初陣
「いくら何でも早すぎだろ」
日曜の夜。
時計の長針が数字の10を指そうとしていた頃。
アリスは突然支部をつぶしに行くぞと言いはじめた。
「早く来い」
玄関で待っているアリス。
顔を晒すわけにはいかないため、まるでオペラ座の怪人のような格好で急いで向かった。
流石に仮面はまだつけていない。
自分でも滑稽だと思ったが、こうするくらいしか思いつかなかった。
「何だ、武器は持たなくていいのか?」
「ウィスがある」
「他人の手は汚さないのではなかったのか?」
「……他人に殺人をさせたとしても俺の命令だ。汚れるのは俺だ」
「お前の正義は言葉遊びだな」
いつものように鼻で笑い、扉を開けた。
「今では姉のためだけでなく、自分の正義を証明するためにあいつを殺すのだろう?その正義の屁理屈を忘れるなよ、ミコト」
道路の真ん中で突っ立っていた。
「危ないだろ!どけよ!」
車のドアを開け、こちらまで怒鳴りながら歩いてくる。
「少し手伝ってくれないか」
男は帰宅中のサラリーマンだろうか。
この男にも家庭というものがあったのだろうか。
平和な時を壊してしまってすまない。
だが、いずれ壊れてしまうこの世。
少しだけ時期が早まっただけだ。
「……主の仰せのままに」
「ではまず車に俺とこの女を乗せてもらおう。そして指示した位置まで移動を頼む」
俺とアリスは車内へ乗り込んだ。
後部座席には、クマのぬいぐるみを抱えた小さな男の子がいた。
こちらを見て驚いていた。
声も出せないのだろう。
「……降りろ」
男の子は何も言わず車から降りていった。
「非情だな」
「無法地帯に連れて行くのと、ここで置いてけぼりにされるのと、どちらがマシか考えてみろ」
車はエンジン音を鳴らし、発車した。
「支部には法的縛りがない。まともなやつは一人もいないと考えていい。一般人でも敷地に足を踏み入れた時点であの世行きだ」
「どこの支部もそうなのか?」
「ああ。そして俺達の居場所から出来る限り離れたところを第一標的にした」
自分の住んでいる近くの支部から順番に潰していったら犯人の割り出しはすぐにされてしまう。
極力慎重に、それでいて確実に潰していく。
「明日の学園には間に合わせるように計算した」
「私が行くと言ってからほんの数分でしっかりとした計画を立てているとはな。偉いぞ」
素直に喜べない自分がいた。
決心がつかなかっただけで、何通りもの計画はもともと立ててあった。
ウィスを偶然手に入れたが、たとえなかったとしてもあの男の場所へは行くつもりだった。
復讐に。
「綺麗だな」
「ん……ネオンか?」
「ああ、もう何十年とあの状態だったからな。外を見るのは久方ぶりだ」
こいつが外を放浪したがるのもそのせいだろうか。
しかし、何十年という時間。
自分が目を閉じ、眠っている間にそれだけの時間が流れたとしたらどれだけ恐ろしいことか。
周りに知っている人はいない。
科学技術の進歩。
知らない電化製品。
まるで不思議の国に迷い込んだかのように錯覚してしまう。
「お前を閉じ込めていた男達は何なんだ?」
「どこの時代にだっているだろう。研究し、実験し、その力を自分のものにしたがるやつは」
「……不老不死を望んだ科学者達か」
「そんなところだろう。或いは……」
車が止まった。
周りに民家や建物はなかった。
間違って入ってしまったら殺されるのだから当たり前だろう。
聳え立つ建物は、中世ヨーロッパの城そのものだった。
「お前の初陣だな。どう入るんだ?」
俺は仮面を装着した。
付け心地は悪くない。
「ついてくればわかるさ」
身長の2倍はあると思われる塀。
門を探した。
もちろん警備にあたる人がいる。
見つかることのないよう、壁に背を向け立った。
入り口は一箇所しかない。
「見張りを始めてから現在、午前5時まで怪しい人物はいなかった。次の警備に交代するため、自室へと戻った」
「何を言っている。まだ1時だぞ」
アリスは警備員に対して言ったということがわかっていないようだった。
俺は門を指を指した。
思惑通り警備員はいない。
「今から1時間でここのリーダーを殺して帰る」
「難しいことを言うな」
「本当はここからウィスで殺してしまいたかった。しかしウィスは相手の顔がわからなければ効力がないようだな」
アリスはにやけていた。
きっとこのことを知っていたが教えてなかったのだろう。
教えそびれたのか、ふざけて教えなかったのかを考えたら絶対に後者だと思う。
「お前には手伝ってほしいことがある」
『侵入者だ!』
城の中に放送が流れた。
俺は城に足を踏み入れてすらいなかった。
敷地内に入り、庭のど真ん中で鳴り響いた放送。
ほんの数秒で支部の警備員に囲まれていた。
「赤外線センサーが張り巡らされてるというのに……バカな侵入者だ」
リーダーと思わしき人物が現れた。
「支部長、捕らえますか?」
「かまわん、打て」
合図と同時に全員が発砲した。
弾は全て命中し、アリスは倒れた。
俺はしっかりとこの目で見た。
そして扉を開けた。
予想通り警報はならない。
城の構造はわからないため、目的の場所をすぐ見つけることができるかどうかが鍵となっていた。
「俺はついている」
扉を開けると警備員が二人いたが、すぐに肉の塊となった。
『聞こえるか』
そう、俺は放送室を乗っ取ったのだ。
慌てふためくバカなやつら。
「窓際で死ねとは……いやな役回りだ」
「なっ……!?お前死んだはずじゃ……」
モニターに映る奴らの動きを見て笑いを堪えていた。
『ただちに本部へと連絡せよ。近い日に我らはお前らを殺しに行くと』
計画通りに全ての事が進んだ。
「その条件は呑めない。テロリストめが……たった二人で何ができる?死に損ないの女と放送室にいるお前を殺せばそれで済む話だ。わざわざ主の手を煩わす必要などない」
リーダーと思われる男ははっきりと言った。
思惑通りの台詞。
自分たちが死ぬことなどないと確信している。
『どうやら主を間違えているようだな……いいだろう。もう用はない。死ね』
カメラに向かって話していた男を含め、全ての警備員は倒れた。
「まったく……死なないとは言え、痛いと言っただろう。二度とやらせるな」
アリスは放送室へ現れた。
身体は血だらけであったが、外傷はない。
――――そもそも
「っ!何をする!」
「モニターで警備員の顔が見えるだろうが」
アリスは俺の頭を思いっきり殴った。
「万が一なかったときのためだ」
「ふんっ。今のでチャラにしてやる」
受ける傷は本当に痛いのだろうか。
何か殴られたことに納得のいかないまま城を後にした。
モニターには無残な死体だけが映し出されていた。