



━━━━━━━━━

第六章 最強の炎、祖国へ

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開戦は、春の終わりだった。


エストラート王国が正式にライゼンベルクへ宣戦布告したのは、外交交渉が完全に決裂した三日後のことだった。


その日の朝、アルデリックが私に告げた。


「先頭を、お願いできますか」


「はい」


即答だった。


迷いは、なかった。


魔導師団の先頭に立って、私は戦場へ向かった。


空は晴れていた。


皮肉なほど、青かった。


ライゼンベルクの国境守備隊が、私を見て動揺する気配が伝わってきた。


「あれは……エルンスト令嬢か……!?」

「なぜエストラートの軍服を……!」

「追放されたはずでは……!」


(そうだ。私だ。あなたたちが追放した、ルシア・エルンストだ)


胸の奥に手を当てた。


鑑定書は、今もここにある。


『攻撃特化型・破壊魔力指数S――百年に一人の逸材』


十年間、封じていたもの。


今日、全部使う。


「エルンスト! 魔法、展開!」


アルデリックの声が背後から響いた。


私は大きく息を吸った。


胸の奥の扉を、全開にした。


熱が、全身に広がる。


支援魔法を使う時の「きしむ感覚」が、どこにもない。


これが、本来の呼吸だ。


青白い炎が、手の中に生まれた。


それを、空へ向けて放った。


轟音が響いた。


国境の砦の城壁が、一撃で崩れた。


石造りの、分厚い城壁が。


「な、なんだ……!」

「なんだあの魔法は……!?」

「一撃で城壁が……!!」


守備隊が崩れる。


私は止まらなかった。


一撃。一撃。一撃。


砦が燃える。城壁が崩れる。守備隊が後退する。


(十年分だ)


(この十年分の全部を、今日返す)


   ◆


騎士団との最初の交戦は、国境から三十里の平原だった。


エーリヒが先頭に立っていた。


遠目からでも、わかった。


「エルンスト令嬢!!」


エーリヒが叫んだ。


「やめろ! 俺たちはお前の仲間だ! 同じ国の人間だ!!」


(同じ国の人間)


空を飛びながら、その言葉を聞いた。


(十年間、同じ国の人間として扱ってくれたことが、一度でもあったか)


魔法を、構える。


「待て! 俺は間違いを認める! お前の手柄を奪い続けていた! 全部俺のせいだ! だから……!!」


声が、震えていた。


地に膝をつきながら、叫んでいた。


私は一秒だけ、その姿を見た。


「知っています」


静かに言った。


「最初から、知っていました。全部」


「……っ」


「でも、あなたたちは一度も、止まらなかった」


エーリヒが、崩れた。


剣が、地面に落ちた。


私は、もう見なかった。


青白い炎を、騎士団の陣形へ向けて放った。


轟音。


防衛ラインが、砕けた。


   ◆


王都が見えてきたのは、二日後だった。


城壁の上に、人影があった。


金色の髪。青いマント。


クラウスだ、とすぐにわかった。


「ルシア・エルンストォ!!」


叫び声が、風に乗って届いた。


「やめろ! やめろ! お前は何をしている! 自分の国に刃を向けるか!!」


(自分の国)


その言葉に、私は少しだけ笑った。


声が届く距離まで、降りた。


「殿下」


静かに、告げた。


「私はとっくに、この国の人間ではありません」


「黙れ! お前がいなければこの国は……お前の力が必要なのだ! 帰ってこい! 謝る! 謝るから!!」


謝る。


十年間、一度も言わなかった言葉が、今になって出てきた。


(遅い)


(十年分、遅い)


「殿下は『命じる』とおっしゃいましたね。使者を通じて」


「あれは……! 言い方が悪かっただけで……!」


「民衆の前を引き回しましたね。泥を、浴びせましたね」


「……っ」


「十年間、私の魔法で勝ち続けておいて、必要なくなったら捨てましたね」


「それは……それは……!」


クラウスが、何かを言おうとした。


でも、言葉が出てこなかった。


「殿下」


私は、もう一度だけ言った。


「あなたは十二歳の私の鑑定書を見て、恐れた。だから封じた。そうですよね」


沈黙が落ちた。


長い、沈黙だった。


クラウスの顔が、ゆがんだ。


答えは、その顔が全てだった。


「……そうか。やっぱり、そうだったんですね」


私は手を持ち上げた。


青白い炎が、手の中に生まれる。


「廃太子の処分書は、もう出ていますよ。年間六万金貨の歳費も、三つの侯爵家との縁も、婚約者も、後継者としての十年分も――全部、今日終わります」


「や、やめろ……! 全部失ってもいい……! お前さえ……!」


「全部失ってから言うんですね」


炎を、城壁へ向けて放った。


轟音。


煙。


城壁の一角が、砕け散った。


クラウスが転倒する。


「うわあああ!!」


次の魔法を構える。


王宮の塔が一つ、崩れた。


次の塔が燃えた。


守備の騎士たちが一斉に武器を投げ捨てて逃げ出す。


城壁の上でクラウスが膝をついた。


その姿を、私は空から見下ろした。


(これが、答えだ)


(私が守ってきた国が、今、私の魔法の前に膝をついている)


もう一撃。


王宮の正面門が、轟音とともに崩れた。


炎が上がる。


煙が空を染める。


青白い光が、王都の空に広がった。


   ◆


王宮の正門が開いたのは、それから一時間後だった。


ライゼンベルク王国が、降伏を宣言した。


城壁の下で、クラウスが地面に額をこすりつけていた。


「……エルンスト令嬢……! 頼む……! 許してくれ……! 俺が間違っていた……! 最初から、ずっと間違っていた……!!」


声が、かすれていた。


泥の上に額をつけて、叫んでいた。


私は、その姿を見た。


一秒だけ。


「殿下」


静かに言った。


「あの日、民衆の前を歩かされた時、私もこれくらい惨めだったと思います」


クラウスが、言葉を失った。


「覚えていてください。ずっと」


それだけ言って、私は視線を外した。


もう、見なかった。


アルデリックが私の隣に並んだのは、降伏宣言の直後だった。


   ◆


「終わった」


短く言った。


私は頷いた。


「……終わりましたね」


空は、まだ明るかった。


王都の一部が燃えている。煙が上がっている。


王宮の塔が二本、崩れて瓦礫になっている。


「後悔は?」


アルデリックが聞いた。


「……ないです」


本当に、なかった。


「十年待たせてしまって、申し訳なかったとは思います。自分の魔法に」


アルデリックが、かすかに眉を動かした。


「あなたの魔法は、今日のためにあったのかもしれない」


「そうかもしれません」


「では、申し訳なくはない」


私は空を見上げた。


王都の上空に、まだ私の魔力の余韻が漂っている。


青白い光の粒が、空気の中でゆっくりと散っていく。


きれいだと、思った。


十年間封じていたものが、今、空に広がっている。


「ルシア」


名前を呼ばれた。


アルデリックが、珍しく私の方を向いていた。


「よくやった」


たったそれだけの言葉だった。


でも。


「……はい」


私は、燃え盛る王都を背に、笑った。


泣きそうだったけれど、今日は泣かなかった。


全部終わったから。


十年分、全部終わったから。


そして今、私の魔法は空に燃えていた。


誰にも封じられることなく。


誰にも奪われることなく。


高く、高く、どこまでも。


青白い炎が、春の空を染め上げていた。


それはまるで、十年分の叫びが、やっと形になったみたいだった。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!


「捨てた女は最強でした。今さら後悔しても、私の魔法で滅ぼす」、いかがでしたか?


スカッとした!と少しでも思っていただけたなら、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やリアクションで応援いただけると、本当に飛び上がって喜びます!


また他の作品でも、お会いできることを楽しみにしております(*‘ω‘ *)

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