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くだんの件、ジュウゴの君へ  作者: 牧田沙有狸


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科学館に行かれない愛国婦人会

 九段下の駅の階段を上がり、左手にタマネギ頭を確認しながら、北の丸公園内にある科学技術館を目指して坂道を上っていく。はずだったが、違う出口から出てしまい愛依(あい)の目線の先には橋らしきものが現れた。神保町方面、反対側に出てしまったようだ。

 だけど、出る場所を間違えて良かったかもしれない。

 どうやら来る時期も間違えたらしい。振り返って見た九段下の坂道は牛ヶ渕の桜にカメラを向ける人で渋滞している。この辺が桜の名所であったことを忘れていた。北の丸公園、靖国神社、千鳥ヶ淵。そこに行き着くまでの間にもたくさんの映えスポットがある。晴れた日の満開の桜は、武道館でコンサートをするアーティストのように人を集める。あまりの人の多さに愛依は頭の中で計画を立て直す。

 六年生の社会科見学で冬に国会議事堂と昭和館と科学技術館に行った。科学技術館で遊ぶ時間が全然足りなくて、また行きたいと思いながら三年経ち、今年は受験だと思うと無性に行きたくなってしまった。

 春休みのおでかけ。母には「友達」と行くと言って出かけてきた。多分、紗菜(さな)と行くと思っているだろう。親が名前を知っている友達、学校の友達、実在する友達とも言っていない。トートバッグの中にお気に入りのトラのぬいぐるみを入れて来た。 

 クラスの女子に「愛国婦人会」というあだ名を付けられた。

 架空の国を舞台にしたマンガで「愛国婦人会」という名前のママ友コミュニティがあった。それを見た小学校の時、母親同士が集まって仲良くしている様子を「愛国婦人会」とふざけて言っていた。まだ各個人でスマホを持っておらず、母親を通して連絡し合ったりしていたので、愛国婦人会の活動は主に情報伝達だった。中学に入って、親を間に挟むことはなくなったので、自分たち目線での愛国婦人会の活動は終わったと思っていた。

 しかし、誰が言い出したのか、母親が学校関係の活動していることを愛国婦人会と呼ぶようになった。それがいい意味には聞こえない。暇な専業主婦がやっていると言われていた。

 日本の戦時下で、婦人団体として設立された「愛国婦人会」は上流階級やお金持ちの奥様が会員となった。それに対して、庶民、普通の主婦たちが始めたのは「日本国防婦人会」だ。のちに大日本婦人会として統合されるが、両者の会員の生活環境は違った。

 愛依の家は比較的裕福で、母は専業主婦。ハイスペックな三十代男性が短大を卒業したばかりの若くてキレイな女性と結婚というパターンで、父と母は一回り年が離れている。上に二人の姉がいるので、愛依にとっては平均的な母親とだいぶ年上の父親という印象だが、一番上の姉にとっては平均的な父親とかなり若い母親だった。今、一番上の姉はパートナーと共に海外に移住し、二番目の姉は一昨年、地方の国立大学に進学して一人暮らしをしている。

 母は娘三人の小学校時代、PTAの役員を始め、読み聞かせ、グリーンボランティア、家庭科の調理実習の補助、あいさつ運動、ベルマーク回収など学校に関する保護者ができる仕事に毎回参加して、それを生きがいにしていた。低学年の時は勤めに出ていない人が多かったので同志が何人かいたが、学年が上がるにつれていなくなり、継続して参加し活動しているのは愛依の母だけになった。無論、学校の役員活動は平等に一人一回やるような暗黙のルールがあり、みんなで少しずつ参加するようになっている。ずっと続ける方が珍しく、辞めていく人に非は全くない。そして、積極的に参加していても会長に推薦されるような器ではなかった。

 愛依の母はあくまで組織の一部として活動していた。生活に余裕のある主婦として、社会的な達成感を得る場所を求めているようで、愛国婦人会とは言えて妙なネーミングであった。「お国のため」と大義名分を掲げるように「子供のため」と一生懸命頑張っていた。

 三人の娘に恵まれたというか、男子が産まれなかった。父は家父長制の意識が強く、夫婦に上下関係があり、両親は仲が良いのか悪いのか分からない。愛依にとって、いつも家にいる世話好きなお母さんと、外で働いている忙しいお父さんで、それが普通の家族だと思っていた。しかし、家を出た姉たちが「お母さんから解放された」という言葉を漏らしていて、だんだんと、何かがおかしいのではないかと感じ始めた。

 中学二年になって、クラスの一部の子が、小学校の保護者役員らが作る広報誌について話をしてきた。

愛依が六年生の時、母はその冊子作成の担当者だった。母は自分の小学校役員最後の記念として、何かを残したい思いが強くて力を入れていた。本来は、先生紹介と子供たちの様子を載せるだけの簡単なものだが、母は自分が雑誌の編集長にでもなったかのように、ページを増やした。

 そして「みなさんにアンケートしました」という体を取りつつも、ほとんど自分で集めたネタで『簡単おやつレシピ』という挿絵付きのレシピページを作った。スーパーに置いてあるフリーペーパーのようなノリで、母親層にウケると思っていたのだが、内容が浮世離れしていて不評だった。

『簡単アップルパイ』は、パイ生地を春巻きの皮で代用しておきながら、中のリンゴは紅玉リンゴを煮詰める所から始まる。『時短スィートポテト』は、裏ごししなくてもOKというだけでのレベル。他に、生クリームやバニラエッセンスが家に常備されている前提で紹介され、キッチンに張り付いてないといけない時間が五十分以上。材料費もかかり、買ってきた方が美味しいものを食べられるだろうというものばかり。

「どこか簡単なんだ」というツッコミと、これを見て作ろうと思う人がいる気がしない説明で、完全に独りよがり自己満足だった。しかし、小学校の保護者として長くいる分、誰も何も言えず検閲をかけることなく印刷して配布された。

 母自身もよく作っているわけじゃないレシピ。自分を器用に見せたい見栄みたいなものが溢れていて、愛依も少し痛いなと思った。でも、その冊子を作っている母はとても楽しそうだったので、許して欲しいという気持ちにもなった。

 小学校役員の仕事をいかにして減らそうという動きの中で『簡単おやつレシピ』は広報誌の黒歴史のようになり、母親たちの間で、許されたが忘れてもらえないネタにされていた。

 その話を親から聞いた子供たちが、子供同士で話しだす。母と愛依は別。子供たちは理解して、それで愛依を貶めようという意識はまるでなかった。言っている子たちは、十代特有の親の行動が恥ずかしいと思う感覚を共有して「そーなの、うちの親ヤバいでしょ」と笑い合えるぐらいに思っていた。

しかし愛依は笑えなかった。痛いと思ったのに面白い話にはならなかった。だからといって怒ることもできなかった。「バカじゃない」と自ら線を引き、その話題で笑う人たちから距離を取る態度を示した。

その態度が母をかばっているように見え、愛依という名前も合わさり「愛国婦人会」は愛依自身を指すあだ名となっていた。愛依は姉の言葉で母の行動が少しおかしいと感じ始めていたので、どういう態度が自分を守るのか判断できなかった。

 母のことは好きだ。

 だけど、母みたいにはなりたくないと思ってしまう。

 普段は全然楽しそうではない。何かを埋めるように引き受けているように愛依には見える。母はずっと昭和の専業主婦だ。つねに献身的に支えることが女の美徳だと思い、それに酔っている。自分の行動はすべて家族や子供のため。自分が何をしたいとかはないという。

 小さい頃は家にいる優しい母が自慢だったが、だんだん、仕事をしているカッコいい母がいる方が格上のようになってきた。人生のロールモデルというのか、「母」ではなくて、自分がなりたい「女性」を求め始めたからか、変わらない母が惨めに見えた。時代に逆行している旧世代の主婦、自分の母親だけが祖母みたいな感じがして、友達には隠したい気持ちになっていった。

 本人にとってそれが幸せだと言われたら何も言えないが、自分も同じような道をたどることを望まれたら幸せになれるとは思えない。女は大人になったら、自分の人生を生きられないと言われているようで息苦しい。姉たちはその道から逃げたのかもしれない。

でも、何も言わない。その方が楽だから。結局、母のことを自分に都合のいい家政婦みたいに思っているのかもしれないと愛依は自覚する。

 母に依存した生活を満喫している自分は成長していない。成長していない姿を友達には見せたくないから、母が出てこないで欲しいと思う。だけど、成長していないから母が今まで通りでいてくれないと困る。時代に取り残されて成長しない親子、それをクラスメイトに指摘されているようで無性に苛立つ。

 紗菜も、愛依のことを「愛国婦人会」と呼んでいた。一緒にいる川島さんに合わせて言っているのは分かったけど、悲しかった。紗菜も川島さんも母親がバリバリ外で働いている。低学年の時に二人は学童に通っていた。「働く女性」の話になると二人は気が合っている。

 川島さんはアップルパイもスイートポテトも店で買う物だと言っていた。それは有名店の本格スィーツをいつも食べるという自慢と、うちのママはそんな暇じゃないという二重の意味を含んでいた。川島さんが言っている分には聞き逃せるけど、ママが作れないという所に紗菜が賛同していて、ただ事実を言っただけなのに、愛依の家でも毎回作っているわけでもないのに、悲しくなった。

 紗菜と一緒に科学館に行く緩い約束をしていたから、科学館を選んだところもある。なんでもいいから裏切ってやるという気になってしまった。

でも、逆効果かもしれない。

 巨大シャボン玉に包まれたって、見ている人がいなきゃなにがスゴいか分からない。地震体験したって怖さは分かち合えないし、科学について真面目に勉強したいわけじゃない。友達同士で遊びに来た子や家族連れのワイワイしたノリから見れば、ぬいぐるみ抱えたぼっちの中学生は寂しい人に見えてしまうだろう。



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