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どこにでもいそうな令嬢が幸せになるまで  作者: 猫宮蒼


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小さな光



 それから結婚式までは、クロエが思っていたよりも早かった。

 えっ、もう!? と言いたいくらいであったけれど、カイン曰くこれ以上待てない、だそうだ。

 事故に遭ってから年単位で待たせていた身としては、確かに……としか言えなかった。


 それにヒューゴとポーラの結婚も同じ日に友人たちを呼んでやるというのであれば、確かにこれ以上待たせるのは悪いなんてものではない。

 本当ならとっくに結婚していたはずの二人。


 出会いはさておき、それでも二人は惹かれ合っていた。

 それに――


 クロエがこれならいける! と思うまで待たせていたら、本当にいつになるかわかったものではない。

 不安はある。

 あるけれど、これ以上待たせ続けるわけにもいかなかった。

 カインの事もポーラとヒューゴの事も。

 更には、今か今かと復帰を待っている友人たちも。


 そんなだからか、式を挙げた日はそれこそ建国祭でもありましたか? と思うくらいに盛大だった。


 ヒューゴがこれでもかと金をかけただけかと思いきや、そこにカインも一枚かんでいた。

 クロエはカインの妻になるのであれば伯爵夫人になるけれど、それでも元は子爵家の娘で。

 あまりお金の事は言いたくないけれど、それでもドレスに一体いくらかけたのだろうか……と慄いた。

 まずもって子爵家の人間が着るようなドレスではない。これは……侯爵家とか、下手すると王女様とかそういう高貴なお方が着るべきものなのではないかしら……? そんな風に意識を飛ばしながらも、どうにか式を乗り越えたのである。


 式を終えた後は少しだけ動きやすいドレスに着替えて、クロエとポーラは友人たちに囲まれて口々に色んな事を言われる事となってしまったけれど。


 それでも、皆温かく迎え入れてくれた。

 そのせいでちょっとクロエは泣きそうになった。


 カインと婚約した時点では、それでもきっと皆学校を卒業した後はそこまで交流する事もないのだろうな……とクロエはどこか諦めていた部分があったからだ。


 父も、義母も。

 大切なのはポーラであってクロエではなかったから。

 クロエが貴族としてまともにやっていく必要なんてないとばかりに、ポーラがクロエを巻き込むようにしてくれていなければ、学校に行く事もなかっただろうし、行ったとしてカインと婚約していなければ、やはりどこぞの家に追いやられるように嫁がされていたかもしれない。

 そうなれば、学校でできた友人たちともマトモに会う事はなかっただろう。


 学校でできた友人たちは、たとえ身分が男爵家の生まれであっても、クロエ以上に貴族令嬢だった。

 だからこそ余計に思っていた。

 仲良くしてもらえるのも、学校にいる間だけだろうなと。


 だがしかし実際はどうだろう。

 クロエも取り囲まれて心配しただとか、身体はもう大丈夫なのかというありがちな質問をされているけれど、ポーラを取り囲んでいる友人たちはもっと圧が強い。

 一人で突っ走りすぎだとか、味方の手まで離してどうするのだとか。

 聞いていてクロエだって本当にそうよね、と言いたくなるような正論から暴論までズケズケと言われている。


 流石にあの圧と勢いでクロエに詰められたらとてもじゃないがクロエには耐えられないだろう。

 友人たちもそれを理解しているのか、クロエに対してはまだソフトな扱いだったが、その分がポーラに向かっていると思うと申し訳なさが凄い。


 クロエとポーラが友人たちに囲まれているが、カインとヒューゴも同様に友人たちに囲まれていた。

 見れば学生時代、カインにボロクソに言われて敵視していたはずの令息たち――既に家を継いだり家を出て自力で身を立てたりしているので元令息たちが正しい――までもがカインと和気藹々と話をしている事実に、クロエは一体いつの間に……なんて思わず目を瞠った程だ。


 学生時代、クロエに惚れたカインの恋を応援してやろうぜ、みたいな感じでアルベルトが彼らに協力を持ち掛けた事があるけれど、協力といっても積極的に二人の仲を進展させてやろう、みたいな感じではなかった。

 ただ、クロエの家での立場などがそこはかとなく知られて、どちらかと言えばクロエを助けるつもりで、という言い方で、その上でカインが振られるような事になれば盛大に笑ってやればいい、みたいな話だったのだ。最初の頃は。


 いくら身分的に上とはいえ、アルベルトだって彼らに協力を要請できても強制はできなかったので。

 それにあの頃はまだ彼らもカインに対してあまり良い感情を持っていなかったから、内心で振られてしまえみたいに思われている部分だってあった。

 けれども、クロエが事故に遭って昏睡状態に陥って目覚めるかもわからないというのに、カインはクロエが目覚める日を待ち続けた。


 普通に考えたらクロエの事は諦めて別の相手を見つけるべきだ。

 学生時代に結婚相手が見つからなかった令嬢もいるにはいるし、そうでなくとも年が少し離れた相手で未婚の女性だって……まぁ、いないわけではなかったのだ。


 だがクロエを待ち続ける選択をしたカインに対して、彼らは貴族として、家の跡継ぎを残さなければならないのにそれでも、それすら危うくなってまでもクロエを待つというカインに、少しだけ見方を変えてしまった。

 彼らにどうしてそんな事も理解できないのかわからない、と人の心も理解していないような言い方をしていたカインにも、人間らしい部分があるのだな、と失礼な事を思った者や、仮にクロエが目覚めたとしても、果たして子を望む事ができるかは疑わしいと思った者も。

 彼らが思ったであろうカインにとっては利にならない様々な事情を分かった上で、それでもカインはクロエを待つという選択をした。


 きっと、彼らが知る頃のカインであったならクロエの事などばっさりと切り捨てて他の相手を探していたかもしれない。

 少なくともそう思っていた者たちだっていた。だがそんな予想を裏切って、カインはひたすらに待った。


 もしカインがこのまま年を取って老人になってもクロエが目覚めないとなったなら、どこかで諦めたりはしなかったのか。そんな疑問を持った、カインをあまり良く思っていなかった相手にされた質問に、カインはあっさりと返した。


 それでも待つと。

 生きてる間にクロエが起きなくても、それならそれであの世とやらで一緒になる、とも。

 クロエが先に死ねばカインが生きている間は墓守として。

 カインが先に死ぬようであれば、その時は天国の門とやらの前でクロエを待つのだと。


 そこまで言われてしまえば、学生時代に思った振られてしまえという感情はそれ以上成長しようがなかった。


 そんな相手に不幸になれとか、流石に言えない。

 その場合間違いなくクロエの死を望むような発言になりかねないからだ。


 そこから彼らはカインへの見方を少し変え、ほんの少しだけ歩み寄ったのである。



 同年代の、同じ学生時代を過ごした者たちはさておき、それより上の世代にはあまり良く思われないのではないか……というのもあったけれど、しかしクロエが助けた相手の一人は公爵家の令息、アルベルトの弟であるセオドアだ。

 高くはないが王位継承権を持っている家の人間を、一介の、子爵家の娘が躊躇う事なく守ったという部分で、貴族の鑑だ、なんて言う者もいたためそんな彼女を待ち続けるカインの存在は概ね上の世代にもそこまで否定はされなかった。


 ……いかにもな美談にしてアルベルトとシャルロットが社交界で噂としてばらまいたのも功を奏したのだと思う。聞けばこっそりと王族も一枚かんでたらしいので、下手にその美談をぶち壊そうとすればどんな結果になるのか……クロエは想像しただけで恐ろしくなってしまったくらいだ。


 彼らの親世代の時はもっと周囲も表向きは和やかなくせしてその実中身はギスギスしていたようだが、そういった意味では彼らの世代は表向きちょっとギスッても割と和やかだったのも、事が上手く運んだのかもしれない。

 数十年前までは国内情勢も落ち着いていなかった部分が見受けられたし、そういう意味では仕方のない事だったのかもしれなくても。

 それなりに平和な今、国内の貴族たちが周囲と無駄に争う必要もなくなった、というのもあるのだろう。


 そうでなければ、クロエとポーラは本当に平民落ちしていたっておかしくはなかった。


 ……いや、それ以前に、もっと早い段階でクロエは家を追い出されていた可能性すらあったのだ。



 クロエたちがこうして笑い合えているのは、いくつもの奇跡のような偶然が重なった結果である、と言えなくもなかった。

 そんな奇跡を掴み取ったクロエとポーラは、友人たちに囲まれてちょっと困りながらも笑う。

 ふとした瞬間お互いの伴侶と目が合って、殊更幸せそうな笑みに変わった。







 ――フィーリス子爵家の領地の片隅で、エイミは一人庭に出ていた。

 夫であるオスカーは、こちらにやって来てからすっかりと気落ちしてしまった。

 愛する女性――エイミだ――に、今まで日陰のような暮らしをさせていたからこそ、再婚した後はそんな惨めな生活をさせるつもりはなかったのだけれど。

 しかしそれはポーラによって阻まれた。

 元より子爵家という身分から、エイミだって贅を凝らした生活ができるとは思っていなかった。だが、オスカーはそれでも、少しでも以前よりよい暮らしを……と願って、そうして実行しようとしていたのだ。


 愛する女性と、その間に生まれた子。

 愛さない理由なんてなかった。


 できる範囲で彼女たちを幸せにする義務があるのだとオスカーは疑っていなかったし、実際に彼はその気持ちを糧として過ごしていた。

 ただ、あの家では前妻の子であるクロエだけが異物だった。

 オスカーもそれを理解していた。

 そして、エイミも。


 自分たちがすんなり結ばれなかったのは、クロエの母がいたからだ。

 その思いは今でもエイミの中にある。


 憎い女の残した子。


 エイミの中のクロエという存在はどこまでいってもそれだった。


 オスカーもエイミもクロエの事を邪魔な異物としてしか思っていなかったのだから、ポーラだってきっといつかはそうなるだろうと信じていた。最初のうちこそ、物珍しさで近づいているだけだと。

 だがいつまで経ってもポーラがクロエから離れる事はなかった。それとなくエイミがポーラをクロエから引き離そうとした事だってあったのに、ポーラは決してそんなエイミの思惑通りに動いてくれなかった。


 なんでもかんでも親に反抗してばかり、というわけでもない。

 クロエが絡む以外の事なら、ポーラは今までのように素直で良い子だった。


 クロエが何か――ポーラの心を掌握するような事でもしたのだろうか、という疑いを一瞬とはいえ持った事もある。

 しかしまだ幼かったクロエにそこまでできるとは思えなかったし、成長した後のポーラがクロエに対する感情はそこまで変わっているわけでもなかった。もしクロエがポーラの心を意のままにできるようなら、成長するに従ってポーラがクロエの事を崇拝していたっておかしくはなかったけれど、二人の関係はずっと変わらぬまま。


 どうしてクロエに心を向けるのだろう。

 そんな風に思う事は何度もあった。

 可愛い娘。愛している娘。

 エイミとポーラは親子であっても別の人間だ。わかっている。

 けれど、エイミとオスカーが異物として、いらないものだと認識しているのだから、ポーラだってそう思わなければならないのだと。


 そう、思っていたからこそ、思い通りにならない事に苛立ちもあった。


 クロエが事故に遭ったという話を聞いた時、これでやっとあの邪魔者が消えるのだと内心で喜びさえしたのに。


 そう遠くないうちに死ぬだろうと思えば、ポーラだって諦めるだろうと思っていたのに。



 爵位を売ってでも、手段を選ばずに何が何でもクロエを救おうとしたポーラの叫びに、エイミはそこでようやく自分たちが間違えた事を悟った。

 憎しみを向けるべきはクロエの母。オスカーの愛人の立場にあったエイミにとって、憎しみを向ける先はクロエの母であってその娘のクロエではなかった。勿論、憎い女の生んだ子供だから同じような感情を向ける事があったとしても、エイミにとっての憎しみの根源ではないのだから、まだ幼かったクロエをその母親と同一視するかのような感情を向けるべきではなかったのだ。


 クロエを見捨てるのなら、ポーラは何が何でもエイミとオスカー、二人の評判を形振り構わず地の底まで落としただろう。

 フィーリス家の当主の座を譲ったあとは、本来ならのんびりと過ごすつもりだった。

 国内外、どちらでも気になった先へ旅行へ行くのもいいかもしれない……なんて思っていた時期もあった。


 だが、それはクロエが事故に遭わず、ロシュフータ家へ嫁いだ場合の未来図だった。

 クロエが事故に遭い目覚めないまま、ポーラに子爵の座を譲りオスカーと二人で旅行へ、なんてやれば周囲が果たしてどう思う事か。

 悠々自適な隠居生活などしようにも、そういう気分ですらなくなってしまった。


 出かけた先でもし自分たちを知る者がいたのなら。

 娘はあんな状態なのに……なんて思われて、噂にでもなろうものなら。

 そう考えると、どこに行くにも人の目が気になるようになってしまって、結局エイミはオスカーと結婚した後も立ち寄る事などなかったフィーリス子爵領の片隅の小さな屋敷でひっそり暮らすしかできなかった。


 オスカーも同じように、人目を避けるように屋敷にこもりがちになってしまった。

 幸いにして今まで領地の事を任せていた者が不正をするでもなく仕事をこなしてくれていたため、領地の片隅でひっそり暮らすといってもそこまでの不自由はなかった。


 ただ、それでも友人たちを招くとか、友人の家へ行くだとか、そういう付き合いが以前のようにできなくなっただけだ。

 人と関わる機会がめっきりなくなってしまったため、エイミはもっぱら庭いじりを趣味とするようになった。

 趣味、とは違うかもしれない。

 やる事があまりにも限られているから、その中でまだ楽しみを見出せるのがそれだった。


 オスカーも現役だった頃は精力的に友人たちとの社交にも参加していたけれど、今となっては付き合いの大半が消えたも同然で、彼は彼で絵を描くようになった。上手いか、と聞かれるとエイミはそっと首を横に振るだろうけれど、ではだからといって他所へ行って他の女に心を移されても困るし、賭博にのめり込まれても困る。


 エイミがオスカーとこれ以上この先一緒にいる事ができない、なんて思って離縁したところで、エイミとて行くアテなんてないのだから。


 エイミもオスカーも、明確な罪を犯したわけではないけれど。


 それでもここは、きっと二人にとっての牢獄であるのかもしれない。

 看守がいるわけでもない。最低限の使用人がいるだけだ。

 行動を制限されているわけでもない。後先考えず派手に散財しようとすればそうなる可能性もあるけれど。


 ここで穏やかに暮らすだけなら、何一つ不自由なんてないと思えるものだ。


 ただ、エイミとオスカーの心が勝手にここを牢獄のようだと思わせているに過ぎない。



 いつか。


 娘たちと和解するような事になれば、ここを牢獄のようだなんて思わなくなるのかもしれないけれど。


(無理でしょうね……きっと、赦される日はこない)


 わかっている。

 長い年月をかけてそうなってしまった関係が、今更あっさりと変わるなんてあるはずがない。

 心から悔やんでいると思われたなら、ポーラは許してくれるかもしれない。けれどクロエは?

 許してくれない、と言い切れるわけでもないが、許してくれる、とも言えなかった。

 クロエがこちらの事を良く思っていないのはわかる。けれどそれだけなのだ。


 もし、今までの事を心から悔いて反省して謝罪したとして。

 クロエがなんて答えてくれるのか。想像できなかった。


 彼女ならきっとこう言うはずだ……なんて思える程の関係を築いてこなかったのだから。


 こちらから会いたいなど、今更どの口で、どの面下げて言えるものなのか。


 娘たちから離れた事で、エイミは今までの自分たちの事を見つめなおす事ができたけれど。


 だからこそ理解してしまった。


 赦すとか、赦さないとか、もうそんなのはとっくに過ぎてしまったのだと。


 オスカーとエイミに許されているのは、ただこの屋敷で日々を過ごす事だけだ。それ以上を望んでクロエやポーラに関わろうとすれば、きっと――


 娘たちの伴侶となった者までもが敵に回るだろう。


(既に、敵視されていてもおかしくはないのだけれど……ね)


 どうして今まで気付けなかったのだろうか。

 クロエもポーラもずっとずっと子供だと思って侮り続けていた事に。

 子供は成長するものなのに。


 戒めるように一度目を閉じて、深く息を吐く。

 余計な事をこれ以上考えないようにして、エイミは手ずから育てている花の周囲の雑草を抜き始めた。






 ――数年後、クロエとポーラの元に押し花の栞が届けられた。


 それはエイミが屋敷で育てていた花で、屋敷の管理を任されている家令が本来なら花束で届けられれば良かったのですが……と言っていたが、流石に距離があるために花束で届けられたらその頃にはすっかり枯れているだろうから、ある種苦肉の策だったのかもしれない。


 エイミが送りたいと言ったわけではない事を、家令は述べていた。

 屋敷で働いていた使用人たちは、ヒューゴの家からの資金でもって雇われていた。エイミとオスカーの監視、という役目がないとは言えなかったが、少なくともあの屋敷で暮らすようになった二人の暮らしは慎ましやかで。


 かつての栄光――と言える程でもないが――を取り戻そうと躍起になってクロエやポーラと関わろうとする様子もなかったために。



 もし、話をするのであれば。

 今ならば会っても大丈夫だろうという、家令なりの報告だった。


 勿論、金輪際会うつもりがなかったとしても構わない。

 けれど、あれから月日は流れたのもあって、もし今でも言いたいことがあるのなら。


 エイミもオスカーもかつてのような勢いはなくても、それでもいつ死ぬかもわからないのが人生だ。

 死んでからあの二人にああ言ってやればよかった! なんて後悔するかもしれない。

 勿論、会った事でもっと嫌な思いをするかもしれない。

 それについてはどう転ぶかわからないので、会うかどうかはクロエとポーラの判断に委ねる、とも家令は伝えた。



 ポーラとしては会うつもりは正直なかった。

 クロエが事故に遭った時、あっさりと見捨てようとしていた事は忘れていない。

 だがクロエは、一度会うだけ会ってみましょうか、なんてあっさりと言うものだから、ポーラの方が驚いてしまったくらいだ。


 だってあの時死んでいれば良かったのに! とか言われたらどうするのだろう。

 ポーラは自分の母親がそう言うだろうなと思えてしまっていたからこそ、会う必要なんてないと言ったけれど。


「向こうが何をどう思っているかはわかりませんが、でもだって悔しいじゃないですか。あの二人のせいで私とポーラは姉妹なのに変に気を使って全然姉妹らしい事なんてしてなかった。

 こっちだってもう言われっぱなしの、我慢するしかなかった子供じゃないのよ。

 言いたいことは言うし、折角なので親子喧嘩でもしてこようと思うの。


 それにね。


 私たちのやんちゃな子たちと使用人数名連れて行こうとも思うの。

 私たちの時はこっちが振り回されるみたいになってたけれど、今度は孫に振り回されて大変な目に遭えばいいと思うわ」


 その言葉にポーラは思わずぽかんとしてしまった。


 結婚して早数年。


 クロエのところにもポーラのところにも、子供が生まれているしすくすく成長して今では手を焼くくらいやんちゃなのだ。息子も、娘も。

 新人使用人なんかはいい獲物だとばかりに遊ばれている。小さな台風みたいに毎日が騒がしいのである。どちらの屋敷でも。


 そんな、一人でも大変なのに集まったらもっと大変なちびっ子たちを連れていく……?


「……そうですね、たまには家の中が静かになるような事があってもいいかもしれないわ。名案よ、お姉さま」


 クロエの言い分とポーラの思惑はきっと異なっているけれど。


 それでも、二人は旦那と子供と少数の使用人を伴って出向く事にしたのである。




 結果として、長年抱えていた胸の内を遠慮なくぶちかましたクロエはすっきりしたし、ポーラは両親が思いのほか反省していたらしいと知って。


 頻繁に会う事はなかったが、それでも季節の折に手紙でのやりとりをするくらいにはお互いの関係は改善したのであった。



 それはそれとしていつの間にか生まれていた孫たちによってオスカーとエイミはそれはもうへとへとになっていたけれど。



 何もかもがなかったことにはならないけれど。


 それでも、長年の蟠りは少しだけ。


 本当に少しではあるけれど、解けつつあったのである。

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― 新着の感想 ―
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別に愛し合う二人を権力で引き裂いたとかでもなく、政略結婚しただけの姉の母親が最後まで父親と後妻に悪役扱いされてるのがモヤッとした。 亡くなった妻からしたら政略結婚した夫が愛人と不義の子の為に我が子を冷…
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