1話
「隠れんぼをしよう」
ハキハキした声、太陽のように眩しい笑顔をする翠仙は自分の可愛らしい弟の手を掴む。
「かくれんぼ…?」
翠仙の弟… 蝋梅はポカーンとした表情でその少年を見つめる。その表情を見て察したのか微笑みながら
「隠れんぼは鬼と隠れる側に分かれて鬼の人は隠れている人を探すものだと。祖父が言っていた」
「…たのしそう」
「うん!じゃあ一緒にやろ」
それから毎日翠仙と蝋梅は時間さえあれば隠れんぼをしていた。翠仙とやる隠れんぼは毎回楽しく蝋梅の楽しみになっていった。
そんなある日、今日も兄とやる隠れんぼを楽しみに蝋梅は庭の中で1人待っていた。
(あ、あの姿は…!)
間違えもなくここに来ることを期待していた人物…翠仙の姿であった。しかし、翠仙は険しい顔をしながら部屋に入ってしまう。不審に思い蝋梅は翠仙が入った部屋に近づく。部屋の中からは翠仙の声…あと誰かの声が聞こえた。母亲か父亲だと思っていたが…声が違った。
(兄さんのお友達かな…もしかして霞にぃ?)
霞にぃは2区の跡継ぎ候補の1人だった。昔から2区と3区は関わりがありよく兄さんと一緒に遊んでいる。けど霞にぃはもっと声が低い気がする。じゃあこの人は誰?
中を見て確認したいと思った矢先
「巫山戯るな!」
今まで翠仙から聞いたことのないくらいに低く。そしてどこか怒っているような声が聞こえた。蝋梅はその声にびっくりし慌ててその場から逃げるように去る。
あの誰にも優しく自分がどんなに悪く言われても笑顔を絶やさない人が…あんな声を荒らげるとは思いしなかった。
(兄さんじゃないみたい)
蝋梅はそう思った。あれは自分が知っている翠仙ではないということを。怖くて震えながらその場でうずくまる。
「蝋梅ー、ラーメ…ってここにいたのか!」
「にい…さん?」
「あぁ、蝋梅が大好きなにーにだ!」
先程の翠仙とは違い、いつもの翠仙に戻っていた。
「怒ってない?」
「怒る?」
「さっき物凄い大きい声出してたから」
一瞬だけ翠仙の目が曇ったように見えた。しかし目を擦るといつもの笑顔に戻っていた。
「あ…お前は気にしなくていい。別に蝋梅を怒っていたわけではないしな!」
蝋梅の頭をわしゃわしゃしながら笑顔で答える。その光景に安心したのか蝋梅はホッと肩を落とす。
「部屋に戻ろう」
「うん」
蝋梅は差し出された手を両手で掴んだ。翠仙の手は蝋梅より大きくそして温かかった。
(ずっと兄さんと一緒にいたい)
心から強くそう願った。いつまでも翠仙と一緒にと。
それから数年がたち、蝋梅は14歳になり翠仙は23歳になった。今日はいよいよ区長が決まる日だ。普通は跡継ぎを決めるために戦など跡継ぎ候補たちが戦うのが基本だ。しかし3区は違った。蝋梅たちの両親は違った。争いを好まない蝋梅たちの両親は長男が必ず跡を継ぐと言う決まりを作った。もちろん、長男ではない蝋梅にも同じような教育を受けさせどこに出しても生きていけるようにしている。だから比較的3区は平和であった。
「兄さん、区長任命おめでとう」
蝋梅は右手を拳にし、左手の掌を立てた。
「…ありがとう!」
翠はいつもと違い服は正装でボサボサの髪もしっかりセットしてあり、区長として相応しい格好だった。
「霞にぃも区長に選ばれたらしいね」
「霞だからな、試験は突破出来るのは当然だ!」
「そう言って試験中はずっと心配してたじゃん」
「…んな!」
翠仙は否定しようとしたが蝋梅のいたずらっ子のように笑う姿を見て翠仙は怒ることを忘れ
「蝋梅がこんなにも表現豊かになってにーには嬉しい」
「ちょっと泣かないでよ!今日から区長なんでしょ」
「大丈夫だ」
「全然大丈夫そうには見えないんですけど!」
「これから新区長のお披露目と区長会議もあるのに」とブツブツ呟きながら翠仙の涙を拭く。
「初日から仕事とか、いやだー」
「世界統べる区長様なんだから仕方ないでしょ」
「俺は蝋梅が笑っているだけでいいのに」
「良くない!」
「追加で民も」
「オマケみたいに言わないで…それに兄さんもだよ」
「…」
「ねぇ、なんか言ってよ」
「今日死んでもいい」
「縁起悪いこと言わないでよ」
「朝から元気ですね」
後ろから穏やかで低い声が聞こえた。蝋梅は後ろをいきよいよく振り返る。そこには紅い月のような目と黒曜石のように黒い髪をしていてどこか儚げで上品な立ち姿をしている人物がいた。
「霞にぃ!」
「はい、霞にぃです」
「引きこもりのお前から来るなんて珍しいな」
「迎えに来ただけです、どうせ行く場所は変わらないのですから」
「霞にぃも区長になったんだよね?」
「えぇ…」
「おめでとう!」
霞は少し驚いた様子で蝋梅を見ていた。しばらくして「ふっ」と笑い
「ありがとうございます」
「霞そろそろ行くか」
「おや、もう準備は整ったのですか?」
「これ以上蝋梅と一緒に居させたら兄の座奪われそうだから」
「そんな…幼なじみの弟を盗るようなことはしませんよ」
「は?こんなにもいい子なのに…目ほんとにあんのか?」
「どっちなんですか…」
呆れたように呟く霞。
「じゃあ俺たちは行くな、留守番しててくれ」
「行ってきますね、蝋梅くん」
翠仙は大きく手を振り霞は控えめに手を振る。この2人は本当に真逆みたいな性格をしている。常に動き回っている翠仙とタイミングを見計らって動く霞。タイプは違うからこそ仲が良いのかもしれない…そんなことを蝋梅は考えながら2人の背中を見ながら笑顔で
「行ってらっしゃい!」
「やっぱ行きたくない」
「やはり私が来て正解でしたね」
翠仙の服を無理やり引っ張り連れていこうとする霞に抵抗するように暴れる翠仙。面倒くさくなったのか霞は翠仙の腹に思いっきり拳を振り上げ気絶させてそのまま運んで行った。
「あはは…」