第4話 俺は東雲さんが好き
その後も不機嫌になったと思わしき胡桃は、俺の腕にしがみついたまま無言だった。
俺から話題を提供する気にもなれず、胡桃にくっつかれて数多の視線を感じたまま、俺はマンションに帰った。
「――あの、そろそろ放してくれると助かるんですが」
玄関の前に来ても胡桃が放してくれないので、痺れを切らしてそう言った。
すると、胡桃はぷく、と可愛らしく頬を膨らませる。
「絶対逃がさないから! 明日は絶対一緒に登校するから!!」
胡桃は捨て台詞の様にそう言って、自身の家に突っ込んでいった。
なんなんだ、まったく……。
溜め息を吐きながら、家の鍵を開ける。
母親は専業主婦なのだが、買い物中なのか家には不在だ。
取り敢えず、自分の部屋に入り、鞄を置こうとした瞬間――。
鞄の中のスマホが鳴った。電話だ。
鞄に手を突っ込み、誰だ――と思いながら発信者を見ると、なんと『青木晴翔』と表示されていた。
困惑しつつも電話に出る。
「もしもし?」
『もしもし、俺だ、晴翔。……なぁ、東雲さんとどういう関係なんだ?』
「……藪から棒になんなんだ」
東雲、つまり胡桃。
噂になる様な事はした――というかされたが、だからと言って、何故直接電話なぞ掛けてくるのか。
『頼む、教えてくれ』
「…………」
あまりにも真剣なトーンだった。
……こういう時は、正直に言うに越した事は無い。
「ただの幼馴染だ。中学は違ったけどな。それ以上でもそれ以下でもない」
『……なぁーんだ、そうだったのか……男嫌いで有名な東雲さんが距離近い男子って聞いたから、てっきり彼氏か何かなのかと……』
「男嫌い……?」
初耳である。
小学校の時は特にそんな事は無かった気がする。中学校に入ってからだろうか?
いや、だとしても、それにしては俺に対して距離が近い。やはりこれは、胡桃の謀なのだろうか……?
「なあ、胡桃って普段学校でどんな感じなんだ?」
ついでなので、青木に訊いてしまおう。
『おおぅ、名前呼びなのか……まあそれはいいとして。うーん、普段は結構物静かな感じかな? まあ、滅茶苦茶可愛いから男子も女子も集まって、必然的に騒がしくなりがちだけど、東雲さん本人はあんまり騒がしい印象は無いかな……。それと、男子とは結構距離を取ってるかな。連絡先知ってる男子も居ない――ああいや、俺が今話してる奴以外には居ないよ』
「ふむ……」
連絡先を渡さなくて、距離を取る程男嫌いなのに、俺にはあんなにくっついてくるのか……?
陰謀か。陰謀なのか。
俺はまた陥れられるのか。
俺が考え事に耽り始めた所に、青木が思考を乱す発言を入れてきた。
『なあ……赤月って、東雲さんが好きなのか?』
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
俺が? 胡桃を?
何かの間違いだろう。
そもそも、俺は多分、これから誰かを好きになる事は無いだろう。
それぐらい、中学時代に味わった心の傷は深いのだから。
思い出すと辛くなりそうなので、深呼吸して痛みを押し殺し、青木の問いに答える。
「いや、そんな事は無いけど」
『そっかぁ……はぁ、よかった』
「そういう青木はどうなんだ?」
『え、ええ!? い、イヤ、オレハ……チガウヨ』
「いや……明らかに声が浮いててバレバレだぞ。心配しなくても、誰かに言うような事はしないから安心しろ」
『そ、そうか……うん、俺は東雲さんが好きだよ』
自分で言うのもなんだが、よくこんな発言を信じて、自分の本心を俺に明かしたな、と思った。
青木は純粋な人間なのだろう。
純粋ゆえに、胡桃に向ける率直な好意を、眩しく感じた。
「そうか……俺は応援するよ」
『ほ、本当か!? 俺、男嫌いの東雲さんは無理だと思って諦めてたけど、頑張ってみるよ……!』
「おう」
……なんか、いいな。
誰かを好きになって、ドキドキして……。
俺にはもう、そんな事は来ないのだろう。
そう思うと、なんだか青木を手助けしたくなってきた。
「なあ……良ければだけど、不自然にならない程度に、青木の事をどう思ってるか、胡桃に訊いとこうか?」
『い、いいのか!? むしろお願いしたいくらいだ!! ありがとう! 赤月――いや、真白は最高の友達だ!!』
「……友達、ね……」
他の誰に言われたとて、俺は鼻で笑っていただろう。
でも、なんだか、胡桃に純粋な好意を向けている青木は……なんだか、少しだけ信じられる様な。そんな気がした。
「……そうだな、晴翔」
『おう! 困った事があったらいつでも頼ってくれ!』
「あ、それなら早速一ついいか?」
『勿論だ!』
そう言われて、一つ頼みたい事が出来た。
晴翔が電話を掛けてきた原因である、噂を消火したいのだ。
「なんかこう、出来たらでいいから、不自然にならない様に……俺と胡桃がただの幼馴染で、交際関係で無いって事をみんなに広めて欲しい。薄っすらでいいから」
『ん、まあいいけど……それはどうしてなんだ?』
「理由は言えないけど、諸事情であんまり目立ちたくないんだよ……。三年間隅っこで生きていたいんだ」
『なんだか、変わってる奴だなぁ……あ、悪い意味じゃないからな? まあ、そういう事なら分かった。あ、もしみんなと馬鹿したくなったら、いつでも俺の友達を紹介するからな!』
「……おう」
やはり晴翔は、これまで関わってきた奴らとは、少し違うのかもしれない。
『あ、そうだ……昼過ぎに、クラスのみんなが打ち解ける為にカラオケでも行こうと思ってるんだけど、真白もどうだ?』
「あー……いや、俺はいいよ」
『そうか……まあ分かった。それじゃあ、また明日な』
「おう、また明日」
ツー、ツー、と言って電話が切れた。
……なんだか、今日は色々と、周りが変わって見えるな。
さて。
胡桃が不機嫌そうだし、晴翔の事を訊くついでに、昼飯でも久々に誘ってみるか。
RINEを開き、胡桃へのメッセージを送る。
『真白)なあ、昼飯一緒にどっか食いに行かないか?』
メッセージを送って一秒もせずに既読が付いた。怖。
『胡桃)いく』
『真白)じゃあ、12時過ぎに家の前集合で』
『胡桃)わかった』
『胡桃)楽しみにしててね!!』
――何を?
心の中で問いながらスマホを置き、制服を脱いだ。
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