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くだんの件、ジュウゴの君へ  作者: 牧田沙有狸


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2/7

タイムスリップして来た人に遭遇ごっこ

 愛依はトートバッグを持つ手に力を入れて、神保町方面に直進し橋まで行った。

 まないた橋。下には日本橋川が流れ、上は屋根を作るかのように首都高が通っている。左側は車道、右側は数メート先に違う橋(たからだ橋)が見える。川に差し込む太陽光が反射して、天井に水面の動きを映している。まだら模様がうねうねと、ゆらゆらとプロジェクションマッピングみたいだ。日が当たらない所は少し空気がひんやりとした。

「お国のためか」

 そうつぶやいて川を覗いている人がいた。和服にスニーカーを履いていた。

 愛依にはそれがすぐに「もんぺ」だと分かった。そして服装によって自己主張しているタイプの人だと感じた。社会に対して反論している風だけど少しだけ不謹慎で、ファッションとして楽しんでいる。八月に靖国神社に軍服を着ていく人の記事をネットで見たことがあるが、それに似ている。詳しいことは分からないが、こういうふざけ方は良くないと思う。中学生でも分かる。

 愛国婦人会も最初はマンガの真似だったけど、歴史的な組織を思うと、ふざけて使てはいけない名前のように思える。

 痛い大人には近寄らない。

 そう心の中で唱えて、その人の横を通り過ぎようとすると

「十五って、なんなのよ」

 女性は突然叫んだ。

 ものすごく通る声に、愛依は少し後ずさりするように靴の裏を引きずって足を止めた。

 自分に向けられた言葉ではないから関わらない方がいいと思いながらも気になる。車の走行音で決して静かではない場所なのに妙に響く女性の声が耳に残る。映画の予告動画みたい。ダイジェストで流れる場面と台詞。その中に好きな声優が一瞬だけ出てきた時に似ている。その声、その台詞はどんな物語の断片なんだと気になってしまう。

 十五って十五歳ってことだろうか。愛依はもうすぐ十五歳になる。若干十五歳の心の声が口に出て、この人に聞こえてしまったのではないかと一瞬思った。

 女性が振り向いた。その姿は戦時下ファッションのコスプレイヤーのような華やかさはなく、化粧っ気が全くなく普段着としてもんぺを着ているような感じだ。

 神保町方面へ行く橋の先は信号のある横断歩道になっている。足を止めたせいで、青信号は点滅し始めた。渡ったところでどこへ行くか決めていない。

 女性は不思議そうに愛依を見た。心の声が漏れてしまったのは女性の方だ。自分の声で愛依がびっくりして足を止めたことに気づいていない。

 愛依は思い切って声をかけてみた。

「あの、その服って、戦争中の」

「あ、うん」

 女性は愛依の言葉を聞いて、今気づいたかのように周りを見渡した。

「え? え? ここ、どこ?」

「九段下です」

「今、何年?」

「令和七年ですけど」

「れいわ? 昭和じゃなくて?」

「あ、昭和だとちょうど百年です」

 今年は昭和百年、戦後八十年と聞いていたので、即座に昭和換算ができる。

「百年?!!」

 女性の目に光が宿った。

 百年に驚いているのとは少し違う。これは真面目にツッコんではいけないやつだ、と愛依は悟った。

 母が祖母に嫌味を言われ現実逃避している時の目と同じだ。

 それは、跡取りとなる息子を産まなかった、産めなかったことをなじられた時の目。

 姉の時は初孫だから無条件に可愛がられたが、愛依の誕生は「また女か」という反応だった。愛依の誕生、存在は、母が無能な嫁としての烙印となった。母自身は傷ついているが、そんなことを言ったら愛依が可哀想、お母さんそんなこと言わないわ。娘がいるからこそ幸せ。と「優しい母」を演じている。傷ついているけど平気なフリしている。誰よりも可哀想で強い自分を全身でアピールしている。自分の話を聞いてくれる観客を見つけ、演技が始まる。愛依はいつもそんな母の相手をしている。

 自分の核がちゃんとあるファッション系じゃない。責任をどこか置いて、意識はちゃんとあるくせに憑依されたかのように装う不思議系だ。愛依は、またこの手の人に選ばれてしまったかと思った。だけど、だから、物語が始まる気がした。

 妙に響く声の続き。

 わかりきっているごっこ遊びを仕掛けられている。相手も傷つけない、自分も傷つけられないようにするには、その世界観に合わせることだ。

 愛依はタイムスリップして来た人に遭遇ごっこをしようと決めた。

「もしかして、タイムスリップしてきたんですか?」

 愛依は目を輝かせて女性に聞いた。

「タイムスリップ??」

 女性は混乱しつつも、少し嬉しそうな顔をした。

「その服、戦時中の女性の服ですよね。男性は国民服っていう制服みたいなのがあったけど、女性は着物を改造して作った『もんぺ』だったって、昭和館で見ました」

 愛依は、普段こんなキャラじゃないけど、と思いながら、なれなれしく女性に近づき、もんぺに付けられた名札を見た。

「神田千代さん、三十六歳」

「はい。千代です」

「あ、わたしは、苗字は面倒くさいからなしで、名前は愛です。愛国婦人会の愛」

 本当は、愛に依で「あい」だけど、それも面倒くさいので一字にした。ごっこ遊びの役名だ。

「愛国婦人会で説明する人、いるんだ」

 千代は笑った。

 その笑い方が自分と変わらなくて、ふいに愛依の意地悪心が芽生える。

 現代の人が戦時中にタイムスリップして当時の体験をするという物語はよくある。その物語の主人公は、最初は受け入れられなくて混乱するが、徐々に時代の大変さを理解して順応していく。

 あれは日本が戦争に負けるという事実を知りながら、その時代のことを少しでも学習しているからだろう。生まれていない時代だけど、間接的に知っているから。飛び越えた誰も知らない未来に来たら、どこまで受け入れられるだろうか。本当は知っている世界なのに、過去からタイムスリップして来た設定にしたら、その人が未来に対してどんな反応をするか分かるのか。どう表現するのだろうか。なりきり不思議系はボロを出すのだろうか。

 娘を溺愛する母を演じている母に「本当は息子がよかったんだよね」と言ったらどんな反応するだろうかと言ってみたくなったことがある。自分が傷つくか、相手をものすごく傷つけるか、分からない。言わない方がいいと思うけど、言ってしまいたくなる。まだ言ったことはないけど。

「あの、どうやって未来に来たんですか」

「どうやって・・・・・・」

 千代は首をかしげながら愛依に背を向けて川を見つめた。

 答えにつまっているのだろうか。

 愛依は隣に並んで川を見た。

 水面が反射している。

「あの、ぐるぐる、キラキラしてる水面を見てたら、吸い込まれて、気づいたら、ここにいた」

 どうしてここに来たのか分からない。気づいたらここにいた。事実をそのまま言うしかない、その素直な反応に愛依は少し拍子抜けした。同時に、過去から未来に連れてこられた人が、あれこれ、もっともらしい設定を言って、新しいものに過剰に驚く方が不自然な気がしてきた。

「あ、あれ、面白いですよね。反射して壁にも映ってる」

 高速道路ができる前は、こんなふうに投影するものなかったのだろうか。八十年前の川と繋がっている、とは思えないが、この空間がタイムマシーンの通り道のように見えてくる。  

 意地悪しようと思ったが、普通に話をしてみたくなって愛依は素直に質問をした。

「あの、十五って、なんなのよ、ってどういう意味ですか」

「え、あ、聞こえてたの?」

 千代は少し焦った反応をした。やはり声の大きすぎる独り言だったのか。

「はい。あの、わたし四月生まれなんで、もうすぐ十五歳なんですけど、その十五ですか」

「十五歳、十五。やっぱりそう思うよね」

「え?」

「あ、わたしが言っていたのは銃の後ろと書いて銃後」

「銃の後ろ、あ、あれ、ジュウゴって読むんだ。見たことある」

 日本は銃社会ではないのに「銃後」とは、どういう意味なんだろうって思っていた。戦争に行く兵隊は銃をもっているからなのか。本に出てきても意味を理解しないまま読み飛ばしていた。

「戦場、前線に対して、銃の後ろにいる。兵士を支えて間接的に戦争に参加する人たち、または日本全体のこと。兵士は男だけだから、男は前線、女は銃後って役割分担されてる。銃後の守りって言われてるけどよく分からなくなって。銃後って、なんなんだろ」

「女も戦場に行きたいってことですか?」

 愛依は純粋に、なんの意地悪な気持ちもなく疑問に思い聞いた。

「え?」

 千代は予想外に困ったような顔をした。意味が違うのだろうか。

 信号が青に変わり、神保町方面から人が歩いてくる。

千代は愛依を橋の端に寄るように促した。その立ち回りは戦時下の人にはとても見えないが、愛依は見ないふりをして黙って千代の回答を待った。

 沈黙が続いた。車の走行音がうるさく感じる。

 愛依は少しためらいつつも、今度は試すように言ってみた。

「日本、負けますよ」

 タイムスリップものでよくある台詞だ。これを言っても誰も信じてくれない。

「負ける・・・・・・」

 怒るかと思ったが、千代は深くため息をついて再び黙りこくった。

 愛依は、千代が急に表情を変えて「知ってるよ。このごっこ遊びヘビーすぎる。もうやめよ!」って言い出すことを期待した。

千代は小さいけどよく通る声で話し始めた。

「負けるよね。なんだろうね、いや、女だけど戦場に行きたいってわけじゃなくて、ただ、銃後の女は男を戦地に送り無事を祈ることが役目、男が主役の世界だよね。女ができることは子供を産むだけなの? それ以外は男の補佐でしかないの? 千人針は女性の力だって言うけど、玉結びが女の力なのかな。あんな布きれが弾を除けられるわけないのに信じて、負けるよね。あ、千人針って言っても分からないか」

「知ってます。昭和館で見たことある。あの玉留めの気持ち悪いやつですよね。わたしトラ年だから余計にやらされるんだ、嫌だなって思ったことある。紗菜、友達は三月生まれでウサギ年でズルいって」

「なかなか集まらなくて、ウサギも足が速いからウサギ年もいいって言われてたよ。願掛けってこじつけだよね」

「そうなんですか」

 ジェンダー論でイラついていると思いきや、戦中豆知識のような話が出てきてちょっと面白くなった。作り話かもしれないけど勝手に言っている妄想ではないだろう。

千人針は、千人の女性が一つずつ布に玉結びをして作るお守り。「千里を行き、千里を帰る」というトラの言い伝えから、トラ年の人は年齢の数だけできるというルールがあった。また、「五銭」は「死線(しせん=四銭)」を越え、「十銭」は「苦戦(くせん=九銭)」を越えるという語呂合わせで五銭や十銭の硬貨が縫い込まれることあった。

 なんだよ、ダジャレかよ。と愛依は思ったので、ウサギ年OKという話も本当に思える。事実に基づいた戦争に関する物語を、もっとちゃんと聞きたくなってきた。


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