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 あのウォルターの所属する組織とは武器商人に近い商売人たちの集いだったらしい。詳細は分かっていないが軍部の武器も横領する仕事もあった。詳細が分からないのには、捕虜が少なかった事と自決してしまい自白させられなかったためでもあるそうだ。ウォルター元中尉も逃げのび、見つかっていない。

 ウォルターがあたしの後見人になろうとしたのも、島を利用するにあたって好都合だと考えたのかもしれない。彼については何とも思っていない。直接手荒な事をされた訳ではないのとは関係なしに、父の部下だったというのは本当なのだろうとだけ思った。

 軍部の中におかしな動きがあり、警戒するよう各位に伝わっているのをもちろんフォード大佐は知っていた。彼はあたしの行方が分からなくなった時、まさかとは思ったが島に行くのに武装して行った。港を出る前に街の人から軍人の船出を見たと言われ、仲間に待機させていたという。平素なら勘ぐりすぎだという大佐の行為は果たして功を奏した。ロセッティ島を一周する前に、異変に気がついた大佐はすぐに仲間を呼んで、島に上陸した。すぐにあたしを見つけられたのは幸いだったと彼は言っていた。

 島の火事は大佐の部下が陽動のために発火させたとかで、大佐は申し訳なく思ったそうだ。ウォルターの所属する組織が爆発させたという話もあるのに。

 島から帰還したあたしは怪我の治療をされた後、すぐに墓参りに行った。

 父に会いに行ったわけではない。確認するために行ったのだ。墓石に刻まれている名前は確かに父親のものだった。もう、この世にはいない人の名前。

 霊魂となった存在が墓に居るとは思えないし、父を思い出して語りかける事もなかった。

 ただ、彼はもういないのだと知った。そう思えるようになった。

 父はもういない。

「……大丈夫?」

 墓石の前に膝をついて黙り続けるあたしに、叔母は心配したようだ。

「…うん」

 思っていたより軽い声が出た。もしかしたら、言葉通りになるかもしれない。立ち上がって振り返る。叔母の顔はあたしが島から帰ってきてから固い表情のままだ。あたしがヤケになっていたと思っているのか、一人にすると危ないとばかりにつきっきりだ。

「行こう」

 心配顔を置いていくように、あたしは墓場を後にした。







 ロセッティ島は軍の預かるところになった。父が死んですぐは民間人の名前で例の組織が買い取ったが、武器が関わり組織の発見を軍部がした以上、島はもはや民間人に売り渡す訳にはいかなくなってしまったそうだ。そもそもが、地図にものらない島だ。軍事的拠点になるような利用価値のある土地を軍部が手放すはずがない。島の火事も、島半分を黒々と染めさせる前に鎮火されたらしい。これから軍部の手によってどのように利用されるのか、あたしが知る事は出来ない。

「いつかあの島を買おう」

 フォード大佐は言った。軍部は売り出すつもりはないから値段はつけられないというが、軍人の手に渡るのなら民間人よりはまだ可能性があるかもしれない。

「そうなったらいいですね」

「必ずそうしよう」

 表情のあまり読めない顔だが誠実そうに見えた。大佐は相変わらずだった。

 あたしには日常が戻ってきた。

 学校はほとんど毎日行くようになった。大佐の家では毎日一人で過ごすが、週末には家主が帰ってくる。叔母のイヴリンも時々あたしを訪れて、にわかにささやかなパーティーのようなごちそうをする日もある。

 流れる日常はゆるやかだった。まるできしみかけていた歯車がゆっくりと回り始めたかのように。

 時間があれば父の眠る墓地に行った。ただ墓石を見つめるだけ。もう帰らない人の存在を知るために。一度だけ、イアンと墓場でかちあった。大佐に初めて会いに行った時にあたしの手を引いていた少年だ。あれ以来会っていなかった。

「アルおじさん…、お前の親父さんは、おれたちのヒーローだったんだ」

 相変わらず、反抗期の子供みたいな(事実そうなのかもしれないが)社会を斜めに見ている顔だった。それでも、父の墓石を見つめる時は張り詰めた糸がたわむように表情はゆるくなる。そのまま横顔であたしに視線を投げてきた。

「お前、前よりだいぶマシな顔してるな。そのままでいろよ。親父さんもその方が喜ぶぞ」

 まるで、遺族が幸せにしてないと故人は悲しむとでも言いたげな様子。ありきたりな言葉だったが今は嫌味には聞こえなかった。

 彼はあたしの知らない間に生前の父と知り合っていたようだ。あたしの知らない父。胸を拳で叩かれたような感覚を覚える。あたしの知らない父を、もう知る事は出来ない。二度と。父によってイアンを紹介されたかった。

「…ごめん、逆に悪い事言ったかな」

「ううん」

 イアンは困ったように笑った。彼の不機嫌顔や気まずげな顔以外を初めて見た。

「今度、親父さんの話聞かせてよ。家じゃどんなんだったんだ?」

 不思議な気持ちだった。父は死んだのに、彼を知りたいと言う人が居るなんて。彼は忘れられ、もう居ない人だと思われるものだとばかり思っていた。父の話は、まだあたしが立ち直れていないと思っているのだろう、大佐も叔母もあまりしない。そのせいだろうか、イアンのような反応が新鮮に思えたのは。

「あたしも、知りたい。ヒーローだった父ってどんな感じだったの?」

 思えば、父を介しての知り合いだというのに、イアンと会うのは父が死んでからが初めてだった。不思議なものだ。まったく見も知らぬ存在を死者が結びつける。

 奇妙な縁だ。

 フォード大佐もそうだ。あたしが幼い頃に会ったとはいえ、ほとんど面識のなかった相手と暮らしているのだ。

 世の中には不思議なつながりがあるものなのだ。

 イアンとは話が長くなりそうだったので、また会う約束をして別れた。




 帰り道、道すがら街をじっくり眺めて帰った。夏が来ていた。地上を圧迫するような強い日差しが暑い。他所の家の庭先に、鮮やかな暖色の花々が映える。くっきりとした陰影を表す世界が、やけにクリアに見えた。ぬるくなった潮風の心地よさに髪が舞う。夏の虫が鳴くのが分かる。

 車のエンジン音、波の音は遠く、民家から人の声。雑音だらけなのに、街が音楽がかかったテレビの中の映像のように見えた。はっきりとしているのに、まるでどこか遠い世界から街を覗き見ているような感覚。世界が色鮮やかな分、みんな幻のようで落ち着かない。それなのに、不思議と足取りは軽くなる。海の風が薫る。

 こんな風に周りに目をやるのは久しぶりかもしれなかった。

 帰宅後、ぼんやりしていてもその気持ちは変わらずにいた。

 昼下がり、玄関の方から音がする。どこか足音を忍ばせるような、訓練された者の足取り。扉が開く音に、予想通りの人物がいるだろうとあたしは振り返った。

「おかえりなさい」

 椅子から立ち上がってフォード大佐に向き直ると、彼は一瞬虚を突かれたような顔になる。眉を寄せ、奇妙な顔をしていた。目を見開いて、宇宙人でも見たような表情をしてこちらを見る。あたしの顔がよっぽど変な顔だったのだろうか。

 あたしが沈黙にどうしたものかと瞬きをした頃。

「…ああ、」

 じわじわと大佐の表情が和らぐ。緊張がほぐれたように目をそっと眩しげに細める。口角を上げて、彼は言った。

「ただいま」

 いつか感じた懐かしさが、胸にともった気がした。フォード大佐の顔を正面から見られるようになっている。

 開けた戸からの、差し込む日差しが眩しくて、あたしは目を細めていた。頬が盛り上がるのも知らずに。









ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

推敲はしましたが、おかしな表現がないか不安です…。

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