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愛を、貴方に



 一年入学が遅れる、という事実を後々考えた結果、父もエイミもある意味で幸いと思ったのかもしれない。

 病弱である、というのならマトモなところから結婚相手に是非、という誘いはまずこない。貴族の結婚というのは基本的に跡取りを産まなければならないのでいくら家柄が良くとも子を産めそうにない相手は遠慮されるし、その上で婚約を結ぶ場合は他の理由が大きく絡んでいるのは言うまでもない。

 たとえば、相手の子を産む必要がない場合であるだとか。


 フィーリス子爵家より上の身分の家からクロエを嫁に、と言われたとして。

 その場合夫になる予定の相手には他に愛人がいてそちらと産んだ子をクロエが産んだ子にするだとか、もしくは夫の母親の過干渉もしくは嫁いびりの矛先として――スケープゴート扱いだとか。

 はたまた、夫予定の男の父親に宛がわれる都合の良い女扱いか。


 まぁロクでもない扱いになるのは間違いない。


 子が産まれなくとも君と添い遂げたい、なんてそれこそクロエにべた惚れした相手ならともかく、そうでなければそんな都合の良い言葉を言う高位身分の貴族はいない。

 子が産まれない事を前提としても、その場合は他に将来の跡取りとして有力な養子を迎える事が既に決まっている場合が多い。それすら無しにそういった話を持ち掛けてくる家は何らかの裏がある事を疑うべきだ。


 ともあれ、仮に貴族として成人を迎えたとしても、病弱であるという理由から一年入学が遅れた、という時点でマトモな結婚相手が見つかるとは考えにくい。

 もしフィーリス子爵家より格上の家から望まれたとしても、前述したようにロクな家ではない可能性が高いのでクロエが権力を持って父やエイミにとっての脅威的な存在となる事もないと言える。


 いっそ婚期を完全に逃した方がマシである。

 ポーラと同時に入学するという事で、真相を知らずとも勝手に面白おかしく噂されれば、まぁ何らかの問題有りと思われる。


 などと、両親は考えたらしい。



 ポーラはそれはもう内心で憤慨しつつも、それでもクロエが学校に通える事に安堵していた。


 素敵な両親だと思っていた二人が、実はどうしようもない大人であると早々に悟る羽目になったポーラは、口に出してはいないが早く大人になってとにかくクロエを守りたかった。

 かつて跡取りは長男である事が定められていたが、様々な問題が発生した結果長女でも良し、と法が改正されたにも関わらず、父もエイミもクロエではなくポーラを跡取りにするつもりなのだ。


 まぁ、法で長女でも問題はない、としているだけで、長女でなければならない、というわけではないのだ。

 当主が次の後継者として相応しくないと判断すれば長男がいたとしても次男に跡を継がせる家だってあるし、故に父がクロエではなくポーラに家を継がせようとしたとして、適当な理由のでっち上げはいくらでも可能であった。


 この際、ポーラは自分がフィーリス子爵家の次の女主人になってしまう事は諦めた。

 何をどうしたところでクロエを女主人にするにはその方法が思い浮かばない。

 お得意のお姉さまばかりずるいですわ、わたしだって女主人なんて面倒なものやりたくありません、と駄々をこねにこねまくったとしても、流石にこればかりは両親も譲らないだろう。

 今の今まで他の部分で譲歩せざるを得なかったのだ。であれば、絶対的に譲れない部分であの二人が根負けして譲る事などあるはずがない。


 それどころか、そこでポーラが我儘を炸裂させたとして、しびれを切らした父が物理的にクロエを排除しかねない。お前がいるからポーラが女主人を拒むんだ、とかなんとか言って家を追い出す程度ならまだしも、最悪殺してしまうのではないか……ポーラの父に対する心証は既にそこまで落ちていた。


 クロエに直接的な暴力を振るえばポーラが今度はこっちの番とばかりに暴れるのがわかりきっているからこそ、今も尚両親はクロエを直接的に傷つけるような事はしていないけれど。

 それでも。

 あの日。ポーラが初めてクロエと出会ったその日から今に至るまでずっと。


 あの二人はクロエに対してどこまでも無関心だった。


 いないものとして扱うには、ポーラが常にクロエと共にいるから難しい。

 だからこそどうでもいいモノとして扱っているのだろうとは思う。

 一応表面上ポーラの前では取り繕っているようではあるけれど、露骨すぎるのだ。


 肉体的な傷はないけれど、きっと心に傷はついている。

 ポーラにだってわかるのに、どうして両親はそういう事を姉にするのか。


 あの人たちがクロエに対してそういう扱いをするのなら、わたしがその分あの人たちを困らせてやろう。


 そう、ポーラは随分と昔に決めてそれを律義に実行し続けている。



 一度、クロエに聞かれた事がある。


「どうして私を庇うの?」


 それに対してポーラの答えは簡潔だった。


「家族だもの」


 家族というのなら、両親だってポーラにとってはそうなのだけど、違うのだ。



 フィーリス子爵家にポーラが来る以前、エイミとポーラは市井で暮らしていた。

 エイミは昔貴族令嬢として生活していたけれど、家が没落して平民に落ちるしかなかったのだ。

 ロクに働いた事もない娘がいざ働いて生活しろ、となってもそう簡単にできるわけもない。

 取り柄は精々若さと美貌。

 このままでは娼婦に身をやつす事になるか……とも思われていたが、エイミが苦労したのは最初の数日程度でその後はポーラとクロエの父でもあるオスカーと出会い、生活の援助をしてもらい生活に困る事はなくなった。


 ただ、その時点で既にオスカーはクロエの母である女性と婚約をしていたために、エイミとオスカーが結ばれる事はなかった。

 それでも、二人は別れを選ばなかった。結果として生まれたのがポーラだ。


 幼い頃のポーラは、まさかその時点で父と母が結婚していないという事を理解していなかった。まぁクロエと出会ったのがポーラが五歳の頃なので、その時点で理解しろというのも酷な話だ。

 お父さんは時々家に戻ってこない日があるけれど、それはお仕事をしているからだと思っていた。実際は本宅にいたのだろう。


 ある日突然、お父さんの家に行く、と言われて実は姉がいるとも言われて。


 それを柔軟に受け入れられたのは、まだそこまで難しい話がわからない幼児の頃だったからに過ぎない。もし思春期を迎えるような年齢でそれを言われていたら、きっともっと親への反抗的な態度は酷くなっていたはずだ。


 元々、市井でポーラが過ごしていた時、周囲の反応は微妙であった。

 若く美しい母親とそんな母に似たポーラ。

 美人親子として周囲は見ていたと思う。


 ただ、オスカーに正妻がいる事を知っている他の大人たちが時々何とも言えない嫌な眼差しで母を見ていたりだとか、当時のポーラにはよくわからないけど何となく嫌な雰囲気でひそひそ話をする人たちだとか。


 いい人もいたけど、嫌な人もそれなりにいて。


 同年代の子たちは、なんとなく意地悪な子が多かったから。


 ポーラは姉、という存在にとても期待したのだ。


 市井でポーラが意地悪な子、と思った子供たちは親の影響もあったのかもしれない。

 あとは、ポーラが可愛くて好意を持ったもののどうしていいのかわからない男の子であったり、自分より可愛いと思ったポーラに嫉妬した女の子であったり。


 どちらにしても、ポーラにしてみれば知った事ではない。そんな子たちよりもまだ見ぬ姉というものにポーラの興味は存在していた。


 どんな人かしら。仲良くなれるかしら。


 そんな風に期待に胸をときめかせていたのである。



 今にして思えば、ある意味でクロエの母を裏切った象徴みたいなものなのだから、蛇蝎のごとく嫌われたっておかしくなかったのに。

 突然現れた妹という存在にクロエも若干の戸惑いを隠せないようであったけれど。


 それでも、クロエはポーラを受け入れてくれたから。


 その瞬間からポーラにとってクロエの存在はかけがえのない大切な家族となったのである。


 エイミにはポーラがいて、オスカーがいる。

 オスカーにはエイミがいてポーラもいる。


 けれどクロエには。


 既に彼女の母はおらず、オスカーはクロエを必要としている様子でもなかったから。


 だったら、ポーラだけは絶対に何があってもクロエといようと決めたのだ。

 それはかつて、髪飾りを無理矢理毟り取られた日、より一層強くポーラの心に刻み込まれた誓いでもあった。



 危うく学校にクロエを通わせる必要などない、なんて事になりかけて咄嗟にじゃあ自分も行かない! とごねたものの、一年入学が遅れるというのはそれだけで何らかの問題があると他家に思われてもおかしくはない。

 そうでなければ。

 普通に学校に通う事ができていたなら。

 一年、ポーラがいない間であっても、せめて学校で更に人脈を広げてクロエが幸せになれそうな相手が結婚相手として見つかれば。

 あんな家から出て、あんな人たちから遠ざかって幸せになれたかもしれないのに。


 根本的な部分から妨害されそうになったからとて、ポーラはせめてもう少し考えてから言うべきだったと後悔したけれどあの時点で他に方法が思いつかなかったのだ。


 我儘を言いたい放題言うポーラではあるけれど、しかしそのほとんどはクロエに関する事だ。

 将来必要になるであろう知識を得るための勉強をやりたくないとごねたわけでもなければ、家の経済状況を無駄に傾かせるような贅沢を望んだわけでもない。クロエに関する事を除けばポーラは親の言う事を割と聞く方であった。

 なので両親も強行突破とばかりにクロエとポーラを引き離そうとすることができないのだろう。


 クロエがいるのであれば、比較的ポーラは大人しい。

 面倒な勉強だって文句を言わずに学ぶし、淑女としての立ち居振る舞いだってきちんとしている。

 これがクロエといる事でマトモに学ぼうとしないだとか、駄目な方向に突き進むようであるのなら引き離す理由ができただろうに、しかしクロエと一緒ならポーラは真面目に学ぶので。


 適当な理由をつけて引き離すタイミングすら両親は失ってしまったのである。



 こうなったら一刻も早く自分があの家を引き継いで、両親と姉を引き離さなければならない。

 正直愛する二人であとはこっちに関わらないで好きにやっててくれないかしら……とすら思う始末だ。


 もしまだ市井にいる時、母の嫌な面を見る以前に。

 もし、母が死んで。そうして悲しみに打ちひしがれている時に父が早々に新しいお母さんを連れてきたよ、なんて言って知らない女の人を連れてきたとして。

 母と一緒にいる時以上に明らかに仲睦まじい姿を見せられて、しかも自分と一つしか年の違わない妹か弟までいたのなら。


 ポーラなら間違いなくその時点で父を拙かろうとも罵ったに違いないし、突然現れた年下の家族に対して優しくなれそうにない。時間が経過して落ち着いてからならまだしも、母の死に心の整理が追い付いていないうちにそんな事になったならきっと、妹か弟に対してもキツイ態度になっただろう。


 クロエの立場に自分を置き換えて想像してみれば、どうしたってクロエのようにはなれなかった。


 クロエがどうして自分を庇おうとするのかを問うた時のように、ポーラだって聞いた事がある。


「お姉さまはどうしてわたしに優しいの?」


 それに対してクロエは少しだけ眉を下げて、ふ、とかすかに笑ったのだ。

 笑う、というよりはどういう態度を出せばいいのかわからず、困った結果笑うしかない、といった様子ではあったけれど。


「だって貴方は何も悪くないもの」


 自分の父親が自分の母親を裏切って他に女作ってそっちとできた子供なんて、裏切りの証明のような存在だというのにクロエはそれでもポーラを一切責めたりはしなかった。

 まぁポーラとて、まさか自分の生い立ちがそんな事になっているだなんて姉に出会うまで考えた事もなかったのだ。もしそんな風に責められたとして、ポーラにだってそんなもの不可抗力である。


 けれどもしポーラがクロエの立場であったなら、きっとポーラは妹か弟に対してわかっていてもきっとキツイ言葉を投げかけた。頭で理解していてもきっと心が納得しなかった。


 それは多分クロエだってそのはずなのに。

 それでもクロエは一度だってポーラに対してそんな態度を出した事がなかったから。

 だから、ポーラだってそんな姉を好きになったのだ。

 今までクロエを愛していたであろう母親の代わりにはなれなくとも。

 それでも、彼女を愛する家族にはなれると信じて。


 なので――


「お生憎ですけれど、お姉さまを貴方の兄なんかに渡すつもりはこれっぽっちもなくってよ。

 わかったらさっさと立ち去りなさいな」

 しっ、しっ、とまるで野良犬を追い払うかのような仕草でもって、ポーラは姉について聞きたいなんて言い出した伯爵家の令息を冷ややかに門前払いしようとしたのである。


 何故って姉に恋をしたらしい相手が、姉を幸せにできるとはとてもじゃないが思えなかったので。

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