敵の敵は味方理論
――結論から言えば、上手くいった。
無意識とはいえ今まで見下すような事をしてしまった令息たちに、カインがただ話を持ち掛けただけでは協力などされるはずもない。
表向き和解していたとしても、その後に当たり前のように協力してほしい、なんてしれっと言っていたのなら協力する振りをして足を引っ張りにかかる者もいただろう。
だがそこはアルベルトというカインにとって切り札にも等しいカードを初っ端から切った事で。
公爵令息という、身分的に生徒の中でほぼ上に位置する相手から話を持ち掛けられてしまえば流石にばっさりと切り捨てて断るわけにもいかなかった。
そうは言っても、心の中ではやはり協力する振りをしつつも足を引っ張ってやろうか、と考えていた令息はいたのだけれど。
しかしアルベルトがあからさまに含みのある笑みを浮かべて言うものだから。
逆に何か裏があるのか……? と思ってしまったのだ。
「だって、あのカインだよ? 君たちは既に彼の欠点というか短所というか……まぁ、身をもって体験しただろう? そんな男がすんなりと意中の令嬢を射止める事が果たして本当にできるだろうか?」
そう言われて、協力を持ち掛けられた令息たちは考えた。
今は、カインもあの時の対応はまずかったのだ、と理解し反省したようではあるけれど。
しかし今までそれが当然だったかのように振舞っていたのだ。この先気を付けていたとしても、もしかしたらうっかりと、少し気を抜いた時にそういった悪い面がぽろっと出てくるかもしれない。
令息たちは自分が優秀ではない、という自覚があった。落ちこぼれまではいかなくとも、だからといって努力をしないままでいればあっという間に出来損ないの烙印を押される可能性があるのだという自覚はある。
努力もせず学びもしないままでいれば、早々に両親から見放されるだろう事は簡単に想像がつく。
今見放されていないのは学ぶ事をやめず努力し、それなりに結果が出ているからだ。
たとえその結果が、微々たるものであったとしても。
落ちこぼれとまではいかないが、凡庸と言われてしまえば否定はできない。
そういった令息たちは己の身に置き換えて想像してみたのである。
今まであまり女性と関わってこなかっただろう男が、好ましいなと思った相手と出会い、その相手にはまだ婚約者がいない状態で。
その令嬢を射止めようとして、仮に、もし上手くいったとして。
最初のうちはどうにか猫をかぶっていられるかもしれないけれど、いつかポロッと、若かりし頃の無礼な態度が出てしまうのではないか……?
最初のうちは恋が叶ったと、内心で浮かれて少しの欠点なら可愛いものだと思えるかもしれない。
けれど、優秀であるという自覚のある男が、自分より優秀でもない相手とずっといたとして。
いつか、自分より下である、という認識が強く根付いてしまったら……?
そんな風に考えて、一部の令息は母を不出来な妻だと罵る父親を思い出した。政略結婚で愛のないまま年月が過ぎてしまった家の令息もこの中に数名ばかりいたので。そういった想像はやけにリアルにできた。モデルが身近にあるからこそ、ありありと。
そうなった時、間違いなく相手の女性は男に対していい感情など持てないだろう。
できない部分を指摘されるにしても、言い方ひとつで受け取り方などガラリと変わる。
それこそ、カインが令息たちに対して言い放った言葉のように。
その時にカインが相手の女性に対して愛もなくなっていたのであればまだしも、もしまだその時点で愛していたとして。無自覚にまたも相手を傷つけるような事をいってその相手から嫌われるような事になれば――というのが、思った以上に容易に想像できてしまったのだ。
想像の中のカインは一応結婚にこぎつけた後でそんなボロ――と言っていいかは微妙だが――を出していたが、場合によっては結婚にこぎつけられない可能性も存在する。
「上手くいくならそれでよし。だって、今まで君たちに向けていたような態度を改める事ができた、と見なせるだろう? でも、上手くいかなかったらそれってさ、ねぇ?」
決定的な言葉をアルベルトは言わなかった。
しかし令息たちは言葉にされなかった部分を的確に汲み取ってしまった。
何故ってそれは自分たちがカインに言われた言葉でもあったのだから。
どうして一度で理解できないんだ?
そんな風に、理解できない方がおかしいのだとばかりに。
明らかにこちらを馬鹿にした言い方であれば畜生アイツ性格悪いなあ! と言えたかもしれない。しかし本当に、心底理解できないといった声だったから。
まるでこの程度も理解できないなど、そこまで無能なのか? と言われているような気にさえなってしまっていたのである。
実際カインの口からそこまでの事は言われていなかったが、そう言われているように感じた者たちは多い。
もし、上手くいかなかったのなら、今まで彼らに言い放った一度で理解できなかった、はカインに盛大なブーメランとなって突き刺さるという事実に他ならない。
カインが無事に女性を射止めたとして、その後も上手くやれているのであれば、そういった無意識で相手を傷つけるような言動は改まった、と認める事ができる。その女性にだけで他には対応されていなかった場合、無意識どころか人を選んでやっている、という風に見られるのでその時はそれはそれで、カインにぼろを出させるように動いて相手の女性に幻滅されるように仕向ける事もできるかもしれない。
そんな風に考えて。
善意と悪意が混ざりはしていたものの令息たちはアルベルトの持ち掛けた協力話に乗ったのである。
そしてそんな彼らを、アルベルトは「ちょろいなぁ」と思いながら見ていた。
根は皆素直なんだな、と。まぁ低位貴族の家に生まれて育てられたならこんなもんか、と。
もしアルベルトが素直に友人の恋を応援したいから協力してほしい、なんて言ったところで彼らは表向き協力はしてくれるかもしれないが、しかし同時に裏で妨害もした事だろう。
だが、話を持ち掛けてきたアルベルトが高みの見物を決め込むかのような言い方をすれば。
多少のお膳立てはしてやるが、上手くいくかはカイン次第とまるで上手くいかないような言い方をしていたものだから。
今までカインに無能のように言われた令息たちは、公爵令息にまでそう思われているのか……あれ、でもカインの事友人って言ってた気がするんだけどなぁ……表向きは友人とかそういうやつで実際違うのか……? などと。
まんまとアルベルトの思惑にはまってしまった。
内心でアルベルトがちょろいと思うのも無理はなかった。
ともあれ、これであえて余計な邪魔をしようという者たちはいなくなった。
カインの想い人というのがクロエである、というのも知らされて、クロエとフィーリス子爵夫妻との仲が微妙である事もアルベルトの口から言われてしまえば、逆にカインとくっつけた方がクロエ嬢にもいいんじゃないか……? という気になってしまった者もいた。
親子仲が微妙な家の令息は、婚約者にと持ち掛けられた相手が大抵ロクでもなかったりしたので。
俺でこれならクロエ嬢とか自分の父親より年上の爺のところに嫁がされる可能性もあるのか……なら、まぁ、カインとくっついた方がマシかなぁ……? と考えたりもした。その上でカインと破局するような事になれば、それはそれでクロエ嬢にとっては大変な事になるかもしれないが、アルベルトがそこを考えていないわけでもないのだろう。
場合によってはカインから当面の生活資金を出させるように、後々手助けをするのかもしれない。
もし本当にただの娯楽としてみるだけであったなら、流石にその時はクロエ嬢が不憫すぎるから、その時は俺らで陰ながら助けてやれそうなら……なんてコソコソと話し合う令息たちもいた。
根は、悪い連中ではないのだ。
まぁ、破局する時期にもよるが。
というか破局前提になりつつある時点でカインへの信頼が酷い。
ともあれ、これで彼らがカインの恋路を邪魔してやろうとはならなくなった。
それをやらかせば、アルベルトの妨害をするようなものだ。彼を敵に回すのは流石に得策とは言えない。それくらいはわかっている。
別に声高にカインが酷い野郎だとそこかしこで噂を流せと言われているわけでもない。
ただ、もし社交の場においてフィーリス家やそれに関係してそうな家からカインについて聞かれるような事になれば、それとなく自分たちはカインとは不仲である、という風に見せればいいだけで。
アルベルトが協力を持ち掛けた令息たちはそもそも学校の中でカインと親しく会話をするような仲でもないので、もし学校以外の場所でカインについて聞かれた場合、ちょっと言葉を濁しつつあいつとはあんまり関わりたくないんだよなぁ……だってほら、性格がさ……とか言っておけばいいだけの話だ。
そうすれば周囲は勝手に誤解する。
それこそ、令息たちがアルベルトの策にまんまとはまった時のように。
周囲で勝手に憶測で広まる噂がどこまで酷くなるかは知らないが、結果その程度でカインが潰れるような事になれば、どのみちその程度だ。率先して悪評をばら撒いているわけでもないし、むしろクロエを嫁に迎え入れられるようにせめて子爵夫妻から見てカインは酷い男でなければならない。その方が邪魔者を追い出した挙句そいつは幸せになれそうにない、と夫妻もこれ幸いと話に乗ってくれる可能性が上がるのだから。
この計画が破綻するとすれば、夫妻がクロエの事をきちんと愛していて彼女のためと家のためを思ったマトモな婚約を……と考えている場合だろう。
だがそれはない、と既にアルベルトの方でもフィーリス子爵夫妻について調べた上で判断したので。
もしあまりにもカインの噂が酷くなるようなら、そんなカインを真人間に戻してやった心優しい令嬢クロエ、とかなんとかして美談に持っていく方向性も考えておかなきゃなぁ、とアルベルトは割とどうでもいい事まで考え始めていた。
恋愛絡みでそういった噂はアルベルトが流すより、女性が流した方が信憑性が増すよな……と考えて、それじゃついでに自分の婚約者にも話を通しておこうかな、とも考える。
こうしてカインの恋に関しては、表立って皆が見世物のようにしているわけではないが、しかし確実に大勢の人間たちの注目を集めていたのである。
そうして、カインとクロエの婚約が決まった、となったのは案外すぐの事だった。
酷い男と噂されてる相手との婚約を許すなんて、子爵夫妻は本当にクロエ嬢の事どうでもいいんだな……と一部の者たちのなかで、夫妻の評判が下がった事など勿論エイミもオスカーも知る由もない。
二人の人生においての重要な分岐点はいくつかあったはずだが、間違いなくこの一件もそれだった――と知る者は極僅かである。




