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幸せを願うもの



 懲りずに何度もやってくるキースに、ポーラとしては正直辟易していた。

 これで自分の家の方が家格が上であったのならば、抗議の手紙を家に送って牽制するという方法も使えたかもしれないが、しかし実際はキースの家の方が立場的にも上なのだ。

 むしろかなり失礼な対応をしているこちらの方にこそ、立場を弁えろ的な抗議の手紙が届いてもおかしくはなかった。


 しかしそういった手紙が来ない、という時点で、恐らく彼らは親を巻き込むところまではまだ考えていないのだろう。


 そこだけはポーラにとっても良い事ではあるのだ。

 親を巻き込むとなると、当然ポーラの両親にも話がいくわけだし。

 結果としてそうなってしまえば、実際に暴力に訴えたのがポーラであっても、クロエのせいにされてしまうかもしれない。

 今更ながらに、ちょっとやらかしてしまいましたわ……と後悔したポーラではあるが、それでも過去は変えられない。やっちまったもんは仕方がないと割り切っていたのだ。

 大体、カインには別れ間際に脅しととれるような事も言っている。


 普通に考えたら、そんな物騒な令嬢と関わりたい令息がいるだろうか?

 否。

 明らかに面倒ごとの気配しかしない相手であれば、関わらぬが吉と考えるだろう。


 現にカインはあれ以降、クロエに近づくような真似はしていない。

 時々遠くにいるのは見かけたが、接近してこっちに何かしようという感じではなかった。

 視界内に入るな、とは流石に横暴すぎるから言えない。学校にいる間は行動範囲だって限られるのだから、視界に入る事はあってもおかしくないし、仕方のない事だ。


 であれば、視界に入ったくらいできいきい喚くわけにもいかない。


 カインに関してはそんな感じだったけれど。


 その代わりとばかりに、ポーラの前に現れたのはキースである。


 最初はカインが直接やって来たのかと身構えたが、一定の距離を保ってキースが自分はカインの双子の弟である事を伝え、穏やかに話し合いを希望していたので、一応聞く耳を持ってはやったけれど。



 一体何がどうなってカインがクロエに恋をしたのか、ポーラに事情はわからないが、それでも。


 あんな周囲に無自覚に敵を作るような言動をかます相手に姉を任せてなどやれるはずがない。

 過ちに気づいたとして、今から改めるにしても、今までにできてしまった敵が綺麗さっぱりなくなるわけではないのだから。


 ポーラは知っている。

 相手を傷つける際、直接本人にいかない場合があるという事を。


 市井で暮らしていた時だって、兄が気に食わないからといって、その妹に兄の責を押し付けるように嫌がらせをしていた子もいたのだ。妹は何も悪くなかったし、そもそも無関係だったのに。

 ただ妹というだけで。血がつながっているというだけで、全然把握もしていない子供同士のいざこざに強制的に巻き込まれたのだ。


 その後は親が出てきて結果的に兄とその友達らしき子らが叱られて、完全に巻き込まれただけの妹にはきちんと謝罪していたようだけど。


 あれだって、お互いの家の親がしっかりしていたから丸く収まったに過ぎない。


 では、親がきちんとしていなければどうなるかと言えば――


 そのケースに関しては、言うまでもない。

 ポーラの身近で既によく見る事になっているのだから。


 本当に文句を言いたかった相手に不満一つ言えなかった結果、ほとんど無関係にも等しかった相手にその矛先が向いたままなのだ。

 幼かった頃は理解できなかった。けれど、もしもっと大きくなって成長したら、もしかしたら、親の気持ちも理解できるのだろうか、とポーラだって悩んだ事はある。

 けれど未だに理解できそうに思えない。

 きっとこの先も、理解できる日はこないのだと思っている。


 ともあれ、これ以上無関係のはずなのにクロエが面倒かつ厄介な出来事に巻き込まれるような事は避けたい。避けてほしい。

 その気持ちだけは昔からずっと変わらないのだ。


 だからこそ、カインは無い。

 クロエに惚れて、恋をして、この先一等大事にしてくれると言われても。

 気持ちなんて目に見えないものを信じるには、相応の覚悟が必要なのだ。

 ポーラにとって無条件で信じていい相手はクロエだけで、それ以外の者を信じろと言われても、どう信じていいのかわからなかった。


 それにもし。

 もし、カインの言葉を信じてクロエと結ばれるよう手伝ったとして。

 その後で、カインの態度が豹変したら?

 結果として幸せになってほしいと送り出したクロエが不幸になってしまったら?

 不幸なだけで生きているならまだいい。その時は自分が連れて逃げ出せばいいだけだ。

 けれど虐げられてもし、死んでしまったら?


 そうなったらきっとポーラは、カインを何が何でも殺そうとするかもしれないし、カイン以外でクロエに冷たくした相手も同じ目に遭わせないと気が済まないかもしれないのだ。


 そう考えたら、何だか段々クロエが幸せになれない未来が本当に起きてしまいそうな気がして。

 それならいっそ、自分がフィーリス家の跡取りにされた後でもどうにかクロエを家に留めておいた方が、守れるような気がして。後を継いだ後なら、両親の事だってどうにかできる気がする。上手い事両親を遠ざけてクロエと一緒に暮らしていた方が、きっとマシな気がしてならない。

 婿に関してはクロエの事を受け入れてくれる人を選べば済む話だ。



 そういえば最近、両親が――特に母が熱心にポーラの将来の婿に関してあれこれ話を持ってきてはいるけれど。

 なんというか、一言で言うのならば。


 とても御しやすそうな相手ばかりだった。


 自分が、というのであればまだしも、両親にとって都合の良い相手、に見えなくもない。

 両親にとって都合が良くて、その上でポーラがそれを受け入れたのであればきっと両親は何が何でもポーラが結婚した後も家に居座るのではなかろうか。そんな気がしてならない。

 正直母が持ち込んでくるお見合い相手は、どれもポーラの好みのタイプではなかったので全部釣書の時点でお断りしているが、そのうち業を煮やして無理にお見合いに連れ出される気もしている。


 ポーラが後継ぎになって女主人としてあの家で一番偉いのだという事が確立されてしまえば、今ポーラが思い悩んでいる事の大半は解決しそうなのに、現時点でまだそうなっていないせいで悩んでいるのだ。

 時間が経過すれば解決できるけれど、しかし今すぐどうにかしたい。そんなジレンマが常にあった。


 あと少しで、成人したという証を得る事はできる。

 幼い頃からずっと早く大人になりたいと思っていたけれど、それがあと少しでそうなれるのだ。

 だが、あと少しでそうなる、とわかっていても、気ばかりが余計に焦るのである。



 最近はお姉さまばかりずるいですわ! とかそういう言葉を使って両親に自分とクロエの扱いを大体同じにするのも限界が見えつつあったのも、焦りの原因かもしれない。

 クロエに相談するような事じゃないかもしれないが、それでも相談できる相手がクロエしかいなかったので。


 姉に、妹らしく頼ってみたのだ。

 姉はポーラがこの家を継いでくれるのなら、きっと大丈夫よ、なんて言って自分は家を出ていくつもりのようだけど。貴族である事をやめて平民になって生活するつもりらしいけれど、どうしてクロエがそんな風にならないといけないのか。せめてクロエにだって、マトモな結婚相手がいてほしいと思うのだ。カインは除く。


 ともあれ、相談した結果、クロエは私がずるいというのではなく、下手に差をつけすぎるとそのせいでポーラが外で恥をかく、という風に持っていけばいいのでは? という案を出してくれた。


 それを聞いてポーラもまた成程と納得はしたのだ。


 両親はクロエの事なんてどうでもよくて、教育に関する事はほぼポーラに注ぎ込みたかったはずだが、それに関してはポーラの我儘によってクロエも同じだけ学ぶ事になってしまった。


 外で、他の家で行われる催しなどに誘われて参加する時だって、クロエの服に金をかけたくはないけれど、ポーラに関しては予算が許す限り使おうと両親はしていたのだ。

 それだってお姉さまだけ着るのが楽そうな服でずるい! とか文句を言ってそれなりのドレスを仕立ててもらったけれど。


 しかし考えようによっては、もしあの時クロエのドレスがきちんと仕立ててもらえなければ、きっとみすぼらしい状態になっていただろう。

 その隣に、しっかりと用意されたドレスを着たポーラが並べば、間違いなく落差が浮き彫りになる。浮き彫りも何も一目瞭然すぎるだろうと思うのだが。


 だが、その落差によってよりポーラの方が優れて見えるような錯覚には陥るだろう。両親の狙いはそれなのかもしれなかった。


 ところが実際はどうだろうか。

 同じ家の姉妹で、そうまで差をつけているのを見れば、あの家教育に関するあれこれをケチっているのかしら? なんて噂されてもおかしくはないのだ。

 もしそんな噂がポーラの耳に入ったならば。自分が親の立場でそうなったら、間違いなく恥ずかしいと思う。贔屓するにしたって、周囲が一目で見抜けるくらい露骨にやれば周囲だってそれを見ていい気はしないだろう。


 親だけに非難がいくならまだしも、その場合ポーラだって姉が冷遇されているのを放置する傲慢な妹、みたいに陰で言われるかもしれないのだ。

 そうでなくとも、姉と妹で露骨に差が出ているのにそれに気づかない鈍感な娘とか言われる可能性もあり得る。

 そもそもそんな事には絶対にさせるものかとポーラは思っているが、そんな風にしてみせたところで、クロエだけがみすぼらしいと嘲笑されるような事にはならない。

 どうして両親はそんな簡単な事に気付いてくれないのか。


 お姉さまのドレスもきちんと新調してくださらないと、この家の財政が傾いているのだと思われてこのままだとロクな結婚相手もみつかりませんわ、なんて言ったり、お姉さまを引き立て役にしようとしてあからさまにドレスの質を落としたり装飾品を安物で済まそうとしても、むしろそうまでしないと姉の美しさに負ける妹、と周囲に思われたらどうするのです、だとか、クロエを冷遇した結果ポーラにまで不利益があるのだ、という風に言ったことでどうにかその辺りは解決できたけれど。


 それでも両親はクロエを貶めたくて仕方がないのだろう。

 無関心のまま、いない子扱いをし続けるのが難しいならせめて、という気持ちがどこかにあるのかもしれない。



 そんな両親と姉をいつまでも一緒になんてしておけないので、本当に一日でも早く自分があの家の当主にならなければ……とは思うが、卒業するまで当主の座はお預けなので。

 本当に歯痒い思いをしているのに、そこにキースがちょこちょこやってくるようになって、ポーラにとってはそれがまた大変煩わしかった。


「わたしはね、とにかくお姉さまには幸せになって欲しいの。

 幸せになってほしいのに、くっついた相手に潜在的な敵が多い相手とか、許すわけないじゃない」

「カインも己の過ちに気付いたから! これからはしないはずだから! 無意識にポロッと言葉が出る可能性はあっても、今までみたいにポンポン全自動で煽ったりするような事はもうないから。今あいつ前に失礼な発言した奴ら記憶にある限り謝罪して回ってるからなんとかチャンスを与えてやってくれないか!?」


 だからバッサリと関わらないでほしいという旨を伝えたのに、向こうも簡単には引き下がってくれなかった。


「もし、きちんと禊ができたならあいつの婿入りも考えてやってほしい」

「……え?」

「え? って、だってクロエ嬢は長女だろう? 一年遅れで入学して、それが健康上の理由だと言われているが実際は違うってポーラ嬢言ってただろ。って事は……あれ?」


 ここにきて、キースはもしかして何かおかしいぞ? と思い始めていた。

 ロシュフータの家を継ぐのはカインであるけれど、必ずしもカインじゃなければならないわけではない。子爵位をキースに与えずキースが家を継いで、カインが婿入り、という方法も無いわけじゃないのだ。

 てっきりフィーリス子爵家の後継ぎがクロエで、カインが彼女と結ばれるために婿入りも辞さないというのなら、キースが伯爵家を継ぐ事も頭の片隅に留めてはみたけれど。


 ポーラの態度から、もしかして違うのか? と思い始める。

 健康面で問題がないのであれば、家を継ぐ事も問題はないだろうし、婿をもらうのであれば嫁にいくよりは難しくもないはずで。


「お姉さまは、家を継げないわ。両親のせいで」


 けれどポーラがとても気まずそうにそう告げたから。


 もしかしなくても前提条件からして違ったのかと考えて。


「…………事情を、聞かせてはくれないか? 勿論、そちらの家に関する事で他人に話せる事ではない、というのであれば無理強いはしない」


 無理強いはしないが、勝手にこっちで調べるくらいはする。とはいえ、調べてどれだけの情報が得られるかは微妙なところだが。

 だからこそ、できる限り事情に詳しい相手から情報を得るのが一番なのだ。


 ポーラとしては、家の恥みたいなものだ。

 まぁ、どこからどこまでと範囲を決められるものでもない。

 そもそもが自分の母と父とが結婚した時点で、もう恥の始まりみたいなものだ。

 しかし、現状ポーラ一人で事態を好転できる方法は思いつかないし、このままではきっと、学校を卒業と同時にクロエは家を出ていってしまうかもしれない。

 もし家に留まってもあの両親がそれを許してくれるとは思えないのだ。ポーラの我儘で留めるにしても。

 先手を打たれて、性質の悪い相手の所に無理矢理嫁に行かされてしまうかもしれない。だからそうなる前に、きっとクロエは家を出る。

 もうあの頃みたいな子どもじゃない。

 あの頃家を出ていったなら間違いなくどこかですぐさま死んでいたかもしれないが、今はそう簡単に死ぬことはないはずだ。だからといって、それが幸せに繋がるか、と言われると何とも言えないが。


「ロクな、話じゃないのよ……それでもいいなら……そうね、ここじゃなんだから場所を移動しましょう」


 そう言われて。

 キースはきっとこの話を聞いたら簡単に引き返せなくなりそうだなぁ……と思ったが、しかし聞かないという選択肢は選ばなかった。

 今まで迷惑をかけられたとはいえ、それでもカインは大切な家族で、大切な片割れなのだ。

 幸せになれる道があるのなら、せめて応援してやりたい。それがキースの本心だった。

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― 新着の感想 ―
キースの苦労性人生がいま、始まる…!みたいな曲が流れてそうではある笑 まぁ実際そんなにあからさまに差はつけられてなくとも、嫡子とそうでない子は差がつけられるよね。
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