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現状把握と今後の方針



 今日もクロエが起きている、という事に安堵してまたも泣きそうになったポーラに、クロエは色々問いかける事となった。

 最初の疑問は両親についてだ。

 ポーラが意識を失って、というのであれば両親は間違いなく金に糸目もつけず入院させていただろう。目覚める可能性がどれだけ低くとも、ポーラであれば希望を捨てずそうしていたに違いない。それは断言できる。


 だがそれはポーラが相手の場合であって、クロエにもそれがされるとは思っていない。

 幼い頃から大体察していたけれど、大きくなった今でもその部分については変わらない。

 むしろこれ幸いと聞こえのいい感じに言葉を取り繕って邪魔な娘を処分する方向にもっていったとして、クロエはその事に関してなら絶対に驚かない自信しかなかった。


 その質問に対してのポーラの答えは、あっさりとしていた。


 二人は領地の端っこで過ごしているわ、と。


 領地。

 あぁそういえばあったなとクロエは今更のように思った。


 あまり大きくはないが、そちらはそちらで頼りになる者に任せてあるので父はずっと王都のタウンハウスに用意した屋敷で過ごしていた。母も同様に。

 まぁ、領地はお世辞にも都会と言えるような場所ではなかったし、領地経営をするにしたってやる事などほとんどないと言ってもいい。退屈な田舎にいるくらいなら、社交以外でも何かと便利な王都から離れようとは考えないだろう。


 クロエも幼い頃からずっと王都で生活していたから、領地というものは頭の片隅にかろうじて存在していたが、言われるまで思い出せないくらいの存在と化していた。

 そもそも自分が家の跡を継ぐ事はないとも思っていたから余計に。


「お姉さまを見捨てるのなら、お二人の評判など地の底まで落としてやりますと啖呵を切りまして」

「まぁ」


 確かにポーラなら言いそうね、とクロエは素直に思った。

 その場にいなかったけど、でも想像が簡単にできてしまう。


 けれどそれ以前に。


「でもポーラ、貴方学校で既にそれとなく両親の評判を落とすような噂流してなかった?」

「あら、あんなもの。大した内容でもなかったでしょう? それ以前にあからさまなウソならともかく、あの時は本当の事だったもの。お姉さまを蔑ろにして見向きもしないのは本当の事だったじゃない」


 ふん、と悪びれる事もなく言い切るポーラに、クロエは微苦笑を浮かべる。

 何を言ったところで今更なのだ。


 それにね、とポーラは声を潜める。


「その噂に関してだってそこまで酷くしていないのよ?

 だってお姉さまが事故に遭ってすぐに、わたしは卒業してなくてもあの家を継いだのだもの」

「えっ!?」


 それには流石にクロエも驚いた。

 結婚相手を決める時点でもそれなりに両親は己の利になるであろう相手を探していた。結局ポーラが見つけてきた相手は両親の望む相手ではなかったかもしれないけれど、それでも利用価値がないわけではなかった。だからこそ許したとも言える。

 けれどあの両親の事だ。ポーラが結婚した後だって屋敷に留まりまだ当主となって日が浅いポーラを支えるためにとかなんとか言って居座って口を出し続けるだろうなと思っていたのに。

 屋敷を出て領地の片隅で暮らして、なおかつ少し早まったとはいえ当主の座を渡している……?


 一体何がどうなればそんな事になるのか。

 その疑問はすぐに解決した。


「今なら、娘が事故に遭って精神的にまいっているって事にして領地に引きこもっても当主としての座を譲っても不自然じゃない、ってね。

 そうしたら、今までお姉さまに見向きもしていなかったというのは実はわたしの勘違いで、実際はあの人たちもお姉さまを家族として思っていた、って事にできるわって言ったの」

「それだけで、あの人たちが従うかしら……?」


 ポーラには確かに甘い両親だった。

 けれどクロエに対する態度を思い返せば、そんな簡単にあの二人が頷くとも思えない。

 ぺろ、と舌を出してポーラは続ける。


「そうしたら社交界での評判はまだそこまで低下しないで済むでしょう?

 どうせわたしが跡を継いだならどのみちあの人たちが社交界に出る事だって今までみたいにいかないもの。でも、あのままだったらわたしはあの人たちの評判をどんな手段を使ってでも落としていたわ。

 そうすれば社交界に出たいなんて思えないでしょう? 出ても笑い者になるか針の筵だもの。

 それなら、社交界に出る機会が減ってもまだマシな方を選んだ。それだけよ」


 うぅん、本当にそんな簡単な話で納得するだろうか……? とクロエは首を傾げていたがポーラはもう済んだ話だもの、と切り上げてしまった。


「両親の事はわかったわ。では、それ以外の」

「ごめんなさいお姉さま、お姉さまの婚約は白紙になってしまったの」

「まぁそうよね。薄々わかっていたからそれはいいの」

「それから、お姉さま、ごめんなさい。実はね、もううちは貴族でもなくなってしまったの」

「えっ?」

「お姉さまがいつ目を覚ますかわからないから、わたし爵位を売ったの。フィーリス子爵の存在丸ごとね。

 だから、ごめんなさい、お姉さまはもう貴族令嬢でもない、ただの平民なの。わたしと同じ」


「ちょっと待って、そうしたら両親は」

「売った相手が両親に関しては慎ましやかに暮らしていくなら、って事で領地での暮らしを保証してくれているわ」

「そう」


 それもあって両親はその生活を受け入れるしかなかったのだろう、とクロエは納得した。

 貴族である事を捨てれば当然あの両親も平民になる。

 そんな生活を受け入れられるとは到底思えない。だが、貴族でなくともある程度の生活が約束されるというのであれば、今後の事を考えれば選択の余地などあるはずもない。


「ポーラ、貴方そこまでして……」


 いつ目覚めるかもわからないのなら、それこそ見捨ててしまえばよかったのに。

 そんな思いが掠める。


「いいの。だって家族だもの。大切な家族なんだもの……」


 そこまで言われてしまえば、文句を言うわけにもいかない。

 そうまでされたという事実に、クロエは何かを伝えたい気持ちになりながらも、しかし上手く言葉が出てこなかった。口を何度か開閉して何かを言おうとしているのに、何を言ったところでこの気持ちを伝えられる言葉が浮かばないのだ。ただの感謝の気持ちですら、この思いとは一致しない。


「平民になったという事は、それではポーラ、貴方今どうやって生活しているの? 婚約していた方は?」

「婚約もね、白紙にしてもらった。その代わりに爵位を売ったの」

「その方に売るのなら結婚したって同じじゃない」

「違うわ。違う。お姉さまがいつ目覚めるかわからないから、そうなったらわたしきっと、ヒューゴに甘え続けてあの家のお金をアテにし続けるに決まっていたもの。

 だからまとまったお金と爵位を交換して、それで、そのお金が尽きる頃になってもお姉さまが目覚めなければ区切りとして諦めるつもりだったの。

 だってそうじゃなかったら、きっとわたしはレザード家を巻き込んで破滅に導くまできっと諦められなかったから」


 姉のためとはいえ、それでヒューゴの実家まで巻き込まれて支援を求められ続ければ、確かに向こうの家だって最初はともかくいつまで続くかわからない金の無心にいずれ切り捨てる決心をするだろう。

 そうしないためとはいえ、それはいくらなんでも……


「ポーラ、区切りはどれくらいだったの?」

「五年よお姉さま。だから今こうして目が覚めた事が本当に嬉しい」

「それでポーラ、貴方、今は何をしているの?」


 貴族として跡を継いだわけではないというのなら。

 ポーラも平民になってしまったというのなら、爵位を売った金をクロエの治療費に使っている以上ポーラの生活はどうなっているのか。


「働いているわ。この病院の近くで。事情を説明して、時間に自由がきく形で帳簿や書類整理といった事務をしているの」

 幼い頃に学んだ事が役に立ってるのよ、と笑うポーラは、だからちょくちょくお姉さまのお見舞いにも来れていたわ、なんて言う。

 それはつまり、昨日もきっと仕事を終えてその足で様子を見にきたという事なのだろう。


「え、お姉さま? どうしたの? どこか痛い?」

「いいえ、いいえ違うのよ……」


 気付けば涙がこぼれていた。


 嗚呼、自分のせいで妹の人生をとんでもない事にさせてしまった……


 そんな気持ちがどうしたって消えない。

 感謝の気持ちもあるけれど、けれどそのせいでポーラにはしなくてもいい苦労をさせてしまったのだと突きつけられたのだ。ポーラは突きつけたつもりなんてないだろう。そう思っているのはあくまでもクロエで。


 けれど、あの事故でもしこんな風に昏睡し続けず、すぐにでも息を引き取っていたのなら……どうしたってそう考えてしまう。

 そうしたら、ポーラはきっと自分の死を悼みはするものの、それでも自分で選んだ婚約者と結婚し、いずれは姉を喪った悲しみを薄れさせて新たな家族と向き合っていけたかもしれないのに。


 理解が、感情が、色々なものが追い付いてこなかった。


 生きていた事への喜び。

 知らぬ間に流れていた時間への喪失。

 そのせいであるはずだった未来は別の形へと姿を変えた。


 妹の幸せを、もしかしたら奪ってしまったかもしれない後悔。

 死んでいれば良かった、とはそれでも口に出せなかった。

 出せばポーラはきっと悲しむし怒るに違いないというのはわかっていたからだ。

 それに、クロエだって別に死にたかったわけじゃない。


 それでも、こうなってしまったのだ。

 もしもの未来を想像したところで、何もかもが今更だった。


 ぽつぽつと話をして、そうしてポーラはまた明日、と言って去っていった。


 目が覚めたとはいえ、クロエは今までずっと眠ったままだったのだ。

 そんな状態でいきなり事故に遭う前と同じように動けるはずもない。

 いくら点滴で栄養だけは体内に送り込まれているといっても、筋肉は明らかに衰えていた。

 記憶の中の自分の腕よりも細くなっている腕は、多分その気になれば簡単に折れるだろう。

 足だって、もうちょっと肉がついていたような気がするのにこちらもまるで枯れ木のように細くなっている。


 足が細くなった、という言葉だけなら喜びそうなものだが、しかし実物を見れば喜んでもいられない。

 細くなったところで、その細さは決して美しいものではなかったから。


 手足がそうなら身体全体もそうだと思うべきなのだろう。生憎ここに鏡はないので知りようがないけれど。


「平民になったというのなら……そうね、落ち込んでなんていられないわ……」


 誰もいない病室で呟く。


 貴族でなくなったから何だというのか。

 そうだ、だって、婚約者が見つからなければ、もし両親が決めたロクでもなさそうな相手と婚約させられていたのなら、その時は家を出ていこうと思っていたではないか。

 そうして貴族であることを捨てて生きていくしかないと思っていたではないか。


 自分だけがそうなるつもりであったのに、まさかポーラにまで……と思うとつらい気持ちにしかならないが、それをいつまでも嘆いているわけにもいかない。

 今のクロエにできる事は、一刻も早く自分で動けるようになって、苦労を掛けたポーラにこれ以上の面倒をかけない事だ。


 クロエの目には、確かな決意の光が宿っていた。

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