8.二人の羊蹄族
一瞬の出来事であった。アウルスは電光石火で騎乗の兵士を三人始末した。
彼は悠然と歩を進めると胸を貫かれた兵士が落とした槍を拾い上げた。
「セアト、この槍を使えっ!」
投げ渡された槍を掴んだ。セアトは槍を構えて、彼らを囲む歩兵たちを牽制する。
彼の隣で、ラクタリスが杖を掲げた。
その先には蒼い火球が浮かんでいた。それを見た兵士たちが後ずさり、狭められていた包囲の輪が広がる。
「火球」
放たれた火球が兵士の一人を捉えた。その男は瞬く間に炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなく絶命して倒れた。
「くそっ、魔法使いを倒せっ!」
敵の歩兵たちが一斉に挑みかかろうとするが、ラクタリスはすでに二発目の火球を作り上げていた。
「くっ!」
それでも挑みかかろうとする一人の兵士をセアトが横から突きを入れて倒した。
ラクタリスの火球が逃げ出そうと背中を向けた兵士の背中に命中した。その男も炎に包まれて倒れた。
残る二人の歩兵の一人がエンネニーナに突きを入れようとしていた。
「ひっ」
エンネニーナはかろうじてかわしたが、短い悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまった。その彼女へ容赦なく第二撃が突きつけられた。
間一髪のところで、セアトが割って入り矛先を弾く。それを期に兵士と激しい突き合いとなった。敵の矛先をセアトは柄でそらして突きを返す。その応酬が続いた。
残りの歩兵が加勢して突きがセアトに入る。彼は避けきれず、腕を切り裂かれ、一瞬の隙ができた。
「とどめだっ、くらいやがれ!」
追撃を加えるために槍を構えた兵士の体が炎に包まれた。ラクタリスの三発目の火球が炸裂したのだ。
セアトは激しい痛みに耐えながら、呆然と立ちすくむ残りの歩兵に突きを入れて倒した。
歩兵をすべて倒し終えたセアトとラクタリスは顔を見合わせ、一息をついた。
その傍らで、いつの間にか奪った馬を駆るアウルスと敵の騎士の二名が槍で矛先をぶつけ合っていた。何合もの激しい応酬が続くが、やがてアウルスの槍が一名の兵士の胸を貫くと、最後の一人も彼の槍の餌食となった。
まさに無類の強さだ。
大地には十名のトラシル兵とデキムスが倒れている。
セアトは、デキムスを起こす前に、座り込んでいるエンネニーナの元へ歩み寄った。
「……こ、腰が……」
彼女はまだ小刻みに震えていた。腰を抜かして立てないようだ。
セアトが差し出した手を掴み彼女はようやく立ち上がる。しかし足の震えは残っていた。
「も……」エンネニーナがつぶやく。
「も?」セアトが聞き返す。
「漏らしたかと思ったじゃないですか! こういうことをするつもりなら、すませておくので、先にいっておいてくださいっ!」
エンネニーナが叫んだ。
「……すまない」
彼女の感覚は少しずれているような気がするが、凄惨な戦闘を見てしまったので興奮しているのだろう。セアトはそう考えて素直に謝る。
「では先に言っておくが、次にトラシル兵と遭遇したら、また戦う。その次もだ。その次も、次も……」
「もういいです。少し離れます……」
アウルスの言葉にうんざりしたようにエンネニーナが答えると、岩陰に向かって頼りない足取りで歩いていった。まるで生まれたての子鹿のようだった。
「馬と死体はどうする?」
「そうだな。隠しておきたいが、そのようなことをしている姿を見られると厄介だ。そうなるぐらいなら、後に怪しまれることになっても、先に進んでおきたい。兵は通行の邪魔にならないように端によせて積み上げておく。馬は一頭だけ運搬用に残して他は馬具を外して逃がしてしまおう」
セアトの返事を聞いたアウルスは兵士を投げ捨てるように乱暴に道の傍らへと移動させる。セアトとラクタリスは馬から馬具と荷袋をはずしていった。
その荷袋の一つに重量感のあるものがあった。袋を縛る紐を解くと中から首級が転がり出て、セアトは思わず口を塞いだ。
袋には五つの首級が入っていた。アウルスは近づくと槍で突いて転がしながら首級を確認する。
「コルネウス・セルウィリウス……。中隊長、俺の上官だ。他は……、プブリウス。百人隊長だ。一度訓練で剣を合わせたことがある。あとはわからない」
セアトは思わず、アウルスの表情を確認したが、何の感慨も持っていないように無表情だった。
「持っていくか?」
「いや、彼らに力がなかったんだ。悪いがこの場所で眠ってもらうことにしよう。しかし、埋めてやるだけの時間を貰ってもいいか?」
「わかった」
アウルスの言葉にセアトは頷いた。
その間にセアトは袋の中を調べ、食料と金、他には野営用のテントやブランケットを二組分抜き取った。弓を見つけたが矢は撃ち果たしたのか見つからなかった。残りの不要なものは兵士たちの死体の横に並べておく。
「修道院を出て半日しか経っていないのに、すっかり野盗になってしまいました……」
いつの間にか戻ってきていたエンネニーナがセアトの様子を見て言った。
旅立ちの準備を進めるセアトたちを木陰に隠れて眺める者たちがいた。
羊蹄族の娘、ルスティカとセルウィリアである。羊蹄族は頭の両脇から生えた大きな角が特徴的な種族である。
ルスティカとセルウィリアは双子の姉妹だった。茶色の波がかった長い毛も、それを後ろで束ねているのも、黒い瞳も瓜二つだった。二人は日よけのマントの下は軽装で腰に短い剣をぶら下げていた。
「プリーアの残党ね」
昨日、近くでプリーア軍とトラシル軍の大きな戦闘があり、トラシル軍が大勝利を納めたことはすでに彼女たちの耳にはいっていた。
「あの剣士、邪魔すぎる……」
彼女たちが名を知る由もないが、アウルスは奪った槍で穴を掘り、生首となった者たちを埋葬していた。
その横で、エンネニーナが神への祈りを捧げている。そしてセアトたちに討ち取られた兵にも祈りを捧げていた。
「修道女はトラシル人かな?」
「……おそらく」
プリーア兵に拘束されているのかと考えていたが、そうでもないようだ。先程も一人で岩陰へと離れていった。
そうしている間に、セアトが馬装を外した九頭の馬を野に放ってしまった。
「あっ!」
ルスティカが小さな叫び声をあげる。街で売り払えば結構な金になったはずだ。
「どうする?」
セルウィリアが尋ねる。
「今動くのはマズい。馬は彼らが立ち去ったあと、視界の範囲内にいたら捕まえに行こう」
「プリーア人の方はどうする?」
巨躯の剣士は規格外の強さだ。そして遠距離をカバーできる魔法使いがいる。残りの剣士については剣筋がいいが、戦闘経験は少ないようにみえた。彼女たちのどちらかが戦うことになっても互角以上に渡り合えるだろうし、二人がかりなら、まず負けることはないだろう。
「うーん。そっちも保留かな。方向からするとナズベートに行くみたいだから、適当に尾行しても見失うことはないでしょ? それに剣士と魔法使いのコンビは厄介だけど、修道女はトロそうじゃない?」
腕組みをして不敵な笑いを浮かべる。それを見たセルウィリアも同じように腕を組み笑い始めた。
「真似しないでよ!」
「えーっ、こういうことは二人でやった方が格好いいでしょ!」
そうしている間に、セアトがデキムスを新たに手に入れた馬の背に荷物と一緒にくくりつけ終えていた。
「あのおっさんは死体かな?」
「それだと置いていくはず。きっと、プリーア軍の重要人物でしょ」
「そうだとすると雑に扱われすぎているような気が……」
セルウィリアは首をかしげて考え込む。
「もしかしたら、トラシル軍の重鎮かも」
「どちらにしても、金になる!」
二人の会話中に一行は南へ向かって移動を始めた。
「追いかけよう!」
先を急ごうと移動を始めるセルウィリアの肩をルスティカが押さえる。
「その前に彼らが残していった物を確認しておこう」
「埋めていた首級はどうする? 一番金になりそうだけど」
「うーん……、いいや。あれはパス!」
「じゃあ、私もパス!」
二人はセアトたちが戦った場所へ移動を始めた。