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興味は必然



 言葉で言っても通じないのなら、文字を綴るのが有効だったりしますよ。


 そう言われた時、キースは確かに手紙で、という方法は考えたこともなかったな、と思ったのだ。

 何故って手紙というのは普段顔を合わせる事のない相手に伝えたい事を伝えるためのもの、という認識があったから。

 同じ学校に通っていて、同じ家に帰る家族にわざわざ手紙を書くくらいなら、直接伝えた方が余程手っ取り早い。


 そういった事もあって、手紙なんて考えもしなかったキースに、クロエは更にとんでもない事を言いだした。


「どうせなら遺書にして、兄の行いのせいでとばっちりでいつか殺されるかもしれないから、と両親に渡してみるのも一つの手です。そこで親が兄を諫めるのか、それとも本当に貴方が犠牲になるかもしれなくともそれくらいで、と何もしてくれないのか。いざという時頼れるかどうかの確認にもなります。

 いっそ、家族で集まる時間帯に、兄の前でやってみるのもいいでしょう。

 それでも大袈裟だとか言われるようなら――」


 手紙を通り越して遺書を書け、というのも大概だが、その次に言われた案も大概だった。

 けれども。


「ふ、ふふ、あは、それは流石に……! いやでもいいね、なんだか追い詰められてる感じが凄くするよ。そこまで切羽詰まっているんだ、って思ってくれたら少しはきちんと向き合ってくれる気がする」


 思い悩んでいた事が何だかどうでもよく――はならないが、それでも大分気持ちは軽くなった。


 だから早速。

 今までの鬱憤を込めに込めて家に帰ったキースは手紙を――いや、遺書を書き始めたのだ。


 クロエに言われたように、このままではカインと間違われて殺されるかもしれない、と。

 もし死んだなら殺した相手が犯人なのは確かにそうだがその原因は紛れもなく兄のカインに存在するのだと。


 キースは今までの経緯をこれでもかと事細かく書き綴った。

 これは遺書だ。

 遺書というのは死ぬ前に書くもので、二度目はないと思うべきだ。

 だからこそ、伝えたい事は全て書き連ねておくべきだろう。

 もし本当に死んだなら、その後自分はもう何も伝えられなくなってしまうのだから。


 書いているうちに本当にそう思えてきて、今までカインに対して言葉をもっと慎むようにと伝えても何一つとして改善されなかった事も、既に何度かカインと間違われて危うく暴力を振るわれそうになった事も。

 思い出せる限り全てを書いた。


 もしこれが手紙としてどこかに届けなければならないのであれば、随分な厚さの封筒に送られた側はさぞ驚くだろうな。


 そう思える程度には分厚い手紙が出来上がってしまった。


 今までの鬱憤を全てここに集約させたと言ってもいい。書き終わってから、あれでも遺書ってこんな感じだったっけ? と思ったがそれを気にして書き直す時間はないな、と思った。むしろこういうのは勢いが大事だとも。


 そうして食事を済ませた後、キースは両親に対して普通の手紙なら軽く引かれるだろう厚さのそれを渡したのである。カインが退席する前に。


 遺書という名の手紙を読んだ両親はここに書かれている事は本当なのかとカインに問うた。

 キースが聞く羽目になったカインの周囲への何の配慮もない言葉は、言われた相手が子爵家や男爵家の者だからこそまだそこまで問題にはなっていないが、もしうっかり同格か上の身分の家の者に言おうものなら確実に揉める。

 言われた家の者たちも、きっとロシュフータ家に対して悪感情を抱いた可能性が高い。


 実際に何も学ぶ気がなくて、うちの子もっと頑張ってくれないかなぁ、とか思っているところならまだしも、頑張って努力しているがそれでも成績が振るわない相手からすれば、自分が優秀だからって! と怒りを募らせていても何もおかしくはないもので。


 そういった相手が更に勉学に打ち込んで次の試験で見返してやる、というのであればいいけれど。


 頑張っても結果がマトモに出ない事で諦めて、逆にそれじゃあ自分より優秀な相手の足を引っ張ってやろう、みたいな方向性になられた場合、カインが無事でいられるかもわからないし、相手を害した事で加害者側の将来も真っ暗、なんてことになりかねない。むしろ既にカインと間違われてキースがそうなりかけている、というのであれば。

 手遅れになる前にどうにかしなければ……! と両親が考えたのは当然であった。


 一方のカインはというと、確かに今まであんな言い方ないだろ、とかもう少し言い方変えろよ、とか言われていたのは確かで、しかしそれを大したことではないと考えていただけに。


 カインの事を気に入らなくて一発ぶん殴ってやろうと思った者がいた事はそれ程衝撃を受けたりはしなかったが、そのせいでキースに被害がいっていた、という事には衝撃を受けていた。


「なんでだよ、今まで散々言っただろ」

「あ、いや。言葉を選べとは言われ続けていたが、お前がそういう目に遭ったっていうのは聞いてないぞ……!?」

「お前と間違われて大変な目に遭ったって言ったじゃないか」

「大変な目としか聞いてないぞ!? それだって精々しつこく僕と間違われて面倒で無駄な時間を過ごしたとかだとばかり……」

「俺の方が逃げたり殴り合いになってもまだどうにかできるから、そこまで大ごとになってないからあまり大袈裟に言うのもどうかと思ってたんだよ今までは」


 大体、とキースは一度言葉を切って、息を大きく吸い込む。


「お前が見下して、まぁそんなつもりはなくて純粋に相手の頭が悪いとしか思ってないのかもしれないけど、その頭が悪い相手だぞ!? 親や使用人たちは俺らが双子だってわかってるから違うって言えばすんなり話が通るけど、お前目線頭の悪い相手がすんなり理解すると思ってたのか!? 一度や二度で済まないくらい面倒な事になってきたから、こっちだって苦言を呈したんじゃないか」



 そう言われて、そこで初めてカインは気付いたのだ。


 自分が頭が悪くて会話をするのも無駄だと思っていた相手。

 そう見下していたというのに、しかしキースが人違いであると話せば一度で理解してくれると無意識で思い込んでいたという矛盾に。


 それは今まで家族や使用人たちがそうであったから、他の人間もそうであるに違いない、という思い込みでもあった。しかしそうではないのだとキースにあまりにもわかりやすいくらいの怒りをぶつけられて。


 そこで今更ながらに、ようやくカインは己の視野の狭さに気づかされたのである。

 周囲の頭の出来を悪いものだと無意識に見下していた自分もまた、愚かであったのだと。


 文句があるならいつでも受けて立つ、というような事もカインは言っていた。

 だが、その相手が間違えてカインではなくキースに突っかかりに行く事があったとしても、言えばわかると思っていたのだ。

 けれどもそこで理解せずキースに危害を加える可能性すらあったのだという事実は、危うく自分のせいで弟をいらぬ厄介事に巻き込むところだったのだと気づいて、今までキースの言葉を適当に受け流していた事を深く反省したのであった。


 使用人たちがカインとキースを見間違える事は、双子で見た目がそっくりなのだから仕方がない。

 それは理解していた。

 ならば学校で出会う他の生徒――カインの友人ですらない者たちだって間違えるのだ。

 そして生徒たちは使用人ではないのだから、カインとキースの見分けなどもっとつけられない。その分キースに向く迷惑というものを、とても軽く考えていた。いや、考えていたつもりで考えてすらいなかったのかもしれない。


 自分のせいでキースがもし怪我を負っていたのであれば。

 そして手遅れな状況になっていたとしたら。


 そう考えたら、ようやく事態の重さを理解したのである。


「ごめん……今まで全然そんな事考えもしてなかった……」

「だろうね。知ってた。

 でも今ようやく俺の言い分が伝わったなら良かったよ。手遅れにならなくて済んだから」


 どうにか子どもたちが和解したようだ、と知った両親はそこでほっと安堵の息を吐いた。

 もしこれでカインが理解できないようであれば、あまりにも人の心がわからなさすぎるようであれば。

 父も母もどちらもその事についてよくよく話し合わなければならなかっただろうし、それでも理解されないようであれば。

 あまりにも人の心を理解できないようであれば、このまま家を継がせる事も考え直さねばならぬ……そう、思っていたので。


 そしてそれは周囲にいた使用人たちにとっても同様だった。


 キースがカインに間違われていた、というのは直接話をされたわけではないが、漏れ聞こえてはいたのだ。だが使用人である立場を考えれば、キースに慰めの言葉をかけるわけにもいかない。ただ、なるべく早く事態が解決しますように、と願うのがやっとだ。

 カインに直接あれこれ言うわけにもいかないし、カインに間違われ続け絡まれてキースも相当イライラしていたので、家の中の雰囲気は今までに比べて少々荒れていたのは確かだったので。


 キースがイライラしていた事を両親も把握してはいたけれど、学校での出来事に関するものであれば、相談される前から親があれこれ手や口を出すべきでもない。

 周囲から、誰が見てももう駄目かもしれない、となったなら親がしゃしゃり出る事も考えたが、まだそこまでではない、と思っていたので。


 ところが遺書を出されたから内心で大層驚きはしたのだ。

 遺書として差し出された手紙には、今までの事がこれでもかと書き連ねられていて、カインが今の今まで全く危機感を持っていなかった、というのを両親は知った。

 キースはカインに直接何度も注意していたので、いつかは理解してくれると信じてはいたようだし、それ故に周囲に頼る、という方法に気づかなかったのかもしれない。

 けれどもこうして身内を巻き込む事で、キース以外にもカインに苦言を呈する者が現れるようにした事で。

 カインもようやく今までの自分の言動に問題があったと把握してくれたわけだ。両親がカインを叱るところまでいく前に気付いてくれて良かったとすら思う。


「本当に、すまなかった……」


 カインとて馬鹿ではない。むしろ賢すぎて逆に自分より劣っている者がどうしてそうなのか、という疑問を持っているのかもしれないが、切っ掛けがあって、キースを危険に晒す羽目になった要因と、自分の言動がそういった相手にとってどういう行動をとらせてどういう結果をもたらすか、を考える事はできる。今まで気づかなかった事でも、気付いてから改めて考えればそれがどれだけ危険だったか、ようやくカインは理解したのだ。


 キースの事を嫌っているわけではないし、迷惑をかけてやろうという気持ちは一切なかった。

 それなのに、今まで散々迷惑をかけていた挙句、そんな相手の忠告を軽くみていたのだ。


 それに気づいたら途端に申し訳なくなって、カインはきっと人生で一番といってもいいくらいしゅんと項垂れた。


「いやいいよ。わかってくれたなら。わかったなら次からは同じ間違いはしないだろ。

 これでわからなかったら、クロエ嬢のアドバイスに従ってお前には禿げてもらうつもりだったけど」


「え?」


「え?」

「ん?」


 キースの言葉に最初に聞き返したのはカインである。

 そこから一拍遅れて母が。そして最後に何か聞いちゃいけない言葉を聞いた気がするぞ? みたいな感じで父が。


「どういう事だ?」

「いや、あんまりにもこっちの言い分を軽んじてくれてただろ?

 で、思い悩んだ結果クロエ嬢が口で言っても理解しないなら、文字で改めて突きつけてはどうか、と言ってくれてね。

 この方法は文字もろくに読めない相手には無意味だけど、カインになら伝わるんじゃないかって。

 なんだったら両親を巻き込んでその反応次第で両親が頼れるかどうかも判別できるからって」

「あぁ、うん」

 それで? といった感じでカインが先を促す。


 カインが早々に理解してくれたからいいけれど、もしここで両親の対応が間違ったものであったなら、キースは両親を頼りにはできない、と判断して何らかの行動にでていたのだ――と知って。

 何とも言えない顔でもって、父と母はお互いに目を合わせていた。


 キースは確かに最近イライラしてはいたけれど、それでもそこまで思いつめられているとは思っていなかったので、まさかそこまで……と気まずさと驚愕とが胸の中で渦巻きそうになる。

 それはそれとして、クロエ嬢、とは? とも思ったが、カインがキースの言葉の先を促しているので下手に口を挟めなかった。


「両親が頼れるならいいけれど、もし頼れなかったなら。

 そもそも今回の原因は双子で見た目がほとんど同じだから起きている部分もあるわけで、だったら双子であっても見た目を異なるものに変えてしまえばいい、と言われてね。

 でも自分が見た目を変えるのはイヤだった。だってカインのせいなのにそれで自分が、っていうのは違うだろ。クロエ嬢もそう言ってて、すごく納得してしまったんだ。

 で、元凶の方がつるっぱげにでもなってしまえば、髪の毛がある方とない方、で区別がつくから今後は見た目で間違われる事もなくなるだろうと。

 禿げを隠すためのカツラも、俺と違う髪色とか髪型のやつにしてくれれば、もう間違う奴も出ないだろ、ってね」


 殊更明るく言われて、カインは「うわぁ……」と思わずそんな声を漏らしていた。


 今までカインに間違われて迷惑している、とは言っていたものの、実際そこまでのものではない、と思い込んでいたカインであったが、しかし今しがたの出来事があってからもなおそう思っていたのなら。

 そんなわからずやに対してキースは物理的に違いを出そうとして強引な手段を取るところだったのか……と思うとカインは思わずそっと自分の頭に手をやっていた。

 大丈夫、禿げてない。

 だが危うくそのせいで強制的に禿げさせられるかもしれなかった、と思うと本当にここで気づけて良かった、と思わず安堵の息を吐いていた。


 なんだその提案。こわ。


 そこまで考えて、カインはふと気になった事を口にしていた。


「その、クロエ嬢、というのは……?」

「俺が何度かカインに間違われて絡まれてる所に遭遇したフィーリス子爵家の令嬢だよ。

 遺書という名の手紙も、禿げも彼女の提案だ」


 そんなキースの言葉に両親は、いや手紙どころか遺書ってのもどうかと思うけど、禿げも普通の令嬢が提案する内容ではないんじゃないかなぁ……と思ったものの、やっぱり口を挟めなかった。


「ふむ……」


 普通に考えるのであれば、そんな少々ぶっ飛んだ思考を持つ令嬢と関わるのはいかがなものか、と思わなくもないのだが。


 けれども、事態が解決したとは言えないが、好転するのにはキースだけではまだ無理だった。今までのようにキースがぎゃんぎゃん文句を言うだけでは、カインはきっと相変わらずまた言ってるな……程度にしか思わなかったに違いないのだ。

 手紙を書いてキースからカインに直接渡されたとしても、すんなりと今までの自分の言動に問題があった、という事を認められたかはわからない。

 遺書、という印象に残る事をされたからカインもようやく危機感を持ったのだから。


「フィーリス子爵家か……」


 少しばかり普通とは違う気がしなくもないが、けれども普通であればカインはきっと意識する事もなかったに違いない。

 危うく双子の片割れとの仲に亀裂が生じて修復不可能になるかもしれなかった事態を解決に導いた令嬢に、カインは興味を抱いたのである。


 それだけならば、別に何か問題があるわけではなかったのだが……



 周囲との付き合い方の問題点を理解したとは言っても、勉学と異なり間違えた部分をすぐさま修正できるか、となると人間関係はそう簡単なものではない。

 カインがクロエに興味を持って彼女に近づこうとした結果、その場にいたポーラに危険人物扱いをされてクロエを遠ざけられてしまった事で。


 カインからクロエ嬢について知りたい、とか言われたキースが巻き込まれるのは割とすぐの事であった。

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