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くだんの件、ジュウゴの君へ  作者: 牧田沙有狸


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十五の気づき

 小学校の時に広島の被爆者の話を聞く講演会があった。戦争体験者の見た悲惨な光景や、家族が亡くなっていく悲しさ、その人一人を通していろいろ知った。講演会の感想文を書かされた。よく書けている作文は学年便りになって配られた。「戦争がそんなにひどいものだと知りませんでした」と書いている人がいた。

 中学に入って東京大空襲の体験者の話を聞く機会があった。作文の得意な人はだいたい同じなんだろうか、小学校の時に選ばれた人がまた「戦争被害がこんなにも残酷なものだと知りませんでした」と書いて貼り出されていた。

 すべてがバカバカしく思えてしまった。この人はいつ戦争の酷さを知るんだろう。他人の体験だから忘れてしまうんだろうか。結局、大人たちが褒める作文は定型文であって、その人が継続的に学習してきたかどうかなんて関係ない。愛依は講演会の意義が分からなくなった。学校行事で体験者の話を聞く平和学習が好きになれなかった。戦争の話は聞きたくなかった。せめて作文がなければいいのにと思っていた。

「気持ち悪いやつか」

「あ、ごめんなさい」

「いや、わたしもあれ嫌い。なんて言ったら憲兵に怒られるね。非国民だって」

「非国民、あ、それも聞いたことある。国民じゃないって言われるのそんなに嫌なもんですか」

「当たり前じゃない」

 千代は愚問だと言うかのように声を荒げた。

 別に日本国民じゃないって言われても何も感じない。愛国心みたいなものがないからだろうか。逆に、愛国婦人会って言われた時はすごく悲しかった。あなたとわたしたちは違うと差別され、仲間はずれにされたような気がするからだろうか。その言葉が含む意味は真逆だけど、使い方は同じようなものだ。

 クラスの女子が『簡単おやつレシピ』をネタにして、紗菜と川島さんが「愛国婦人会」とふざけて笑った瞬間がスライドショーのように脳内に再生される。

 愛依は目の奥が痛くなってうつむいた。

 その姿が、愛依が怒られて萎縮しているように見えたのか、千代は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい、強く言いすぎた? わたし、いつもこうなの、ごめんね」

「あ、違うんです。わたしも、言われて嫌だった言葉、思い出して」

「なんて言われたの?」

「愛国婦人会」

 千代は一瞬キョトンとして笑いだした。

 酷いあだ名が笑いに昇華され、つられるように愛依は笑いながら返す。

「意味、分かんないですよね」

「うん。国防婦人会じゃなくて、あえて愛国婦人会」

「国防婦人会、それも知ってる。ウィキペディアで見ました。愛国婦人会、最初はマンガの影響でふざけて友達同士で言ってただけなんです。それが、だんだん、いい意味に使われなくなって、うちの母のあだ名みたいになって、最近はわたしも言われるようになって。うちのお母さん、専業主婦で学校の保護者の活動に積極的に参加してるんです。三姉妹で、わたし一番下だから小学校だけで十五年。お母さんは常に、お父さんやおばあちゃんに文句言われないように生きてて、家の仕事以外の仕事として学校の活動を生きがいにしてるみたい。友達の母親はみんな仕事してて、そんな感じじゃなくて」

 千代の反応に少しだけ救われて、母のこと話したくなった。

 この人は本当に戦時中の人じゃないから、きっとウィキペディアって言っても分かるだろうが、分かっている前提で話すのも今までのやりとりが無駄になるようで面白くない。だからといっていちいち説明してたら言いたいことが言えない。自分のなかで都合良く、面倒くさいことははしょって話した。

上手く説明できているかもどかしいけど、聞いて欲しくなった。

「十五年」

「はい。中学入れたら十八年目になりますね」

「つまり、愛さんが生まれる前から愛国婦人会。それ以外のお母さんを、知らない」

 え。

 それ以外のお母さんを知らない。

 愛依は千代に言われて、当たり前のことが見えていなかった気がしてきた。

 知らないと言うことに衝撃が走った。

「そういうことになるのか・・・・・・」

 学校で将来就きたい職業とか書かされた時、愛依はよく分からなくなった。

父が教師とか、母が保育士とかで自分もそうなりたいって書いている人がいた。身近な大人の仕事に興味を持つのはよくあることなんだろうけど、今、専業主婦なりたいって書いたら、働かない道を選ぶズルい女って思われる気がしてしまった。友達が自分の母親の姿を見て看護師になりたいっていうといい話になるのに、専業主婦は認められないんだろうと思ってしまう。

 今、大きくなったら何になりたいという質問に「お嫁さん」「お母さん」なんて言う子はいるのだろうか。中学生でも言っていたら、真面目に考えろと怒られるか、家に縛られている複雑な事情があるのかと心配されるのではないだろうか。

 将来の夢イコール何かしらの職業に就くという答え方が、自分の家族を貶めているように感じることがあった。

 でも、それは母に対する決めつけだったのかもしれない。母になる前に母の人生があった。そして娘三人が成人したら、母は違う人生をまた始める可能性だってある。自由に自分で選べる時代だから。

「十五歳もいろいろ大変ね」

「銃後ほどではないですが」

 昔からの知り合いみたいに二人笑い合った。

 年の差や互いを知っている要素や時間は関係ない、友達同士のような対等な空気感をまとっていた。

 そして、何も解決してないけど、すぐに解決するものでもないと思えてきた。

 愛依は、自分は何に一番傷ついていたのか分からなくなっていく。 

 ポケットのスマホが鳴った。

 紗菜からLINE。


SANA【さっき愛依ママに会ったけど科学館行ったってほんと?】


 はあ。愛依は声に出してため息をついた。

「どうしたの?」

「友達にというか、母親にというか、まあ二人に嘘がバレた。いや、嘘はついてないけど、わざと母がミスリードするような言葉を選んで。そしたら違うってことが分かったみたい」

 ここに至るまでの詳しい経緯を話すことなく状況を説明しようしたが、巧い言葉が出てこない。愛依は思った言葉をただ並べた。

 愛依の拙い説明を理解したのか、千代は笑って言った。

「嘘はついてない、うん。わたしと同じだ」

 千代も誰かに嘘をついて、あいまいな言葉を残して勘違いさせることをしたからここにいるのだろうか。そして戦時下の人になりきって現実逃避してる。愛依はそう解釈した。

「千代さんも?」

「あ、うん。わたしは怒って飛び出して、ここにいた」

「そうなんだ」

「でも、もう一度話せば分かる気がしてきた」

 もう一度。

ということは、一度はちゃんと話をした上で怒ったということだ。

 自分と同じではない。愛依は、母にも紗菜にも自分の気持ちをちゃんと話していない。分かった気になって自己完結して一方的に苛立っていた。

「帰って、話をするんですか?」

「そうだね。ここで話してわたし自身の気持ちも少し変わったし」

「わたしもです」

 気持ちが少し変わった。

 何もかも分かったふうに装えば傷つかないと思ってたけど、そんなことはなかった。傷つけていたのは自分自身だから。紗菜の発した「愛国婦人会」になんの悪意があったのだろうか。川島さんと仲良くする姿に嫉妬して、勝手にねじ曲げていただけではないか。紗菜との友情は、言葉の微妙な解釈でこじれるようなものではない。その程度で壊れるなら、とっくに修復不可能になっている。

 国防婦人会じゃなくて愛国婦人会なんだから、ある意味セレブの称号かもしれない。

「わたしも帰ります。そしてちゃんと母と友達と話しします」

 どこかスッキリとした気持ちになった。春休みが始まった時、明日は学校ないと思ったときみたいな解放感に似ている。身体が軽くなるのを感じた。

「うん。気をつけて」

「あ、せっかくだから聖地巡礼して帰ります」

「聖地巡礼?」

「はい」

 あの言葉を検索した時いろいろ調べたら、九段はゆかりの地だった。



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