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くだんの件、ジュウゴの君へ  作者: 牧田沙有狸


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昭和百年の大日本婦人会

 勢いで、もんぺの衣装のまま飛び出してしまった。

 千代美は九段生涯学習館の多目的室を出て階段を駆け下りた。下駄から自分の靴に履き替えた時、一瞬我に返ったが怒りの勢いでそのまま外に出た。

 九段下の坂道を見て、人間は細胞分裂をして数時間で増殖するものだったかと本気で思ってしまった。朝、来た時はこんなに人がいなかったのに、武道館で入学式でもあったのかすごい人だ。ただでさえ人が多いのに、良い天気だからみな桜にカメラを向け流れていない。

 北の丸公園でお花見散歩でもして落ち着こうと思ったが無理だと悟った。

 反対方向、神保町方面でブックカフェにでも行くかと思ったが、カバンを置いてきてしまったのでスマホも財布もない。横断歩道を渡った先にある昭和館ならこの衣装が馴染みすぎて良さそうだが、常設展示室大人は有料だ。せっかく行くなら見たいので、行かない。

 とにかく、少し歩こう。神保町方面、まないた橋の所まで歩いた。キレイな川ではないが、水辺に行くとクールダウンできる気がしたのだ。

 昭和百年、戦後八十年。

 「戦時下の舞台なんだけど、一緒にやらない?」と、大学時代の友人、国本に誘われた。卒業してから男友達と言い切れる存在は新たにできず、性別を無視して話せる貴重な存在ではあった。社会人として出会う男性はみな、女性として見ないと失礼だという雰囲気を出してくる。いろんな意味で「女」としてしか見られないことが虚しくなってくる。

 大学卒業後、演劇の世界からは遠ざかっていたが、去年仕事を辞めて、ふらふらしていたので割り切った趣味として参加することにした。昔のように大きな夢と野望を抱えて、実生活とのバランスに悩むこともない。ただ無職を満喫しようと決めた。

 戦後八十年、昭和百年は今年だけ。その言い訳は今しかない。今だからやるんだと、将来に全く繋がらない自分の行動を肯定する。次の仕事とか、結婚とか、先のことを今は考えないで目の前の芝居に打ち込む。この瞬間に、昔ハマっていたことをやると思うとわくわくした。二十代で後ろめたかったのに、三十六で思いっきりできる。こんな未来は想像していなかった。この先何が起こるか分からない。楽しんでみよう。

 そう希望に燃えていたのに、国本の脚本、演出が酷すぎて、千代美は爆発しそうになった。

「なんで、そうなるんだろう」

 橋の欄干に肘をついて頭を抱えた。

 『君と駆け抜けた銃後の夜』という青春コメディ。コメディだと言い切れば全体的には受け入れられるが、少年マンガとB級映画の内輪受けのノリが時々許せなくなる。学生時代はその青さが面白いと思ったが、三十五歳をすぎても続けているのは何とも痛々しい。国本と再会して世界観がまったく変わっていないので千代美は逆に感動してしまった。

 しかしこの劇団、なんだかんだ細く長く続けてきたので、それなりのファンがついているらしい。脚本を「ご自由にお使いください」と無料でネットに公開していたら、文化祭で演劇をやる高校生の間で広まり、その界隈では有名な作品も何点かあるという。どんな作品を上演しても見に来てくれる一定数の人がいるという安心感。ほとんどの劇団員は時間の融通の利く仕事に就いていて、別にこの芝居で勝負しようというわけでもない。懐かしさに溺れながら、無職を満喫するには最高の遊び道具だと思った。

だが、千代美は許せなくなってしまった。

 まず『銃後の夜』という盗んだバイクで走る夜を想像させる、ふざけた言葉選びだ。

 二十歳の男が主人公。幼なじみの十五歳になる少女と恋仲になっているが、召集令状が届いてしまう。出征する前日の夜、二人は思い出の場所に行き別れを惜しむ。しかし、そこは未来へと通じる場所で、八十年後にタイムスリップしてしまう。二人は令和七年を楽しむ。翌朝、昭和二十年、二人の遺体が見つかる。平和な未来の夢を見ながら永年の眠りにつく。

「面白いのか? あ、どこか面白いんだ」

 千代美は頭を抱えてつぶやく。

 赤紙が来たけど本当は行きたくない。行かないで。二人で逃げちゃおうか。ダメだよ。ああ、こんな時代でなければ。大人たちはバカだ。なんで戦争なんかあるんだ。戦争反対。そんな夜だ。それこそ世の中や大人への反発、何にも縛られたくない思春期の夜を書きたいんだろう。自由を求めて逃げ込む夜は銃後にはない。

『君と駆け抜けた戦時下の夜』じゃ、締まらないのも分かる。けど、国本は音と字面だけでかっこいいと思って「銃後」を使っているだけだ。と千代美は叫びたい。

 戦後八十年のイベントとしてやるというので、千代美は自分なりに勉強した。昭和館にも何度も訪れて、当時の人の目線で考えられるように資料を見たり本を読んだりした。

 タイムスリップもの、現代人が戦時下に行く話が多いから逆にしてみただけで、なんのメッセージもない。いや、メッセージとかとテーマとか茶化している。そのくせ、道徳の教科書みたいな台詞を多用し、舞台表現の抽象性を上手く使ってメロドラマを作り上げようとしている。

 戦争を知るきっかけという役割だけを担うなら、身近な人の死や男女の理不尽な別れを描けば戦争のつらさが伝わるんだろう。世の中にたくさんある戦争映画やドラマは、感情に訴えかけられたかどうかで評価が決まる。「感動した」「切ない」そんな気持ちにさせながら、知らない世界を知るきっかけにさえなれれば作品は成功なんだ。ある種、虚構世界の使命。舞台の芝居なんて、表現としてリアルである必要はないから特にそうなんじゃないかと納得せざるを得ない部分もある。

 そして自分はよそ者。それが国策だと言われ従うように、国本の劇団が作るものに従うまでだ。この芝居自体がくだらない言葉遊びをさせられているようだ。

「お国のためか」

 ここまで呆れるなら参加しなければいいのにと思うが、ふらふらしている自分を国本が必要としてくれたことが正直千代美は嬉しかった。そして、この世界観を好きなお客さんがいて、その人たちに自分も役者として褒められたいという気持ちがどこかにあった。一度舞台に上がった者しか分からない感覚だ。

 だから少しでもいい芝居にしたくて、銃後の描き方が納得いかないことを伝えた。知識を総動員して脚本や演出に口を出した。ブランクがあっても発声練習の成果が出て声が良く通る。少し強めに感情を乗せただけなのに、国本に「そんなにヒスるな」と言われた。

 付き合いが長いので、多少誇張した言い方をしてもボケ程度に受け止めツッコんでくれると思ったんだろう。思って言っていると分かったが流せなかった。その場にいた他の男たちが少し笑ったのが聞こえた。

 ヒステリーが女の病気と言われてきた時代があって、それを未だに引用する人たちがいる。しかも冷静に伝えているのに、聞きたくない話、彼らにとって都合が悪いとヒステリー扱いされる。元職場の上司にも「女は感情的だ。すぐヒステリーを起こす」と言われた。

いろんな思いが駆け巡り、その場にはいられなくなって千代美は脱走した。

 学生時代は勉強していろんな知識を持っていれば、選択肢が広がるからと言われた。実際、広がった。女の子だから関係ない。もうそんな時代じゃないんだと感じた。就職して、この世界はまだまだ男社会で成り立っていると痛感した。長いものに巻かれるというか、時と場合で昭和のノリを受け入れないといけなかった。対応できるのが大人の女だった。千代美を取り巻く世界は旧世代の価値観が優勢であった。上司のセクハラまがいな会話に笑顔で対応。女の仕事は前に出る男の後ろで支えること。男の戻る場所を護ること。そして子供を産むこと。どれも納得しないのに肯定するような反応を強いられた。まるで前線と銃後だった。

 うまく立ち回れず限界を感じて会社を辞めた。

 千代美にとって国本は、性別で判断されない学生時代の対等な関係を永遠に続けられる相手、一生一緒にバカなこと言い合える存在だ。

 国本からの明らかな好意は幾度となく感じて、気づかないふりをしてはぐらかしてきた。

 芝居だけでは生活できない劇団座長。そんな男の恋人や妻になるなんて、どんな形にせよ「支える女」にされてしまう。けなげな妻か面倒を見る母にされるのはごめんだ。

 国本には芝居を続けて欲しい。だから対等な関係性を保つなら友達が理想だ。男として受け入れられないからではない、人として好きだから友達でいたいのだ。恋人の方が格上だとは思わない千代美の一方的な願いかもしれないけど、二人の関係性は段階を経て変わっていくことはない。変わったり、近づきすぎたが故に壊れたりしたくない。別の場所でお互いが頑張っているから勇気づけられる、戦友のような人でいてほしい。

 だから、もどかしい。

「銃後って、なんなのよ」

 千代美は川に向かって叫んだ。思った以上に響いた。

 後ろで、後ずさる靴音がした。振り向くと、中学生ぐらいの女の子が見ている。警戒するように一定の距離を保ちながらも、千代美の服を見ている。

 引かれている気がした。あれこれ言い訳するのも面倒くさい。

「あの、その服って、戦争中の」

「あ、うん」

 千代美は物珍しそうに注目されると、何かを見せたいという役者スイッチが押される。倒置法で言われたもんぺの説明。「戦争中の」という言葉に悪巧みが浮かんだ。

 稽古場で作っていた戦時中の女性の気持ちを思い出す。非常時、お国のため、ぜいたくは敵。兵隊さんは頑張っている。だから自分たちも頑張る。オシャレなんかできない。

 千代美は演技でその女の子のことを不思議そうに見た。そして周りを見渡した。

「え? え? ここ、どこ?」

 突然、自分のいた場所が変わったかのような驚き方をしてみた。

「九段下です」

「今、何年?」

「令和七年ですけど」

「れいわ? 昭和じゃなくて?」

「あ、昭和だとちょうど百年です」

「百年?!!」

 そうだ、昭和百年、戦後八十年のイベント。

 千代美の役は大日本婦人会のおばちゃん。若者たちの行動をいちいち指摘して「お国のため」「非常時」を連呼して意地悪する。

 意地悪というのは十五の小娘目線で描かれた人物像で、同じ視点で見る観客はそう感じるだけだ。物語の中では悪役として書かれているが、唯一時代に即している人、例えるなら『火垂るの墓』のおばさんだ。時代背景を知れば、あの人がただ意地悪をしたいわけじゃないと分かる。だけど、見ている側は主人公が可哀想って思ってしまう。国本はそんな深いことまで多分考えていないが、演じるに当たって千代美はそう解釈した。

 千代美のおばちゃんがリアル過ぎるのに対して、主演の十五歳設定は「舞台だからそういうことにして見てください」要素が多すぎる。看板女優、美咲は小柄で若々しいけど、もう二十五歳だ。脚本・演出の国本は、彼女を可愛がって主演を美しく見せることだけに時間を費やしている。そんなに才能があるようにも見えないのに色々優遇されている。若いからかって言うほど若くない中途半端な若さへの対抗心、この脚本でここまでやれる自分を役者としてもっと評価しろという承認欲求がこじれていく。

 苛立ちと少しの羨ましい気持ちに美咲の役を演じてみたくなる。

「もしかして、タイムスリップしてきたんですか?」

 女の子は目を輝かせて千代美に聞いてきた。

「タイムスリップ??」

 日常会話でその言葉が出るとは思わなかった。千代美は戸惑いつつも少し嬉しそうな顔をしてしまった。やっぱり若い子はそういう異世界転生みたいな状況を普通に受け入れられる世界線にいるのか。宇宙人とか未来人とか超能力者が友達にいるのか。

 予想不能のエチュードが始まる。


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