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どこにでもいそうな令嬢が幸せになるまで  作者: 猫宮蒼


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見えない部分の傷痕は



「めでたしめでたし、と言いたいところではあるんだけど。

 これで終わりじゃないんだ。まだ頼みたいことはある」


 アルベルトの言葉にクロエは改めて気を引き締めた。

 アルベルトが声をかけなければ、恐らくはそのまま二人抱擁していた事だろう。

 カイン以外の人たちの事を一瞬でも意識の外に追いやっていたクロエは、ハッとして意識して背筋を伸ばした。カインはというと、アルベルトに何とも言えない目線を向けていたが。


 それはまるで、もうちょっと空気を読めと言わんばかりであった。


 しかしアルベルトはそんなカインの恨めしげな視線を物ともせずに、今度はヒューゴをクロエの前にずいと押し出した。ヒューゴはどこか気まずそうな顔をして、コホン、と小さく咳払いをしてから話し始める。


「ポーラは爵位を売ったと言いましたが」

「はい」

「実際のところ売ってはいないんです」

「そういえば、まだ私たちは貴族のままだと言っていましたね……」


 そうだ、カインと想いが通じ合ったという事実に色々とすっぽ抜けたが、確かにそう言われていた。

 貴族のままであると言われても、そもそもフィーリス家の資産はそう多くはなかったはずだ。

 唸るほど金があったなら、クロエにも最初から相応の教育をさせて……あの父の事だ。クロエに価値をつけてもっと高く売れるところへ……などという算段を立てていたに違いないのだ。


 だが実際はそうではなかった。本来ならばクロエにかける余分な金などなかった。少なくとも、父にとっては。


 父にとって大切な我が子というのはポーラであって、最愛の妻となったエイミとその娘のポーラが不自由なく暮らすための金はあれど、クロエにかける金などなかったはずなのだ。

 クロエに使うくらいなら、少しでもエイミとポーラが健やかに暮らすために。

 父の思考はそういうものだった。


 だが、ポーラが一人だけ貴族令嬢としての教育を受ける事を嫌がり、クロエも学ばないのであれば自分が学ばなくてもいいじゃないとごねた事でクロエにも教育を受けることが許されただけで。


 そうでなければ、クロエは今だってきっとまともな教育を受ける事もできないまま、学校にも通わせてもらえずどこぞへ愛人として売られるか、ある程度の年齢になってから家を追い出すつもりで最悪娼館にでも売り飛ばされていたかもしれない。

 流石に店に売り飛ばすのは、ポーラが知ればどういう反応になるかわからないだろうから、金持ちの愛人として送り出す可能性の方が高かったけれど。


 ポーラも詳しく知らないような相手のところに送り出されるのなら、それこそクロエは普通の結婚をするのだと言いくるめられていた可能性はある。

 ……と言っても、ポーラは既に両親に対して失望している面もあるので、そう簡単に信じたりはしないだろうけれど。


 もしそうなっていたのなら。


 きっとポーラと両親の関係性はもっと拗れていただろうし、そうなればポーラはますます両親を嫌っていたかもしれない。

 今のポーラは両親に対して失望してはいるけれど、しかし心の奥底から嫌っているわけではない、とクロエは思っている。けれど、もしクロエをどこか、金で売って幸せになれないようなところへ送っていたのであれば。


 貴族の政略結婚なんてそんなものだと言われたところで、きっとポーラはその言葉をすんなりと受け入れる事もなく、心から両親を嫌悪していたかもしれない。



「……私が事故に遭って」


 少し考えてそう言葉を紡いだクロエに、セオドアとモーリスが表情を曇らせるが、別にこの二人を責めるつもりはない。あれは、クロエが勝手にやったことだ。咄嗟に動いただけで、この二人を助けた事を恩に着せようなんて考えてもいないし、その結果クロエが四年も意識不明のままだった事も、この二人の責任ではない。


「両親はきっと、私の事を見捨てるつもりだったと思うのです」


 そうだ。

 ポーラからも聞いていた。

 父にとっても義母にとっても、大切な子はポーラでクロエではない。

 だからこそ意識不明で病院に運び込まれたとなった時、まず考えたのは入院にかかる費用だ。


 病院は慈善事業ではない。

 金は莫大にかかるもの。


 貴族ならまだしも、平民だと医者にかかる金がないどころか、何かあった時の薬を買う事もできないまま死んでしまうなんて話はそれこそよく聞く話だ。

 貴族であったとしても、家を継ぐでもないスペア扱いの子がもし病気に罹れば。

 最悪見捨てられてしまう事だってある。


 治る見込みがあって、そうなるまでにかかる費用が想定内であれば助かる場合もあるだろう。

 けれどもそうでない場合は見捨てられる事もある。

 助けたくても助けられない、という親も多いが、それと同じくらい見捨てる親も多い。


 そして父と義母はクロエを見捨てるつもりがあったという事だ。


 ただでさえさせるつもりのなかった教育に費用がかかり、更にはそこで意識不明の重体となった。

 両親からすればクロエはさぞ金遣いの荒い娘だったのだろう。実際は無駄遣いなどしていなくとも。生きるための食事にかかる費用すら、きっと父にとっては無駄な出費だと思っている――そう、父から直接言われたわけではないけれど。だがそう言われたとして、そうでしょうね、とクロエはすんなりその事実を受け入れたと思う。


 そういう風に思わせられるような関係しか築いてこれなかったのだから。


「ポーラは昔から、私の事を守ろうと必死でした。そんな事をしないで私を見捨てていればきっと、もっと両親と上手くやれていたかもしれないのに。私の事はいないものだと思って、見ないようにしていれば、きっと。

 楽な方に流れてしまえば簡単だったのに、それでもあの子はそうしなかった。

 そうやって生きてきて、そこで私が死ぬかもしれない状況になってしまって。


 私が後先考えないで行動した結果、ポーラの事を追い詰めてしまったのだ、とは今なら理解しているの。

 だって、即死していたなら諦めもついたかもしれないけれど、生きているならあの子はきっと諦めない。けれど、気持ちだけで現実に存在する問題が全て片付くわけもない。

 ずっと入院していたのは、そうするしかなかったというのもあるけれど。

 我が家がもっと色々と裕福であったなら、それこそ使用人に世話をさせてお抱えの医者をつけて……とできたでしょうけれど、残念ながらそんな余裕はなかったし、もし私を家に連れ帰ったところでそうすれば。


 父か、義母か、そのどちらかの指示を出された使用人の誰かが。

 きっと私の息の根を止めていた」


 穏やかに。

 まるで今日はいい天気ね、とでも言い出しそうな口調で言ったクロエに、ヒューゴだけではない。

 カインやセオドア、モーリスがヒュッと息を漏らした。


 平然としているのはアルベルトとシャルロットだ。

 キースは何とも言えない複雑そうな表情をしていたが、わかっているのだろう。

 高位の身分の者たちによる権力争いで身内同士争う事は、決して少なくはないのだと。

 そうでなくとも家督を欲して本来の後継者を消そうとする、なんて者は案外多く存在している。王位継承権を争うよりもむしろそちらの方が多いくらいだ。


 とはいっても、そういうものはあくまでも高位の身分の者たちの話だ。

 男爵家や子爵家であればそういった事は滅多にない。それこそ、資産が莫大にあって後継者が独り占めという状況にでもない限りは。

 けれどもクロエは、自分が殺される可能性を当たり前のように口にしたのだ。


 ヒューゴの家は商会によって莫大な財を得ている。

 だがしかし、家族仲はとても良く、身内同士で殺し合うなんて事は考えられなかったし、カインだってフィーリス子爵家についてそれとなく事情を把握してはいたけれど、それだって両親がポーラを溺愛し優遇している、くらいで。

 いざとなれば平気でクロエを殺そうとしているとクロエが思うまでとは考えていなかった。


 もし、常にクロエの命が危険な状態であったのならば、ポーラはそれこそ子を守ろうとする手負いの獣のようになっていたっておかしくはなかった。


「勿論、ポーラの目があるうちはそうはならないでしょうけれど。

 でも、それでも機会があれば確実にそうなっていてもおかしくはなかった」


 セオドアは公爵家の令息である。

 兄が当主となりはしたものの、自分はまだ未成年。将来はどこかの家に婿入りをするだろうけれど、年が離れているのと既に兄が当主となっているので後継者争いをするつもりもない。

 だから、身内同士で争うというのはセオドアにとっては完全に他人事だったのだ。話に聞いた事はある。けれどそれだけ。

 そして、公爵令息という立場の自分がそうなのだから、他の低位貴族にはもっと無縁の話だと思い込んでいた。


 身内同士の骨肉の争いを話に聞いた事はあっても、自分の周囲で起きたという話はなかったので。


 なのに、自分を助けてくれた女性が、まさかそんな事になっていたなんて……と激しい衝撃を受けた。


「……ごめんなさい、話が少しずれました。

 私が言いたいのは……つまり、そういう事になった以上ポーラは絶対に私を入院させ続けるだろうという事で。

 でもいつ目覚めるかなんて当時はわかりもしなかったでしょう?

 それもあってきっと、ポーラの精神はとても追い詰められていた」


 事故に遭って意識を失ったといっても、その後すぐに意識が戻って、治るまでに大体これくらいの日数がかかります、とかであればそこまでではなかっただろう。

 けれども意識は戻らず、それどころか本当に意識が戻るかもわからないまま。


 明日には目覚めるかもしれない。

 明日には死んでいるかもしれない。


 そのどちらもが有り得たような状況で、それでも諦める事ができなかったポーラは悩みに悩んで、そうして五年という区切りをつけてその間の費用を確保するために爵位を売ろうとした。


 ポーラだってそう言っていたし、彼女が言わなかった心情についても想像はできる。


 クロエが目覚めた時にポーラの口から聞いた事も含めて、ポーラが意図的に何かを隠しているとは思えない。

 実際に爵位を売っていないのに売ったとポーラがクロエを騙す必要はどこにもないように思えるし、ではポーラがそう思い込んでいるにしても……


「どうにもかみ合っていないように思うのですが。

 つまり、一体どういう事なのでしょう?」


 ヒューゴの頼みというのはきっとそこに起因している。

 なるべく複雑じゃない話であればいいのだけれど……とクロエは少しばかり頭痛を感じ始めていた。

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