思い
「おー。今日はみんないるんだな」
生徒会棟に勝美が入ってきた。
生徒会とはいえ毎日仕事があるわけではない。
しかし一応部活なので全員集合するのが日課となっている。
部活何だか、娯楽何だか分からないくらい内容は緩いものだが。
「ソン昨日どうしたんだよ~。警察まで来てて心配したんだぞ」
「悪い悪い。あのまま戻るわけにも行かないと思って帰ったよ」
「昨日なんかあったの?」
ソファーで座ってた副会長が聞いてくる。
「事故やっててさー、ソンが現場に飛び込んでったんだよ」
「ミ、ミコト怪我ない!?」
聞いていただけの真子が声を裏返して聞いてきた。
思わず笑ってしまう。
「俺が事故ったわけじゃないんだし」
安堵のため息をついている横で、副会長が奇怪な目をしているのが気にかかる。
「どうしました?」
「べっつにぃ~。真子ちょっと……」
彼女はたまに変な行動を取ることが多いと思う。
やはり年齢が違うとそうなのだろうか。
「てかさ、あの二人はまたいつもの?」
「俺に聞くなよ。二階堂」
ビクッ!
……視線を送っただけなんだが、俺何かしたか?
「お前……まさかうちに住み込む気じゃないだろうな?」
「アリスだ。何度言ったらわかる」
昨日、家に帰ってからの話だ。
俺は姉と二人暮らし。
母は俺が幼い頃に交通事故で他界した。
あの頃のことを思い出すと、今でも頭の中が真っ白になる。
父は当時から国のピーク。
この国のシステムは単純だ。
賢い人が国を治める。
治める、という言い方には語弊があるかもしれない。
賢い人が国を支配する。
そしてそのトップに立つのがピークと呼ばれる人。
ピークには絶対権力が与えられる。
つまりすべてを自分の思い通りにすることができるのだ。
ピーク選挙は1年に1度ある。
1年に1度の選挙で大抵の場合、ピークは交代する。
しかし父はここ数年ずっとピークを維持している。
国民の支持が高いという専門家の意見があるが、それは違う。
あの偽りの仮面を被った悪魔を……俺は……
「おい、聞いているのか?」
「ああ……すまん。ここに居候するのは仕方ない、認めよう」
居候、という言葉を聞いて顔をしかめた。
「貴様は私なしでは生きていけない。だから私はここに居座る」
「意味がわからないが……とりあえず姉さんの部屋には入るなよ」
「何か問題でもあるのか?」
こいつは……常識というものはないのだろうか。
事情を知らない人からしたら男が女を部屋に連れ込んでいる状態だというのに。
極力他人には知られたくない状況であるのは確かだ。
「お前がここに住めなくなるかもしれない。そうするといろいろ不便だろう?」
アリスは少し考える動作をして、納得したようだった。
「おい、これは何だ?」
机の上にあるものを指さした。
そこには今流行りのお菓子が置いてあった。
「食い物だ。食べていいぞ」
ベッドで寝転がっていたアリスは跳ね起き、袋を眺めていた。
俺はそれを眺める。
切り口が見つからないらしく苦戦している様子。
結局爪で無理矢理開けたみたいだ。
そのひとつを口へ運び……目が輝いた。
つくづく、変なやつだ。
「ソン、ゲーセン寄ってこーぜー」
「今日姉さん病院の日なんだ。また今度な」
「そっか。お大事にな~」
今日はウィスについていろいろと実験をした。
さすがに生徒で実験するわけにはいかない。
生徒会のメンバーなら尚更だ。
彼らの意思を無視して命令するなど、知人にそう易々とできるほど俺は冷酷な人間ではない。
アリスが早口で大体のことを話していた記憶を頼りに、とりあえず野良猫で実験してみた。
そして実感したことはただひとつ、この力は本物だということ。
転べと言えば転び、来いと言えば寄り、来るなと言えば遠ざかる。
言ってはいないが、死ねと言えば死ぬ勢いだ。
コンコン
「姉さん、入るよ」
扉を開け、ベッドに腰かけている姉さんが目に入る。
何度も、何度も見た光景。
「こんにちわ」
その笑顔も、その言葉も、痛々しいほど今まで何度も感じた。
「ええと……失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」
そして一番聞きたくない言葉。
困ったような作り笑い、曖昧な表情。
聞くたびに暗闇のどん底に投げ込まれる思い。
幾度となく受ける傷。
そしてこれは自分の罪なのだとはっきりと実感し、懺悔する時。
「……僕はミコト。あなたの弟だよ、姉さん」
姉さんには記憶がない。
それだけならいい。
朝起きてから夜までの記憶しか残らない。
つまり次の日にはまたすべてを忘れている。
忘却の呪い。
呪いの螺旋。
これは自分の弱さが作り出したものだと、わかっている。
わかっているからあの男を……父を……何があってもこの手で……
あいつに奪われた姉さんの記憶を取り戻す。
俺から何もかも奪ったあいつから……
今日、このときをもってさまざまな歯車が回り始めた。
そのことに気付いているのは誰もいない。ただ1人を除いて……