第9話 よしよし
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胡桃は静かに話を聞いてくれた。
時折相槌を打ちながら、真剣な表情で。
そして、全てを聞き終えてから、胡桃は言った。
「う~ん、取り敢えず、なんで私以外の人に告白してるのとか、なんで黙ってたのとか、それ浮気だよねとか、色々言いたい事はあるけど、反省してるみたいだし置いておいて」
いや、最初と最後は間違ってないか……? と思ったけど、胡桃の顔が真面目な感じなので、黙っておく。
「まあ、その女達の名前と顔教えてもらっていい? 刺しに行くから」
「怖いて! 今そういう話じゃなかったろ、絶対……」
目にハイライトが無くて、本気で言っている様に見える。
いや、マジで本気なのかもしれない……うん、考えると怖くなるからやめよう。
「とにかく。俺はもう女――いや、人がそう簡単に信じられない。怖いんだよ」
「それは、私も?」
「……ああ」
信じたい気持ちはある。
論理的に考えれば、胡桃は俺の事をよく考えて行動してくれているんだろう、という事も分かる。
でも。
感情が、俺の考えを否定する。
信じるな、騙されるぞ、と。
そんな俺に対して、胡桃は言った。
「ちょっとそこに座れる?」
「……は?」
「いいからいいから」
座れ、と言われても、ここには椅子も何も無い。
胡桃に促されるまま床に座り、何をしたいのか訊こうとする。
しかしその瞬間、胡桃は膝立ちになり、俺の頭を自身の胸に抱え込んだ。
「――うわっ」
「よしよし」
「――…………」
そして、俺の頭をゆっくりと撫で始めた。
同年代の異性の胸に顔を埋めて、甘えて。
恥ずかしくない訳が無い。
でも、今はそれよりも。
「――あ……」
自分でも訳の分からない感情の奔流が、俺の瞳から涙として溢れ出た。
胡桃のブラウスの胸元が濡れていくが、胡桃はそんな事は気にせず、ただただひたすら無言で俺の頭を撫で続ける。
同情の言葉も、憐憫の言葉も、何一つ掛ける事無く。
ただ、温かい掌と、そこから伝わる慈愛の感情だけが、俺の心を満たしていった。
どれくらいの時間が経っただろう。
多分、チャイムが鳴ってからしばらく経っている筈だ。
時間も分からない程泣いて泣いて泣いた俺は、ようやく泣き止んだ。
「……ズズッ……すまん、制服、汚して……」
「ううん、大丈夫だよ。あ、それより、はい、ティッシュ」
鼻を啜りながら謝罪した俺に、胡桃はティッシュを差し出した。
俺はそれを使って鼻をかんだ。
「ありがと……もう、授業始まっちまったな」
「んー、そうだね。どうする? 早退する?」
「んな簡単に……」
「ちょっと待っててー」
胡桃はそう言い残して、部屋を飛び出していった。
「ね? 言ったでしょ?」
数十分後。
俺と胡桃は、揃って早退していた。
どういう言い訳を使ったのか、教師も納得しており、普通に帰る事が出来た。
晴翔やその他のクラスメイトからの視線が痛かったが、その辺りは後で説明すれば――いや、どう説明すればいいか分からなくなってきた……。まあ、後で考えよう。
「それよりさ。ちゃんと、話そ?」
胡桃がそう言いながら差し出した手を、俺はしっかりと握る。
「……ああ、分かった」
俺の答えに満足したのか、胡桃は満面の笑みを浮かべて、足取り軽く歩き始めた。
俺はそれを苦笑しながら見て、一歩を踏み出しマンションへと向かった。
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